二人だけの秘密
「すごい汗、落ちついて、背中、さすってあげる」
隅っこに行って、繊細な手つきで、ゆっくりと優しく露子の背中をなでた。慈しむような手の動きと、遥華の眼差しが恐ろしくて、とても落ち着けなかった。
「自転車に塩水でも塗ったの? そんなとこじゃないかなって思うんだけど」
もう言い逃れはできそうになかった。露子はゆっくりとうなずいた。学校に置いていた自転車置場に朝や放課後、こっそりやってきては、塩水を塗って錆びさせようとしていた。そのちっぽけな復讐だけが支えだった。
「あははっ! やっぱりだぁ! せっせと塗り塗りして、『死ね! 死ね!』って念じてたんでしょぉ? 回りくどいことするのねぇ。陰気な感じにピッタリだよぉ」
春の暖かい日差しみたいに、優しく優しく言うのだった。
「でも、丑の刻参りなんかよりも、よっぽど効き目ありそうな呪いだよね。実際、露子ちゃんは碓氷さんを殺したんだしね! 立派な人殺しだよ。いくらイジメられてたからって、殺す? 碓氷さんの家族のこととか考えたことある? ねえ、どうなの? それにさぁ! 車に轢かれるってとぉ~っても痛くて苦しいんだよ。私も、小さい頃、事故に遭って! その傷だってまだ残ってるんだよ! ねえ! ねえ!」
中学生の時の露子は、本当に殺せるとは思っていなかった。ただ苦しみと悲しみに満ちた日々に、ほんのかすかな希望がほしかった。あの悪魔じみたイジメっこに、ちょっと怖い思いをさせたかった。正気ではなかったのだろう。
「あっ……あの……私……こんなこと、なるって……思わなくて……怖くて……ずっと……」
「あっそ。だったら自首でもしたら? 露子ちゃん、そんなこと言ってる割には敷島君と楽しそうにしてたんじゃないの? 彼に救ってもらったてこと? 人殺しのくせに、幸せになれるとか思っちゃった?」
遥華の質問責めは止まることを知らない。鋭い針で心を串刺しにされたような気持ちだ。
「ずぅーっと、一年間も敷島君のことも騙してたくせに。私は彼のためを思って、あの女の子のことは秘密にしよって言ってるんだよ。危ないことに首を突っ込むから。な・の・に! それダメなんだ? じゃあ、露子ちゃんが人殺しだってことも、教えてあげなきゃ、フェアじゃないよね?」
大和はいつも、本当のことを知りたがっていた。露子が人殺しで、そのことを黙っていたと知ったら、どう思うか、恐ろしくて、不安だった。大和と過ごす楽しい日々の中にも、その感情は堆積し続けて、もう露子本人にもコントロールできなかった。
「おね……がい……敷島君には……」
「もちろん秘密にしてあげるよ。露子ちゃんが、私に協力してくれたら、ね」
露子の目からは、もう止めどなく涙があふれていた。もう、選択肢は一つしかないように思えた。ただ、黙って首肯するしかなかった。
「うん! ありがと~! このことは、私たち二人だけの秘密だからね? ほら! ユビキリしよっか? 嘘ついたら針千本飲ますって! ふふっ! あははっ!」
遥華は露子に今後の指示を言って聞かせ、二人でホームに来た。遥華は楽しそうで遊園地のアトラクションを待ちかねる子供みたいだった。
「露子ちゃんは絶対私の味方になってくれるって信じてたよ。ふふふ……これからきっと、イイコトがあるよ」




