表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
常世の国の揚羽蝶  作者: カメコロ
第四章 侵食される現世
50/86

電車に揺られて

「ふぅ……殺虫剤と額のダメージが効いたらしいな。追いかけてこなかったぜ」

「はぁはぁ……う、うん……そうだね」

 先頭近い車両は空いていた。長い椅子の端っこに二人で腰かけた。露子は大和に助けてもらったうれしさよりも、知られたくない過去を見られてしまった苦しさが先に立っている。下を向いて、スカートの裾を握りしめて、今にも涙がこぼれ落ちそうな瞳を、大和に見せまいとする。

「アイツらなんだよ? カップルでナンパってんじゃないよな」

「中学時代のクラスメイトなの。私、イジメられてて……」

 

 電車は山間を、春の大気を泳ぐように走る。暖かい光が二人に降り注ぎ、まぶしいくらいだった。大和はガタゴトという振動に身を任せて、露子の話を聞いていた。

「中学二年生の時、さっきの男の子、佐内君と……付き合ってる子がいて……今日一緒だった人じゃないけど……。そのことを潮音ちゃんと話してたら……きっと何かイライラしてたんだと思う……根暗のくせに、人の恋愛がどうこう言うのが気に入らないって……それで作文コンクールのこととか、いろいろからかわれて……きっと、きっかけなんて、あんまり関係なかったんだと思う」

「それでイジメられたのか」

 

 露子は黙ってうなずいた。苦しい思い出は、涙になって、スカートに滴っていた。心のどこかで、いつか大和には聞いてほしいと思っていた。それを言うのは、今しかなさそうだ。

「最初は物を隠すとか、落書きするとか……でも、だんだんエスカレートしていって……クラスみんなの前で歌わされたり、寄ってたかって蹴り飛ばされて、ゴミを瞬間接着剤でくっつけられたり……みんなの前で髪を切られて……お弁当、メチャクチャにされて、食べさせられたり……それから……それから……もっとヒドイこと……だから……私ね……私……」

「もう着くぜ」

 乗り換えの駅まで、もう少しだ。電車は速度を落として、車窓に流れる景色も遅くなる。


「……今日はもう止めにするか?」

「……ううん、大丈夫、大丈夫だから」

「俺の目を見ろ」

 大和は露子の体を起こして、その赤く濡れた瞳をまっすぐに見つめた。大和の表情はどことなく悲しげで、瞳の奥がきらりと光った。

「そう来なくっちゃな。まああれだ、またアイツにあったら、お前も殺虫剤かけてやれよ。催涙スプレーを買うってのもアリだな。それで今度は頭だけじゃなくって、ポン刀でめった打ちにして手足もへし折ってよ、ツレの女と一緒に裸に剥いてさ、それで写真撮ってばら撒くぞって脅すんだよ。な? くだらねえ因縁つけやがってよ……とにかく! 今! 俺にはお前が必要なんだよ! 第二図書室の資料を調査するためにもな!」

「ありがとね……敷島君……」

 

 乗り換えて次の駅が、露子の家の最寄りだ。彼女の家はマンションで、大和はロビーで待つことになった。露子はだんだんといつもくらいの元気は取り戻しつつあるようだった。二十分くらいして、再び大和の元に戻ってきた。

「おまたせ、急に図書委員の仕事ができた……ってことにしちゃった」

「図書室を使うことに変わりはないよな」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ