虫に食われる
「隠さなくっても、いいんだよ? あの遺跡の向こうの世界のこと、調べてるんだよね。実は私もおんなじなの。先祖の因縁ってやつかなぁ? 情報交換しましょ」
大和の祖父が編集後記で述べていた、風晴なる生徒は、やはり遥華の親類縁者だった。遥華は烏の濡羽色の髪を、軽くかき上げて、にっこりと微笑んだ。美しい微笑が、露子にはどこか嘘っぽく感じられた。ただ、遥華の証言を大和に伝えるのは、ちょっと楽しみに思えた。
「大叔母さんの名前は、風晴春江。六十年前のことだし、私もよく知らないんだけどね」
「その人……新聞部のバックナンバーに書いてあって……その自殺、しようとしたって」
「その後、結構すぐ死んじゃったらしいけどねぇー。気になるのは、なんで自殺しようとしたのかってことだよね? 新聞部の記事には何か書いてあった?」
遥華はまるで自慢話でもしているみたいな口調だった。薄桃色のくちびるがにやりと歪む。
「うん……敷島君のお祖父さん、仁さんは、『風晴のことは残念だった』って。受験ノイローゼだなんて書いてあったけど……たぶん、あの世界が関係しているんだと思う。私たち、あの世界で怖い思いもしたし……仁さんもあの世界に行って、『触れてはいけないもの』だって。それに、現世にも……その影響? がでるみたいで……事故、行方不明、自殺……それに、中学校のウサギが死んだって……そう、敷島君の妹さんの学校でも、今、そんな事件があったみたいで」
「それで敷島君は……まあいいや。お祖母ちゃんから聞いたんだけどね……」
遥華は細くて美しい指先を、おでこに当てた。なんとも様になっていて、格好いいとさえ思えるくらいだった。
「虫に頭を食われたってさ。そう言ってたらしいの。だから、虫に食われる前に、死のうとしたんだって。虫……心当たり、ないかな?」
異世界で黒い影のような、恐ろしい虫に出会ったのだった。露子はカバンのカメラを取り出して、その影を見せた。
「ふぅーむ……なるほどね。これが頭の中に、入ってたのかなぁ。辛そう、同情しちゃう」
遥華は優しげにくすくす笑うのだが、それが返って不気味だった。その時、春野菜の天ぷらが供された。遥華はウキウキしながら、フキノトウを一口食べたが、どうもお気に召さないようで、それっきり箸をつけようとしない。
「敷島君のお祖父さんは、虫を持って帰ったらしいの。その虫に、風晴春江は食い殺されたの」
これから物を食べようというのに、なんとも気色の悪い話になってきた。露子や大和も、下手をすれば、あのおぞましい芋虫に食い殺されていたのかもしれない。露子は肝を冷やした。
「ほら、虫ってどこからか湧くように出てくるでしょ? この世界を包んでいる、『常世』の道を開けて、人間を入れた……そして、生き物みたいにその世界は活動を始めたの。穏やかだった水面に、石を投げ入れちゃったのね。びっくりした虫たちは、目覚めて陸地に上がっていったの……」
「なんでそこまで知ってるの?」
「くくっ……お祖父ちゃんの知恵袋……だよ。私の祖父、風晴遠哉っていうんだけどね。そのことがあってから、宗教に凝っちゃって。それで……そうだなぁ……拝み屋ていうのかな。そんなことをしてたの。パパとママはあんまり信じてないんだけどねぇ」
露子は遥華の身の上話を興味深く聞いた。風晴遠哉は奇妙な妹の死を、何かに取り憑かれたせいだと考えた。そこから諸々の新興宗教を渡り歩き、会社勤めの傍らセミプロ霊能者として活動していたのだという。遠哉の息子、すなわち遥華の父親は反動で非科学的なことが嫌いになり、実家とは少し離れたマンションに家族三人で暮らしている。
「ま、妹の死を忘れたくなかったってとこかな。敷島君のお祖父さんは忘れたかったみたいだけどね」




