侵食
「はぁ? 何ウサギと烏骨鶏が殺されただぁ?」
「六十年前と同じことが……起きてるの?」
露子はひどく恐ろしかった。大和たちがあの世界に行き、Aを連れて帰ったことが、何らかの影響を及ぼしているのだとしたら。あの「何か」が現世に這い出してきたのだとしたら。
「で、Aは? 何? ショックで錯乱してる? お前、Aを逃すな! 今俺行く!」
大和は電話を切って、ばっと立ち上がって露子に向かって大声で呼びかけた。
「俺は朝日たちのところに行く! 悪いがお前はこっちで調べ物を続けててくれるか!?」
「う、うん……わかった!」
大和は露子にお礼を言って、ひったくるように模造刀と殺虫剤を取って、部室を飛び出した。残された露子は、心細くて寂しい気持ちになったが、気を取り直してページに指をかけた。
「これがもし、私たちのせいなら、絶対に真実を見つけないと……」
敷島仁が引退する八月まで、記事は大和が読み上げたような、不吉なものばかりだった。最後の編集後記にはこう記されていた。
「『小康状態。どうやら一時的なもので済んだようだ。もっと「常世」に深入りしていたらと思うと恐ろしい。この世には知らなくていいこともあるのだ。新聞部の部長としては、失格かもしれない』……常世……!」
あの世界のことに違いない。大和の祖父、仁もまた露子と同じように、異世界のことを「常世」と呼んでいたのだ。あとでみんなが見てわかるように、取材ノートに書きつけていく。
「常世の国……大国主命と共に国を造った少彦名命が、やってきて、そして去っていった世界。天皇が求めた不老不死の果実……非時香菓……橘……」
あれが神話の伝える常世の国とするなら、もっとそれを深めるべきだと思った。手がかりがつかめるかもしれない。神秘をもう少しでつかめそうな予感が、全身に満ちていた。早く調べて、大和に教えたくてしかたがなかった。図書室には生徒の誰も顧みないが、古事記や日本書紀などの古典が置いてあった。それを借りて、改めて勉強する必要がある。露子は部室の施錠を済ませ、人気のない校舎の階段を登って、三階にある図書室へ向かう。遠くに響く吹奏楽部が練習する音が、どこか悲しげだった。昨日のうちにだいぶ桜の花が開いて、ひとひらの雪が舞うように、落ちる花びらもあった。
「あっ……」
図書室の鍵を開けて中に入ると、露子は驚いて声を上げた。鍵が閉まっていて、人がいるはずはないのに、そこには、風晴遥華が椅子に腰掛けて、窓の外の景色を眺めていた。窓際の席で華奢な脚線美を誇示するように、足を組んで、風に黒髪をたなびかせている遥華。露子は背筋に氷を入れられたような感覚に襲われた。
「あ、ハルハル……か、鍵は……?」
「……さあね? そんなことより、調べ物でしょ? 待ってたの、露子ちゃんのこと」
遥華は芍薬のように立ち上がり、音もなくカウンターの前に立った。まるでゆっくりと落ちていく桜の花びらのように、軽やかだ。
「手続きは私がするよ。だから、持ってきて? は・や・く・ね?」
文庫版の日本書紀や古事記を抱えて、カウンターに持って行くと、遥華は手慣れた様子で、形式的な手続きを済ませた。
「露子ちゃん、この後、ちょっと時間ある? ちょっと話したいこと、あるんだけどぉ」
「えっ……あの、えっと……大丈夫です。私も、ちょっと聞きたいこと、あったし」
「あーよかったぁ。ところで、敷島君は?」
「あ、ちょっと、妹さんのところへ……」
「へーえぇ……妹さんのとこね。とにかく行きましょ、ね?」
遥華が急かすものだから、露子は手早くカバンに本を詰め込んで、言われるままに学校を出た。ちょっとご飯でも食べながら、お話でもどうか、というのである。お金のことは心配いらないそうだ。




