図書委員 風晴遙華
「露子ちゃん!」
早足で現場に向かおうとする記者たちを引き止める者があった。彼女は深く黒い髪を風に揺らしている。春の風が甘いのは、この長い髪を通しているからだと錯覚してしまうかのようだ。折り目正しく制服を着こなし、しめった土の上を音もなくやってくる。まるでほんの少し宙に浮いているみたいに。
「あっ……ハルハル……」
「こんにちはぁ。露子ちゃん。それにぃ、新聞部の敷島君だね」
ふんわりとした声音が優しく大気をゆさぶる。高く澄んだ声を愛くるしく伸ばして、春眠を誘うような喋り方をするのだった。
「あぁ、お前、三組の風晴……だっけ? 図書委員の……」
「うん、風晴遙華。ハルハルって呼んでいーよ。それしても、よく知ってるねぇ。違う組なのに」
「物覚えはいいんだよ」
遙華は長い黒髪を見せびらかすようにかき上げて、大和と露子を見すえた。柔和そうでいて涼しげな目元が特徴的で、くちびるは頭上で揺れる桜の蕾のように色づき、タイトに押さえつけられてもなお、胸が自己を主張している。女子の中では背が高く、スタイルもいい遙華は、大和でなくとも、多くの男子から覚えられているだろう。
「そうなの。……ねえ露子ちゃん! 二人でどうしたの?」
「えっ……あの……」
急に話をふられて思わずびっくりして声が上ずってしまった。露子は大和や真実、あとごく少数の友達以外と話すのは得意ではなくて、同じ委員会で比較的よく話す遙華に対しても、時折こんな風になってしまう。
「あわてないで! ゆっくりでいいんだよ?」
小さな体をまごつかせた。喉の奥に鉛の玉をつめ込まれたように、言葉が出てこない。隣の大和に変なところを見せたくなくて、必死に自分を落ち着けようとした。
「これから……」
露子が言い終わらないうちに、遙華は何か閃いたみたいに手を打った。そしてにっこりと微笑んで二人を交互に見て、言った。
「さては……遺跡の取材ね? 新聞部だもんね。だから……」
「だから急いでんだよ! 用がなきゃ行くからな」
今度は大和が遙華の口を塞いだ。遙華は何がおかしいのか、くすっと吹き出して何事か露子に目配せした。
「乱暴な言葉遣い、よくないよぉ?」
「うるせえぞ。お前は先公でも母さんでもねーだろ!」
大和が凄んで見せると、遙華はくすくすという笑いを強めた。
「ねえ、敷島君? 下の名前、なんていったかな?」
「大和! 敷島大和! 呼ぶなら苗字でな。俺はこの名前嫌いなんだ」
「どうして? カッコイイのにぃ」
遙華は小首をかしげて、しげしげと大和の顔をのぞき込んだ。眉目秀麗で肌は白く澄み、大和もどきりとしてしまう。
「……敷島だけならしかたねえよ。でもそこに大和ときやがった! 俺は日本かっての! 名前負けしてるぜ! 尊大でバカみてえな名前だろ?」
そう吐き捨て、大和は苦虫を噛み潰したように遙華をにらんだ。
「せっかくご両親がつけてくれた名前なんだから、そんなこと言うの、よくないと思うなぁ」
「関係ねーだろ! てめーにはよぉ! 露子! もう行こうぜ!」
露子を促した。露子は申し訳なさそうに遙華に「ごめんね」と風にかすれて消え入りそうな声で言った。
「楽しい取材になるよ! きっと!」
足早に立ち去ろうとすると、後ろで間延びした声が響いた。遙華はどこか虚ろではかなげな笑みで二人を見送っていた。
「私のカンは当たるの……敷島大和君……」
遙華はそうつぶやいた。その声は、大和と露子には届かなかった。二人はなんだか気まずくて、しばらく黙って歩いた。