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常世の国の揚羽蝶  作者: カメコロ
第四章 侵食される現世
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殺虫剤噴霧

「ご、ごめんなさっ……」

 むせび泣く一歩手前で、かすれた声しかでなかった。男はさらに露子の小さな体を自販機に叩きつける。

「謝るだけなら猿にもできるんだよ。ワビにさ、自殺しろよ。もうすぐ電車来るから、飛び込んで死ねよ」

「そ、そんなっ……」

「じゃあ口だけなんだな? 口先だけ謝っても意味ねえよな? なあそうだろ? おい! 口だけの謝罪とか聞きたくねえよな? 心こめろよ心! どうなんだよ!?」

 

背中やお腹に熱した鉄球を埋め込まれたように、息が苦しい。恐怖に塗りつぶされた心の片隅で、のんきな大和のことを思った。助けてほしかったのだ。

 露子が心の中で救いを求めている時、大和は空の青から、時計に目を移した。もうすぐ電車が来るのに、露子は戻ってこない。ふと見ると、露子が佐内に絡まれているのが見えた。

「何やってんだ、あいつ……?」

 

露子に絡んでいる男が大柄で、喧嘩して負ける気はしないけれど、骨が折れそうだった。それにもうすぐ電車が来るのだ。さっさと露子を送って、高校に行かねばならなかった。

「もういいじゃん、そのくらいでさぁ。ちょっとやり過ぎじゃないの?」

 露子はずっと絞め上げられて、罵倒されていた。美奏乃も若干引いてしまって、少し真剣に男をなだめた。アナウンスと電車が走る音がホームに響く。そんな時、忍び足でこの男女の後ろに大和が近づいてきた。

「すいません、ちょっといいですか?」

 

目的の駅への行き方を尋ねるような口調だ。そして、佐内が振り返って何か言う前に、大和は例の殺虫剤を思い切り顔に吹きかけた。白い飛沫が大量に撒き散らかされて、口、目、鼻に刺激物が入る。佐内は思わず目をつぶってひどく咳き込んでしまった。苦しそうに顔を手で覆って、うめき声をあげる。美奏乃も露子も、唖然としてその様子を見るしかなかった。

「異界の調査で忙しいんだからよ、邪魔すんじゃねえぞ」

 続けて大和は佐内の髪を掴んで、顔面を自販機に何度も叩きつけた。そのまま地面とキスさせて、露子の手を取る。

「おい! さっさと行くぞ!」

 

電車のドアが開く。女が携帯を取り出したが意に介さず、うずくまっている男を尻目にさっさと電車に乗り込んで、車両を移動して連中との距離を取った。残された佐内は目や喉、鼻の刺激と脳の衝撃に苦しんでいた。

「なんなの、あれ」

 美奏乃の方はこともなげにヒビの入った自販機で、ミネラルウォーターを購入して、男の顔にぶちまけた。

「目、洗ったほーがいいよ。ダイジョブ?」

「ああ……なんだよ……あれ……いきなり……頭おかしいんじゃねえの……」

 

美奏乃の処置のおかげで、少し回復した佐内は辟易気味につぶやいた。美奏乃はスマホの画面をまだ目を苦しげにこする彼氏の前に掲げる。痛む目を凝らしてみると、あの連中が写り込んでいた。

「写真撮ったのか?」

「まーねー。あの人たち梓馬高でしょ。知り合いいるし、調べてもらうよ。もうメールしたから」

「やるじゃん! あのチビ野郎、次見つけたらボコって……」

 佐内の話を打ち切るように、着信音が鳴り響いた。

「あ! ハルハル早いな……もしもし? あ、うん……そうそうそいつら。新聞部のしきしま? 敷金の敷に島……はいはい。 何か言ってなかったかって? えっと……なんか、異界の調査がどうとか、わけわかんないこと言ってたけど……うん、霜鳥って子? との二人連れ。他に誰かいなかったか? いや、いないみたいだったけど。あ、うん、ありがと……だって、どうする? 警察に駆け込んで『梓馬高の敷島って奴に暴行されました~!』とか言ってみる?」


「あーそれもちょっと恥ずかしいよなぁ。チビ野郎にやられたとか他人に思われたくねえ」

「変なプライド出しちゃって」

 女は嘲るように男に言った。男は何やらやる気を出したようで、ハルハル……風晴遙華と連絡をとって、チビ助に復讐戦を挑む気らしい。女の方はそんな諍いには大して興味もないようで、電話口での風晴遙華との会話が少し奇妙だったことが、気にかかっていた。

「なんで他に誰かいないか、気にしてたんだろう。『連れてきてないのか、別行動なのか』なんてぼそっと言ってて……」

 

そんな疑問も次の電車が来たことによって打ち切られた。殺虫剤噴霧の後遺症で、少しふらつく彼氏を引っ張って、乗り込んでいった。

 一方、大和のおかげで難を逃れた露子は、電車の中で息を切らせていた。


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