追いかけてくる過去
「ふふふ、そうだね……私たちって、他人の恋愛の詮索ばっかりだよね」
「面白えからな……ほら黒滝先輩と天川先輩が、手ぇつないで歩いてんの見た時も盛り上がったよな?」
大和と露子が取材を終えて、街を歩いていると、前に見覚えのあるカップルがいた。彼らは親しげに手をつないで歩いていた。それが黒滝と真実だった。露子が一番に気づいて、顔を朱に染めて、どこかうれしそうに大和に耳打ちしたのだ。これは恋人同士に違いないと思った。
「ああ、夏休みだよね。二人で後つけたっけ」
「ホテルにでも入っていったら、超面白えじゃん? フライデーしてさぁ。露子も興奮してたよな?」
「それは……まあ……だって! 真実先輩も黒滝先輩も、そんな様子見せないんだもの。びっくりしちゃって」
「結局バレてさぁ、怒られたよなぁ。冷静に考えて、ただの先輩後輩だと思ってた二人が、実は恋人同士でした……ってなったら、尾行くらいするだろ? なあ!」
大和は小さな体を大きくみせるように、どっかりと座りながら、ホームの天井からのぞく青空を眺めている。露子は「誰かと恋愛してみる気はないの?」と聞きたかったけれど、彼女の心臓はそれに堪えられるほど頑丈ではなかった。
「敷島君、私ね……私……何か飲み物買ってくるね」
自販機はしばらく歩いた先にあった。露子はそっと立ち上がってそちらに向かっていった。大和は露子が何か言おうとしたのではないかと思って、気にはなったが、黙って見送った。
「私、敷島君に、言わなきゃいけないこと……あるのに……」
くちびるを噛み締めて、苦しみを吐き出していた。ずっと苦しみが心の中に降り積もっていた。その時、自販機の隣のベンチに座っていたカップルが、露子の存在に気づいた。
「霜鳥、久しぶりだなぁ!」
大柄でちょっとガラの悪そうな男だった。隣には同じくらいの年齢の女もいる。男はニヤニヤ笑いながら、品定めでもするみたいに露子を眺めていた。女はめんどくさそうに顔をしかめていた。
「あっ……佐内君……あの、ひ、ひさ……」
女の方は見覚えがないが、男は中学の同級生だった。
「まーだちゃんとしゃべれねえのか? おい!」
佐内と呼ばれた男は自販機を手で叩きつけて威嚇した。かなりの体格差がある露子を脅している光景は、なんとも言えない嫌な感じがある。
「やめなよ~勇~可哀想でしょ」
恋人と思しき女は、あまり心のこもっていない制止をする。
「いいんだよ、美奏乃! コイツは……クラス中のいじめられっ子だったんだからさぁ、まあ、出てんじゃん。こう……私はイジメられるために生れてきましたぁ~的なオーラが」
「なにそれ?」
美奏乃という女も吹き出してにやりとして露子に視線を送った。露子は底なし沼に踏み入ったように、足元がぐらぐらして、どうすることもできないで、大和の方をちらりと見た。彼はのんきに空を見ていた。さっきの楽しい思い出話に、さらに過去に堆積している汚泥がぶちまけられた。
「あの……私……ひ、ひと、人を待たせてる……から」
「ひとぉ!? ああ、さっき見てたアレかぁ。なんだよアイツ、お前の彼かぁ? まさかお前、いっちょまえに恋愛して幸せになれるとか思ってないよな? 根暗眼鏡死神女の分際でさぁ!」
佐内は大きな手で露子の胸ぐらを掴んで、揺さぶって、恫喝した。女の方は止めるポーズは見せるものの、この状況を何か楽しんでいるようだった。




