因縁
「ねえ、五月号のこの記事……『白昼の悲劇 女生徒が屋上から飛び降り自殺』。こんなこと記事にする?」
「なかなかやるな。さすが俺の祖父!」
大和はケラケラ笑いながら、その記事に注目した。昭和三十年五月十五日、とある女子生徒が屋上から投身自殺を図ったというのである。彼女は一命を取り留めたものの、大怪我を負い入院したそうだ。確かに学内では大きなニュースであろうが、そんなことを学校新聞の記事にするとは、思い切った話だ。
「受験ノイローゼじゃないかって書いてあるけど……この事件の影響で、遺跡の件を放置したのかなぁ?」
「でも、六月号では、部活の話や新緑がどうこうとか、そんな記事に戻ってるぜ。あっ、学外のことだからか小せえけど、近所で殺人事件。家族皆殺しだって。ふうん、昔も随分と物騒だな。いろいろあって風化したのかも知れねえけど、遺跡の続報くらい載せるだろ?」
最初遺跡の調査に乗り気だった、大和の祖父は何らかの発見によって、それを断念したのだろう。それが「誰もあれに近づいてはいけないのに」なるメッセージにつながっているのは明白だった。
「祖父さんもあの世界に行って、バケモノを見たのかもな。それで調査を打ち切って、再び遺跡は眠りについた……」
大和は五十年以上前の、若き日の祖父に思いを馳せた。確かに異世界への扉は危険だろう。大和たちもあの恐怖をもたらす「何か」に遭遇した。ただ、大和はどうしても納得できなかった。
「日和りだろ! こんなこと世間に公表しねえでどうするんだ? 危ねえなら、なおさら学校中のみんなに知らせるべきだ。隠蔽なんてしねーでよ。ホントのこと書くべきだろ」
「敷島君はそう言うと思ったよ」
露子は楽しそうに笑って大和を横目で見た。
「わかってんじゃねえか。で、こっちだ。六月号の編集後記。祖父さんのコメントが載ってる。『風晴のことは残念だ。これも私が触れてはならないものに触れてしまったせいだ。これからも、こんなことが増えるだろう』……だとよ。あの世界との道が通じて、それがこの世界に影響を及ぼしたってところか。そして……」
「風晴って……」
露子はあの図書委員の美少女のことを思い出した。ここであの名前を見るなんて、思いもよらなかったことだ。あの時、遺跡に入る前に、ふらりと行き合ったあの少女。なぜか大和に突っかかってきた。
「風晴なんて苗字、そうあるもんじゃねえ。五月の記事から考えて、奴の親戚が、あの異世界の影響を受けて、自殺騒ぎを起こした……と考えておかしくはないな。『触れてはならないもの』ねぇ。上等じゃねえか!」
露子は部室のノートにせっせと今までのまとめを記録していた。遺跡から異世界に行き、謎めいた少女と出会ったこと。敷島家に残された奇妙な地図とその製作者について。彼女が『常世』としたあの世界には、何が隠されているのか。風晴遥華の縁者らしき女生徒は、なぜ自殺しなければならなかったのか。
「七月の記事は……中学校でウサギが何者かに殺された、八月は市内の自殺者や行方不明者が急増……交通事故も増えたらしい。なんか血生臭いな……また祖父さんの編集後記だ。『新聞部として、せめてこの世界の異変を記録しなければならない。あれを隠して、そっとしておけば、また平静を取り戻すだろうか』」
「あの異世界がこっちを侵食していたのかな……じゃあ、今もどこかで影響が……」
露子の不安げで小さな声をかき消すほどの音が聞こえた。大和のスマホがけたたましく鳴り響く。
「なんだよこんな時に、朝日? もしもし? お前、どーしたんだ?」
朝日から電話のようだった。露子はなんだろうと不思議そうに大和を見つめた。すると、大和の顔色が変わる。




