埋葬と蛹
朝日は血に濡れた袋を見つめた。この庭に、ジェットの遺体を埋葬するつもりなのだ。三人は露子とAが泊まった和室から庭にでて、橘の木の下に集った。スコップで少し穴を掘り、小さな首をそっと埋めた。橘の木の養分になって、花が咲いて、いずれ実る。
「ツユコが言ってたんだ。悪いことした人は、ジゴクに行くって。ジェットは何も悪いことしてないよね? どこに行くの?」
「……さあな。天国とか極楽とか、いろいろあるけど……まあ地獄にゃ行かねえよ」
「そうだよね……よかった。元気でね」
ジェットが埋められた穴に、静かに手をおいた。それはまるで祈りだった。目を閉じて、何かを祈っていた。土に、橘の木に、彼女の気持ちが満ちていくのが、わかる気がした。
「あっ……これ、サナギ……ツユコが見せてくれた……」
立ち上がる時、枝についていたアゲハチョウの蛹を発見した。硬質化した外皮は奇妙な果実のようだ。Aはゆっくりと手を伸ばして、蛹に触れようとした。
「A! 待て! いいか、蛹ってのはデリケートらしいぜ。中じゃ体がぐちゃぐちゃになってるらしいからな」
「お兄ちゃん……」
いつも虫を殺すことしか考えていない兄の言葉に朝日は面食らって、彼を見つめた。
「ふん……そいつの命助けるんだろ。なら、そっとしとけよ。今は春だからな。羽化までそんなにかからねえだろ」
「……ツユコにあいたいな」
「じゃあもう行こうぜ、ちゃっちゃと! お前ら、早く着替えてこい! 玄関で待っているから」
大和は一人ですぐ玄関に行ってしまった。しばらくすると、制服姿の二人組がやってきた。Aはぴったりのセーラー服姿で、半袖から伸びた白くつやめく両腕がまぶしい。朝日の方は、大和たちの高校の制服で、新品で糊の効いたブレザーが、スタイルのいい彼女には良く似合っている。
「行くぞ! 朝日、殺虫剤持っとけ。黒いもんみたら、すぐぶっかけろよ」
大和の号令で、三人は足早に学校を目指した。みんな歩くのが早くて、すぐに学校まで着いた。まずは部室に入ろうとしたが、鍵がかかっている。職員室で部室の鍵を借りた。ついでに図書室の鍵について聞いてみたが、返却済みということだった。
誰もいない部屋はうら寂しい。悲しげな陽光に置きっぱなしの取材ノートがさらされていた。大和は椅子に座り、そのノートの最後のページを呼んでいた。
「ここがお兄ちゃんたちの部室かぁ……誰もいないし、帰ったのかな」
朝日は興味深く部室を見回した。本棚には、兄の私物と思しき雑誌が詰め込まれて、まるで自分の家みたいだった。
「部室はお兄ちゃんの部屋じゃないんだよ? こんな本置いて。他の人に迷惑じゃないの?」
「露子も読むからいいんだよ! どうせあとは二年の先輩しかいねえし。まあもうすぐ三年か……」
さらにダンボールには、大きなカメのクッションがあって、なんとなくそれを抱きしめてみた。
「これ可愛いね……ふわふわ!」
「かみだ」
Aはぼそっとクッションを指さして言った。朝日は変な言い間違いにちょっと笑ってしまった。
「カメだよAちゃん。カ・メ。そのぬいぐるみだね? これ、霜鳥さんの?」
「ああ、そうだよ」
大和は気のない返事をした。朝日はちょっとのんきすぎたかと、真剣にやっている兄や、死んでいったジェットたちに申し訳ない気分になった。
「カメ……カメ……」
「カメの次郎だよ。あいつ、家でカメ飼ってるんだって。そいつの名前が太郎。安易なネーミングだろ? それでAの名前つけようなんて言い出すんだから……」
大和は取材ノートとバックナンバーを交互に見ながら、ぼそりとつぶやいた。Aはいつもの元気がなさそうだ。朝日は努めて明るく、カメをAに渡した。
「いきてないね。死んでるの……?」
「ぬいぐるみだからね。カメの形をマネしてるの。可愛いよね?」
「うん……ふかふかしてるね。かわいいな」




