カルト
『ふふっ……』
電話の向こうの露子の声は、やはり弱々しかった。それでも、久々に露子の笑い声を聞けたのが、みんなにはうれしかった。
『皇極四年春、六四五年の記事には、河やお寺なんかに、奇妙な「何か」を人々が見たって事件も載っているの……姿は見えないのに、猿が鳴くような声をしていたって……京を移して、板葺宮が廃墟になる兆しだってとらえた人もいたみたい。よくわからないけど……当時の人は「伊勢の大神の使い」って思ってた……そうだよ』
「ふぅん……つながってきたな! 露子! ご苦労だったな! 記事に膨らみができそうだ! あとで取材ノートにまとめといてくれ!」
『うん……そうするね……』
露子の声はどこか絞りだすような色があった。大和は少し気になったが、どう言っていいのかわからなかった。
『ねえ、敷島君、明日……また学校の遺跡を調べてみない?』
「……! ああ、それはいいが……心配じゃないのか? 今度は帰ってこれるか……とか?」
『うん……それはそうだけど……ずっとこっちにいても……あの世界から……悪いものが出てきているのなら……元を断たないと……』
「……確かにな。聞いたか? 今日、お前にからんでた、佐内とかいう野郎、電車に轢かれて死んだらしいぜ。これも『常世』の影響かもな」
露子が息を呑む音が、電話越しでもわかった。彼女は何も言うことができないで、か細い悲鳴にも似た、吐息をもらした。
「気に入らねえ野郎だったけどよ、死んだとなるとな……被害が広がる前に、手を打つ必要はあるよな。まあ、バケモンの巣に殴りこみってことだな!」
『そんな殴り込みだなんて……もっと調べないと……』
「その段階は、終わったんだよ! 人が一人死んでるんだぞ! わかってんのか?」
『……そうだね……そうだよね……』
「ちょっとお兄ちゃん、霜鳥さん泣きそうだよ! 怒鳴ったりして……先輩たちに言ったこともう忘れたの?」
「うるせーぞ!」
「ヤマトとツユコは、なかよしじゃなきゃ」
Aも寂しそうな顔で朝日に加勢するものだから、大和も困ってしまう。
「まあ……あの壁に囲まれたとこだけでも、広いからな。まだ行っていない場所もたくさんあるだろ? なあ、A!」
「うん……もっといっぱい、あるよ。いろんなとこ」
「じゃあそういうことだから、明日、朝……九時くらいでいいか。部室に集まるぞ! じゃあ、おやすみ、露子」
『敷島君、私、思うの。神様の声って……悪いことも、いいこともあるって。さっき言ったカルト宗教の教祖も……きっと……聞いたんだよ。神様の声……』
「……ふぅん。よくそんなのにみんなついていったな」
『人を従わせる……力……みたいなのが、あるんだよ……敷島君……私……怖いの……』
露子の声は震えていて、聞いている方が心痛を覚えそうになるくらいだ。
「カリスマってやつか……他にも、信じないと地獄に落ちるとか、ナメたこと抜かしてんだろ、どうせ。そういう奴の話なんか聞く必要ねーからな。一切聞く耳持たずにボコボコにするんだよ。糞屁理屈並べ立ててきやがるからな」
『いいな……敷島君は……』
「もし、そういうのに捕まったら、そうだな……下手に逆らわず、できる限りこそこそ抵抗することだな。じゃ、またな」
『おやすみ……また……明日……』
「おう、じゃあな!」
ぷつりと通話が切れた。大和は電話を充電器につなぎながら、「かけたの俺だから、通話料かかるのこっちだよな?」と変な心配をしていた。
「霜鳥さん、なんか変じゃなかった? 何か、怖がってるっていうか。Aちゃん、何かわかる?」
「わかんない……なんでも板から、気持ち、つたわってこないみたいなの」
「ま、電話越しだからな。どうせ、明日会うんだから。さっさと寝ようぜ。枕元に殺虫剤置いとけよ」
朝起きたら、部屋一杯にあの虫が、なんてことにならないように、大和と朝日が交代で見張ることにした。しかし、しばらくすると、二人とも眠くなってしまって、結局三人そろってご就寝となったのである。




