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常世の国の揚羽蝶  作者: カメコロ
第五章 古の邪教、常世の神
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社会の復習

「ああ……今日、夏島や三春と話してな。それでちょっとお前のことも。恥ずかしいこと言っちまったよ。気の合う仲間だ~とかな。露子、ちょっと元気ないな。大丈夫か? ああ……ならいいんだが。今日はいろいろあったしな。で、その他の調べについちゃどうだ? おお~そうか!」

「ねえ、お兄ちゃん、私たちも聞きたいんだけど。そういう機能とかないの?」

「ああ? えっと……これか? おっ!」

『あ、朝日さん、Aさん……』

 

 確かに露子の声にはどことなくハリが感じられなかった。

「ツユコの声! サナギもみれた! これなあに?」

「スマホだよスマホ! まあなんでも板だな。どこでもドアみてえな」

「その説明でわかるの? まあいいか。霜鳥さん、調べ物の方はどうでした?」

『「常世」について……昔の天皇が非時香菓を家臣に求めさせたのは知ってるよね?』

「あれだろ。始皇帝が除福を日本に送った……的な。まあ気持ちはわからんでもねえがよ」


『その天皇は……十一代目の垂仁天皇で……それで……伊勢神宮の創建にも関わっているの。この天皇の妹、倭姫はいろいろなところに行って……天照大神を祭るための土地を探したの。彼女がたどり着いたのが、伊勢だったの……そこで天照大神の神託があったから。「この神風の伊勢の国は常世の浪の重浪帰する国なり。傍国の可怜し国なり」……だから……ここで祀れって』

「しきなみ? うまし? おいしいの?」

 Aはもちろん朝日も何が何やらという様子だった。大和は呆れたように、露子に説明をさせた。


『あのっ……えっと……常世からの波が何度も来るってことで……この「うまし」っていうのは、具合がいいなってこと。今でもお伊勢参りってあるよね。常世の国との接点は、しばしば……信仰の対象になっていたの……でもね……私……思うの。昔、神託を受ける力、神意を正しく把握する力は、なにより大切なものだったんだって。でもね、今、もし、神様の意志、わかっちゃう人がいたら……その人は……』


「まあ狂ってるって思われるのがオチかもな。俺も心配だぜ。記事を出しても、ちゃんとみんなが受け取ってくれるかってな。まあそのための動かぬ証拠が、Aなんだがよ」

 大和は鷹揚にAの肩を抱いて、朝日にピースサインしてみせた。朝日は苦笑いするだけだった。

『うん……そうだね……それで……一番、気になったのは……垂仁天皇からずっと下って、三十五代、皇極天皇の時代。日本書紀に書いてある……皇極三年の秋……大生部多という人が……常世の神を崇める宗教を広めたの。彼は結局、秦造河勝という豪族に討ち滅ぼされたんだけど……』


「常世の神……聞き捨てならねえ名前だな」

 大和たちは布団に寝そべって、円を描くようにスマホを囲んで露子の話を聞いていた。

『大生部多は……信者に財産を捨てさせたの……いわゆるカルト教団っていうのかな。反社会的な宗教団体……その教団が崇めていた、常世の神……それは緑や黒の斑の蚕に似た虫……だって。橘や山椒につく虫……注釈には、アゲハチョウの幼虫じゃないかって書いてるけど……』

 あの世界で見たおぞましい虫けらの大群、奴らが放つ全身の毛が逆立つような悪意。飼育小屋で惨たらしく殺されていたウサギ。大和や朝日には、その古の邪教の神が、ただのアゲハチョウの幼虫であるとは、到底思えなかった。

「そんな昔から……六十年前なんてレベルじゃねーな!」

「昔……お兄ちゃん、皇極天皇っていつの人?」

『……皇極三年は、六四四年。これって……もしかして……』

「へぇ~もう一三〇〇年以上前なんだ……そんな昔から、あの虫がいるんだね」

 

 朝日はのんきに感心しているが、大和はその数字にちょっとした聞き覚えがあった。

「朝日、六四五年、何があった?」

 大和は真剣さ半分、からかい半分で朝日に尋ねてみた。朝日はむっとしたように口をとがらせた。

「ええ~? なにそれ? もう受験終わったのに! なんだっけ?」


「お前よく高校受かったな。大化の改新に決まってんだろ。中大兄皇子と中臣鎌足のクーデターから始まった」

「へぇ~。だってさ、Aちゃん知ってた?」

「たいやきなら知ってる。お風呂で朝日が教えてくれたよ」

「公地公民制、班田収授法、国郡制度、租・調・庸の税制……!」

 大和は意地悪そうに笑って、妹の耳元で呪文を囁いた。朝日は「もういいじゃん!」と怒ったように叫ぶのだった。

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