火災
遥華はピンと長く伸びていた背筋を曲げて、楽しそうに笑っていた。露子はあの世界から少しずつ、虫が這い出してくるのを想像して、ぞっとした。朝日の中学校の動物を殺したのが、邪悪な意志を持った虫だとしたら、みんなが危ないと思った。そして、一番不可解な、あの白い女の子。露子は彼女の写真を遥華に見せてみた。
「『常世』で出会ったの。この女の子は、一体何だと思う?」
「……! さあね。神様じゃないのかな? 『常世の国』にいるんだもの」
「神様……本人もそんなこと言ってたけど……不思議な力があって……」
遥華は机に肘をついて、露子に顔を近づけた。遥華はかなりの美人で、露子は地味な自分とはちっとも似ていない、その顔に見入った。
「さて……今話したこと、敷島君には内緒ね?」
「えっ? なんで……? そんなこと……」
遥華の笑顔に嘲るような色が浮かび上がった。露子は目の前に迫る、美しいけれど歪んだ笑顔に、心臓をわしづかみにされるような、心地だった。
「私、この子を『常世』に帰そうと思うのよ。敷島君には黙っていてくれないかな? きっと彼、ダメって言うでしょ」
「そっ……そんな……ダメ……本人の意志もあるし……」
「あ、そう。じゃあこれ食べて」
遥華は素手でフキノトウの天ぷらをつかんで、露子の口に半ば無理矢理放り込んだ。独特の苦味が口に広がる……かと思いきや、味も薄いし衣の付け方も上手くない。遥華が気にいらなそうだったのは、そういうことかと思った。
「見掛け倒しでマズイ店って最悪だよねぇ? こういう店はね、きっと良くないことが起こるよぉ。神様って見てるから……」
高く澄んだ愛らしい声で、歌うようにささやいた。露子の耳に、遥華の甘い吐息がかかる。
「くすっ……火事なんていいかなぁ。木造だからよく燃えるよねぇ?」
遥華は露子を立たせた。それから、厨房から男の叫びが聞こえた。暗い店内が、オレンジ色の光で包まれた。油を入れた鍋か何かが倒れて、引火して炎上したのだ。他の客や店員はパニックを起こして、逃げ惑ったり、必死に消火器を取ろうとしたりしていた。遥華の横顔が炎の作り出す光に照らされて、妖艶に輝いている。
「露子ちゃん……行こう? 私のお願い、聞いてくれるよね」
「は、ハルハル……? 何をしたの?」
消防車のサイレンが、静かな街にこだましていた。火の手は大きくなる一方で、小さな路地は真っ赤に染め抜かれている。
「何って、何? 私が放火したっていうの? どうやって? 私はだたの高校生なのに」
次第に野次馬が集まってきている。それを避けて遥華は露子を連れて、駅前にやってきた。露子はこの異常な美少女に怯えきっていた。あの同級生に会った時みたいに、心の中で大和に助けを求めた。
「敷島君は来ないよぉ。いつも敷島君に頼って生きていくつもり? ふふっ! そーだよねー? 一人じゃなぁんにもできないもんねぇ?」
「そ、そんな、私は……別に……」
「露子ちゃん、あなたにもメリットはあるんじゃないの。今、愛しい愛しい敷島君はあの子に夢中でしょ?」
「それは……取材対象で……」




