遥華とかすみ
露子たちが心機一転、謎の調査に向かっていた時、風晴遥華は中学時代の友達からの唐突な写真付きメールに色めき立っていた。遥華は閉鎖されているはずの学校の屋上に立ち、中庭に咲き誇る桜を眺めていた。少しずつ、風に桜の花びらが混じっている。柵のない屋上の縁に立つ遥華。すらりと伸びた手足と折り目正しく着ている制服、自信に満ちた麗しい相貌が凛とした印象を与える。
「……そう、二人だけだった? 敷島君と霜鳥さんの……連れてきていないのか、別行動なのか……ああ、なんでもないよ。とにかく、そういうことだから、じゃあ、またね」
駅であの二人に遭遇した女との通話を切った。
「敷島君って乱暴。それにしても、私ってついてるね。神様の言うとおりぃ!」
「うん……そうだね、遥華さん……」
そう答えたのは、ショートヘアと銀色のフレームの眼鏡が良く似合う美人だった。神経質そうに、髪をいじっている。図書委員会の顧問の霧生かすみだった。
「アレは一緒にいないみたいだけど……まだ連れ帰ってない、ってのはさすがに自分に都合良すぎかな? ねえ、かすみ? かすみはどう思う?」
友達というよりは、目下の人間に甘くしてやる支配者みたいな口調だった。霧生は厳しそうな眉をきっと歪めて、苦しそうにして黙っている。助けを求めるような、哀れっぽい眼差しを遥華に向ける。
「何黙ってるの? 答えなさい。かすみのせいだってこと、ちゃんとわかってるの? 私言ったよね。遺跡! 見つかった日! 誰も! 中に! 入れるなって!」
「入らないように言ったけど、あの二人が無視して……」
「あなたがちゃんと注意しないからでしょ。敷島君がちょっとやそっとで従うと思うの? それくらいわからなかった? 一年間彼に授業してたのに、そんなこともわからないの? 教師失格だね」
冷たい香水に浸した剃刀のような声だった。霧生は髪の毛を弄るのをやめて、代わりに親指を口に当てて、爪を噛み始めた。ストレスに応じて、髪から爪になるらしい。無力な子供のように、一心不乱に爪を歯で削り取る。
「その自傷行為、気持ち悪いからやめてって言ってるよね。 なんで? 私の言うことなんできけないの?」
霧生は誰かに引っ張れたように、手を口から放して、急に転んでしまった。地面にうつ伏せになったまま、起き上がろうともしないで、遥華のことを上目づかいに見つめた。恨むような愛しむような、たくさんの気持ちがないまぜになった瞳の色だった。
「ごめんねぇ? かすみぃ? かすみが使えないのも、気持ち悪い自傷癖が治らないのも、私のせいだよぉ」
背が高くてすらりとした遥華は、人を見下ろす時、なんとも言えない高慢な美しさをまとう。ポケットから爪切りを取り出して、霧生の手をとった。
「こっちの親指、ちょっと爪がささくれてきたね。もう噛まなくていいように、奇麗にしましょう」




