爪切り
冷たく言い放ち、霧生の爪を切っていった。爪に刃が食い込んで軋み、やがて乾いた音を立てて切断された。しかし、遥華は爪を切るのを止めなかった。
「や、やめて……遥華さん、お願いだから」
刃は爪ではなく肉に食い込み、今度はじっとりとした、嫌な音がした。指からだらだらと血が滴る。遥華は爪を剥ぎ取ろうとするように、グイグイと奥へ奥へと押し込んでいった。霧生はたまらなくて、かすれた悲鳴をあげるしかできなかった。
「やめないよ。こうでもしなきゃ、また噛むでしょ。爪がなかったら、噛めないもんね? 他の子たちの前で爪噛みなんてしたら、笑われちゃうよ。それでもいいの? せっかく私が躾けてあげてるんだから、おとなしくして。 う~ん……このくらいでいいかな?」
遥華の手は霧生の血でべとべとになっていた。霧生はうつ伏せになったまま、手をがくがくさせて、小刻みなうめき声で苦しみに堪えていた。親指の爪は半分以上削り取られて、血まみれの肉をそのまま外気に晒している。
「言われたこともちゃんとできないのに、お行儀悪いから。私だって辛いの。ほら、かすみの血でべっとべと!」
「は、遥華さん……」
霧生は物欲しげに傲然と立つ少女を見上げた。遥華は汚物に触れてしまったとでも言いたげに、ポケットティッシュでせっせと指に付着した血痕を拭きとっている。
「なぁに? もう立ってもいいよ……ああ~! はいはい、舐めとりたかったのね?」
霧生はおずおずと立ち上がり、恥ずかしくて死にそうなのをこらえるようにくちびるを噛み締めた。遥華は呆れ返ったようにくすくすと笑って、霧生のジャケットに血を拭いたティッシュを詰め込んだ。
「くくっ……淫乱のくせにいっつもすました顔して疲れない? ったく! 血だって気持ち悪いのに、なんでかすみのツバなんて!」
くちびるを意地悪く釣り上げて、嘲笑した。霧生は何も言えなくて、遥華を直視できなくて、目をそらすしかなかった。
「私はちょっと露子ちゃんと話があるから。場所は伝えた通り。あと、敷島君をどうにかして。私に近づけないようにしてね。嫌なの。彼……嫌な感じがする」
蜂の羽音が二人に聞こえた。この学校は山間にあるものだから、時折教室にも虫が入ってくる。遥華は指示を聞いてうなずいている霧生を無視して、スズメバチと思しき蜂に注目した。すると、いきなり蜂はもがき苦しみ、ぽとりと床に落ちた。首がもげて、羽根も切り刻まれたようになっている。
「かすみも知ってるよねぇ。私のカンは、良く当たるって」




