神と人間
華奢なガラス細工みたいな手で、カメの頬をつついたり、甲羅を引っ張ったりして遊んだ。
「Aちゃんも可愛いよね。本当に……怖いくらい。ねえ、お兄ちゃん、Aちゃんって一体何者なのかな?」
「ヒーリングにテレパス……まあただの人間じゃねえわな」
「テレパスって何?」
朝日がとぼけた顔で質問した。本当にわかっていないようだ。
「精神感応だよ精神感応! 人の気持ちがなんとなくわかるって言ってたろ? 『常世の国』にいたんだ。やっぱり神様って可能性もあるだろ」
「うそ! あたし、人間だって! 言ったのに!」
初めて出会った時、Aはもっと言葉が不自由だった。「にんげんで、あってる?」、そんなことを言っていた。あのきらめく泉に足を浸して振り返るAは、絵画のようだった。
「……お前、神様と人間と、どっちがいいんだ?」
「ヤマトやツユコ、アサヒとおそろいがいい!」
「でも神様ってすげえぞ。神通力とか使えたりさ……人間を超えてるんだな。いいだろ?」
Aは頭をぶんぶんと振って、嫌がっている。髪が乱れて、興奮してかすかな赤みが頬にさす。
「なんだ人間がいいのか。俺はこう……バァーンと神通力発揮してみたいけどな。神への取材なんて面白そうなんだし。じゃあ、人間って名乗っとけよ」
「それで……いいの?」
Aは不安げに頭をかがめて、上目遣いに大和を見つめた。うっすらとした涙できらりと瞳が光り、乱れた髪と紅白の頬が扇情的でさえあった。
「それでいいのかって他になんかあんのか? 俺にだって取材対象の意志を尊重するくらいの良識はあるんだよ。それにな、たとえお前が神様でも、それで何か変わるわけじゃねえよ。マジモンの神はこれだ! って言えるのは楽しいけどな、俺も朝日も今までと変わらないさ。で、祖父さんの話に戻るがな……」
人間とは何か、なんて議論には、大和はちっとも興味がないのだった。この世界を取り巻いている神秘、神がいるならぜひ見世物にでもしたいが、Aが違うというなら、それでよかった。ヒーラーのテレパスというだけで十分に記事にはなりそうだったから。
「ほら、これだよ。『小康状態。どうやら一時的なもので済んだようだ。もっと「常世」に深入りしていたらと思うと恐ろしい。この世には知らなくていいこともあるのだ。新聞部の部長としては、失格かもしれない』……祖父さんのコメントだ。確かに失格かもな。バケモンの住処が学校にあって、それを世間に公表してないなんて馬鹿げてるだろ」
「怖かったんだよ。お兄ちゃん、それで人も死んでるんでしょ。世の中には知らないほうがいいこともあるって……まあそういうもんなんじゃ」
「なんだそりゃ? 知らなくていいこと? 身勝手な奴が隠したいことの間違いだろ。取材ノートを見ろ! 『常世の国……波の彼方。大国主命と共に国を造った少彦名命が、やってきて、そして去っていった楽園。天皇が求めた不老不死の果実、非時香実、橘』だとよ。露子の字だ!」
「その霜鳥さんはどこにいるの。学校にいるなんて言って、来ちゃったけど、最初に連絡しときゃよかったじゃない」
「……まだいるだろうと思ったんだよ。今からかけるから、いいだろ!」
露子に電話したが、何度かかけてもまったく出る気配がなかった。朝日と顔を見合わせる。
「いつもすぐ出るんだけどなぁ……まあ、気づくだろ」
「ツユコ……あえないの」
「まあ、明日にでも会えるさ。ったくどこ行ったんだろうなぁ」
露子は今日、駅のホームで演劇部の夏島潮音と三春美砂子と仲が良いと言っていた。演劇部の使っている教室は、同じフロアだったから、聞いてみるのもいいと思われた。
「露子のことは後回しにして、風晴だな。っていっても、奴の連絡先知らねえし。手当たり次第聞きこむのもな……」
「じゃあどうするの?」
「演劇部に露子の知り合いがいるんだ。そいつらがいたら、ちょっと聞いてみる」
Aからカメを引き離し、ダンボールに放り込むと、部室を出て右手奥にある演劇部の活動場所にやってきた。
「すいませーん」
大和はそう言いながら、乱暴に扉を開けて部室を見た。色とりどりの衣装やカツラがかけられて、原稿や資料だらけの新聞部とは違った異空間になっている。




