駅のホームで……
駅に着いてみると、向かい側のホームには、あの中学時代のクラスメイト佐内がいた。あの碓氷ひさめの元カレだ。彼は露子たちに気づいて、怒ったように線路側に近づいた。
「チビはどうした!? 随分待ったんだぞ! おい!」
「……うるさいね? 私、うるさい人、嫌いなの! 露子ちゃんも嫌いだよね」
電車が近づいているのに、佐内はお構いなしにまくし立てる。周囲の目なんて気にしていないようだ。鉄の軋む音があたりに響いた。
「さっきのお店と同じ。悪いことはできないの。神様が見てるんだから」
そう言った瞬間、突然佐内の体がホームに転がり落ちた。電車の運転士は急ブレーキをかけたが、間に合わない。彼の体は車輪の下敷きになる。むごたらしい、一生聞きたくない音が、露子の耳をとらえる。耳だけでどうにかなりそうだった。思わず目を覆い、何も見ないようにする。
「人間の体って、あんなに吹っ飛ぶのね。ぐっちゃぐっちゃ!」
「あ……あ……は、ハル……な、なに……」
「だ・か・ら! 神様だよ。声が聞こえるの。ねえ、露子ちゃん。悪いこと、もうできないね?」
心臓も胃も、頭も、恐怖でかき乱されて、動悸が止まらなかった。遥華には、秘密も命も握られているのだ。この優しげに微笑んでいる少女の言いなりになるしかなかった。その後はどうやって帰ったのか、明瞭な意識はなかった。露子を心配する両親は無視して、部屋に閉じこもった。
「敷島君……どうしよう……どうしたら……」
ふと携帯電話の画面を見た。大和からの着信がきていた。ちょうど遥華に責められていた時だ。だから気付かなかったのだろう。
大和は確か、調べ物の続きをしてくれと言っていた。カバンの中に日本書紀や古事記が入っていたことをいまさら思い出す。遥華の証言を聞けた時、大和にこの話をするのが、とても楽しみだったのに。家族に心配をかけたくなくて、必死に嗚咽を堪えた。遥華には大和に連絡するように言われていたが、今はそんな気にならなかった。きっと泣いてしまうから。
「調べ物……」
ほとんど意味のないことかもしれなかった。それでも、かすかでもいいから、大和の言ったことを守りたかった。もう自分は、大和を裏切ったようなものなのに。
「ごめんね……敷島君……」
古語の羅列は露子の目を滑り、なかなかぐちゃぐちゃの頭に入っては来なかった。しかし、何かしていなければ、どうにかなりそうだ。部屋は夕闇に食われたように、次第に闇を濃くしていった。




