電車に揺られて
「ふぅ……殺虫剤と額のダメージが効いたらしいな。追いかけてこなかったぜ」
「はぁはぁ……う、うん……そうだね」
先頭近い車両は空いていた。長い椅子の端っこに二人で腰かけた。露子は大和に助けてもらったうれしさよりも、知られたくない過去を見られてしまった苦しさが先に立っている。下を向いて、スカートの裾を握りしめて、今にも涙がこぼれ落ちそうな瞳を、大和に見せまいとする。
「アイツらなんだよ? カップルでナンパってんじゃないよな」
「中学時代のクラスメイトなの。私、イジメられてて……」
電車は山間を、春の大気を泳ぐように走る。暖かい光が二人に降り注ぎ、まぶしいくらいだった。大和はガタゴトという振動に身を任せて、露子の話を聞いていた。
「中学二年生の時、さっきの男の子、佐内君と……付き合ってる子がいて……今日一緒だった人じゃないけど……。そのことを潮音ちゃんと話してたら……きっと何かイライラしてたんだと思う……根暗のくせに、人の恋愛がどうこう言うのが気に入らないって……それで作文コンクールのこととか、いろいろからかわれて……きっと、きっかけなんて、あんまり関係なかったんだと思う」
「それでイジメられたのか」
露子は黙ってうなずいた。苦しい思い出は、涙になって、スカートに滴っていた。心のどこかで、いつか大和には聞いてほしいと思っていた。それを言うのは、今しかなさそうだ。
「最初は物を隠すとか、落書きするとか……でも、だんだんエスカレートしていって……クラスみんなの前で歌わされたり、寄ってたかって蹴り飛ばされて、ゴミを瞬間接着剤でくっつけられたり……みんなの前で髪を切られて……お弁当、メチャクチャにされて、食べさせられたり……それから……それから……もっとヒドイこと……だから……私ね……私……」
「もう着くぜ」
乗り換えの駅まで、もう少しだ。電車は速度を落として、車窓に流れる景色も遅くなる。
「……今日はもう止めにするか?」
「……ううん、大丈夫、大丈夫だから」
「俺の目を見ろ」
大和は露子の体を起こして、その赤く濡れた瞳をまっすぐに見つめた。大和の表情はどことなく悲しげで、瞳の奥がきらりと光った。
「そう来なくっちゃな。まああれだ、またアイツにあったら、お前も殺虫剤かけてやれよ。催涙スプレーを買うってのもアリだな。それで今度は頭だけじゃなくって、ポン刀でめった打ちにして手足もへし折ってよ、ツレの女と一緒に裸に剥いてさ、それで写真撮ってばら撒くぞって脅すんだよ。な? くだらねえ因縁つけやがってよ……とにかく! 今! 俺にはお前が必要なんだよ! 第二図書室の資料を調査するためにもな!」
「ありがとね……敷島君……」
乗り換えて次の駅が、露子の家の最寄りだ。彼女の家はマンションで、大和はロビーで待つことになった。露子はだんだんといつもくらいの元気は取り戻しつつあるようだった。二十分くらいして、再び大和の元に戻ってきた。
「おまたせ、急に図書委員の仕事ができた……ってことにしちゃった」
「図書室を使うことに変わりはないよな」




