飼育小屋を満たす死
露子があの恐ろしい風晴遥華と図書室で邂逅した時、大和は軽快に走っていた。朝日の中学校は走って十五分程度の場所にあった。小高い法面の上に立つ中学校への坂を駆け上がる。殺虫剤と模造刀がかさ張るが、気にしてはいられない。春休みの中学校は閑散として、きらきらと光る太陽に照らされていた。
「朝日! A!」
飼育小屋の近くの広場に、朝日とAはいた。二人ともセーラー服を血で濡らしていた。白を基調とした服に、どす黒い動物の血を染み込ませている姿は異様だった。Aは泣き狂っており、涙目の朝日が必死に彼女をなだめていた。
「お、お兄ちゃん! ねえ! これ! ルビーやジェットが!」
「どーなってんだ?」
血塗れた少女二人も異様だったが、飼育小屋の中はもっとおぞましい。ウサギは銃で何度も撃ちぬかれたように穴だらけで、ウサギの原型をとどめていない。食われかけの内臓をそこら中に撒き散らしていた。それが飼われていたウサギ全部だ。赤黒い絵の具で一面塗りつぶされて、鼻を内側から殴られるような臭気がすさまじい。
「烏骨鶏も……」
ウサギ小屋の隣には、烏骨鶏のそれがあったが、もっと奇妙だった。真っ黒な烏骨鶏の首だけがぼとりと落ちていた。血は地面を埋め尽くすほどなのに、首がぽつんとあるだけなのが、ひどく嫌なものを感じさせた。
「朝日! なんでこいつら死んでんだ!?」
「私に聞かないでよ! わかるわけないじゃん! いきなりこうなったんだから!」
朝日の言うことももっともだ。こんなこと、常識で考えてわかるはずはない。Aは朝日に支えられて、かろうじて立っているみたいだ。
「A、お前、大丈夫か?」
「ヤ、ヤマト! ヤマト!」
Aは大和の顔を見て安心したのだろう。彼に抱きついて、その肩に顔を預けてますます泣きじゃくった。
「みんな……みんな! 死んじゃった! ヤマトの時より……赤いのがいっぱい! いっ……イタくて、コワくて、みんな! みんなの気持ち、あたしわかって……!」
大和はAを抱きしめて、朝日に説明を求めるよう目で合図した。
「私たち、あの子たちと遊んでたの。特にジェットは、私にとてもなついていたし……一緒に飼育小屋に入って、抱いてみたり……餌をあげたり……楽しくて……Aちゃんもうれしそうで……でも、急に……」
空間がたわんで烏骨鶏がみんな引きずり込まれたのである。ひき肉を作る機械に投げ込まれたように、ぐちゃぐちゃになりながら、けたたましく鳴きながら、みんな死んでいった。朝日たちは慌てふためいて鶏舎から逃れると、ウサギ小屋の異変にも気づいてしまった。
「みんな、何かに体を食べられてるみたいだった! 私、どうすることもできなくて! ねえ! お兄ちゃん! どういうことなの!? みんなを食べてたのはなんだったの!?」
恐怖と悲しみが、朝日を支配しているみたいだった。Aはもう言葉にならなくて、小さい子供みたいに泣きわめいていた。血だまりの中に浮かぶ真っ黒な鶏の首が、感情のない目でこちらを見ていた。
「お兄ちゃん! なんかついてる!」
大和の肩にあの黒くて不気味な芋虫がへばりついていた。彼はAを突き放して肩を払い、地面でうごめいている虫から飛ぶように離れた。
「こいつは……あの世界にいた……! 朝日! これ持ってろ!」
模造刀が入った布の袋を朝日に投げてよこし、ビニールから自慢の武器を取り出して、黒い虫に噴射した。ひたすらスプレーのトリガーを押しこみ、発煙筒でも焚いたようになる。
「どうだ? 効いたか?」
白い煙が濃すぎて、虫がどうなったのかわからない。風が吹いて晴れると、黒くおぞましい虫はぐねぐねと苦しそうにのたうっていた。
「効いてる効いてる!」
「お兄ちゃん、コイツ、なんなの!」
「あの世界で見た、キモい虫けらだよ。たぶん、ウサギを殺ったのはコイツだ」
朝日は優しい目を釣りあげて、もう死にそうでもぞもそと動く芋虫をにらんだ。そして、すっと肉付きのいい足を振り上げて、虫に叩きつけた。粘性の強いものが潰れる音がして、大和は顔をしかめた。




