霧生の生徒指導
今年の春は温暖で、部室の窓の外から、桜の落ちる音が聞こえてきそうだった。桜の花は淡雪よりも優しく舞い踊り、地上を桜色に染める。昨日とまったく同じ出で立ちで、部室に入る大和たちにも、その音のない音は聞こえていた。
「露子、おはよう! はやいな」
「敷島君、朝日さん、Aさん……おはよう……」
露子は窓際の椅子に力なく背を預けて、顔だけで大和たち三人の方を向いた。
「よし、さっそく行くか。家の殺虫剤も持ってきたしよ!」
「その刀、ホントにいるの? ずっと持ってるけど」
大和は今日も模造刀を持ってきていた。
「まあ、武器にはなるだろ。威嚇にも使えるぞ。いきなりポン刀出してきたらビビるだろ?」
朝日は呆れて、さっさと殺虫剤を抱えて部室を出ようとした。予備の殺虫スプレーが一本、第一回目の調査の時買ったものが一本、合計二本だ。朝日が部室を出て、露子や大和もそれに続いた。
「敷島君、ちょっと」
大和を呼び止める声があった。図書委員会顧問の霧生かすみだった。霧生は痛みに耐えるように、眉根を寄せて親指に包帯をぐるぐる巻いていた。
「先生、それ突き指っすか?」
「そんなことはどうでもいいの! 敷島君、あなた、他校の生徒に暴行したそうね?」
露子は悲しげに、床の模様を見つめた。朝日はびっくりしたように、兄を横目で見る。夏服姿のAはきょとんとしていた。
「やべえ……情報化の時代か……」
「それにこの二人は?」
さらに霧生は責めるように続けた。朝日はぎくりとして、新入生で大和の妹であることを告げた。さらにAについては、昨日の、日本人とフィンランド人のハーフで留学生という設定を性懲りもなく繰り返した。
「……敷島朝日さん、あなたはここに入学するんでしょう。正式には四月からだけど、じゃあ、あなたも生徒みたいなものね。お兄さんと一緒に来なさい」
「えっ……私も、いや、まだ中学生だし……あんまり関係ないかなぁって……」
こちらは昨日とは一八〇度違う。中学生と高校生、狭間の時期だから都合よく使い分けたいのだ。
「じゃあその制服は何?」
「うっ……」
「話を聞くだけよ。そっちの子、留学生……だっけ。中学生よね。早く帰りなさい。霜鳥さん、あなたまで一緒なんてね。その子を連れて帰りなさい」
キビキビした口調で、まくし立てるように指示を飛ばした。
「はい……」
露子は素直に顧問の先生の言うことに従おうとしていた。大和は不服そうに、喚き散らす。
「露子、行くぞ! 先生、俺ら新聞部の活動で忙しいんすよ。話なら後でいいでしょ?」
大和はあくまでもふてぶてしくて、霧生に食ってかかる。霧生は苦虫を噛み潰したように、そんな跳ね返りの生徒をにらんだ。
「部活動より、こちらの方が先に決まっているでしょう。霜鳥さん、大変ね。振り回されてるんじゃないの?」
「いえ……そんな……敷島君、遺跡のことは、霧生先生の担当なんだって。あんまり逆らうとよくないよ……私たちは先に行ってるから……」
大和に耳打ちした。霧生はその内緒話を気にするようすはなく、黙ってそれを見ていた。
「わかったよ。朝日、行くぞ。露子、A、またな」
大和と朝日は仕方なしに霧生について生徒指導室に向かった。露子はくちびるを噛みながら、その後ろ姿を見送った。
「ヤマト、アサヒ、つれてかれちゃった……またあえる? いつあえる?」
「きっと……すぐ……戻ってきます……行きましょう」
露子はAの手をとって、中庭に出る。握りしめた手に伝わる感触は、華奢なのにふわりと柔らかくて、温かい。ふんわりとした、鳥の羽を握っているようだ。
「陰気眼鏡二人組にしては、ちゃんとできたね」
その甘く溶けるような声のした方に振り返ると、いつのまにか風晴遥華がいた。さっきまでは影も形もなく、音もしなかった。




