霧生と風晴の噂
「風晴、美人だったな。なんか突っかかってきやがったけど」
中庭を抜けてもうすぐプールが見えるという時、大和は出し抜けにこんなことを言い出した。落ち込んだようにため息をついて、「風晴、俺より背高かったよな?」といかにも深刻げに言うのだった。彼は小柄な方で、
「次の身体測定では百六十センチを越えたい」と口癖のように言っていた。
「え! ああ! ハルハル! いつもああじゃないんだけど……どうしたのかなぁ。あ、えっと……そう、スタイルいいよね……あの子ね、委員会でも人気あってね……友達も多いし……」
「ふぅん……そーいやクラスの誰かが、風晴はいつも水泳の授業に出ないとか言って嘆いてたな。他の組の水泳とか関係ねーだろうに。あれは、森崎だったかなあ」
「ああ、うん。やっぱり男の子はハルハルみたいな……私とは違って……」
露子は元気なさげに大和に返した。恥ずかしそうにうつむいて、くちびるを噛んでいる。
「……もういいよ。カメラ準備しとけ」
彼らの住んでいる地域では、低い山が地を這いうねるように入り組み、谷を形成していた。谷戸と呼ばれる地形だ。丘陵地帯に海が迫り、平野が少ない。この高校も丘陵の狭い谷間に建てられている。敷地には小川が流れており、プールは橋を越えた山の斜面の近くに設けられていた。この周辺に件の遺跡があるらしい。
「敷島、きたな!」
先ほど話題に出た、クラスメイトの森崎だ。急な斜面を登って、高台に行こうとする二人を見つけて声を出している。森崎は気のいい男で、大和と露子に手を貸してくれた。そこはまだ手入れがされておらず、草が茂り歩きにくい。その小さい台のような場所からは、校舎とその後ろの灰色で巨大な法面が見渡せた。さらに小さな祠がヤブに隠れるように、ひっそりとたたずんでいるのが見えた。これも気になるが、今は遺跡の調査だ。
周りには幾人かの生徒たちが集まって、かなりざわついていた。部活で学校に来ていた生徒の中で物好きな連中が、謎の古代遺跡とはどんなものだろうかと見に来たのだ。しかし、遺跡は山の比較的高い位置にあって、しかも草木で覆われてよく見えなかったので、みんな不満そうにしていた。
「来ると思った。取材だろ?」
「話が早くて助かるよ!」
森崎は山の奥を指さして見せた。草むらと木々に隠れているが、目を凝らすとそこに横穴がちらりと顔をのぞかせている。辺鄙なところにある上に、これらの植物のせいでいままで見つからなかったのだろう。
「でも見かけ地味だよな。草でよく見えないし」
「中に何があるかだな。人骨でも見つかるかもしれねえだろ?」
大和は楽しげに森崎に言った。森崎も改めて謎の古代遺跡を眺める。
「でも、やっぱ入る気しないなぁ。ほら、みんな帰っていってるし……あ、そうそう、霧生先生が中確認してるみたいだぞ。さっき見たんだ」
「へえ、霧生って図書委員会の顧問だよな?」
露子は首を縦に振った。
「霧生先生って可愛いよなぁ」
森崎は声をひそめて大和たちにしゃべりかけた。大和は眉をひそめる。
「お前、ああいうのが好みなのか?」
「いや美人だろ? 人気あるんだよ。一部に……そういや、この一年授業受けたけど、薄着とか見たことなかったなぁ。見たいなぁ」
「お前は女のことばっかりだな。ちゃんと記事も読めよ」
「ちゃんと読むよ。遺跡、気にはなるけど、入りたくないし、お前らが調べてくれるの楽しみにしてるからな」
そう言って、森崎は一足飛びに高台を降り、校舎の方へ消えていった。大和たちは気持ちを新たに新ネタの取材へ向かった。