さよなら、またね
朝食が済み、食器を洗い場に放り込むと、みんなそろって敷島家を後にした。大和は遺跡に入った時から一緒の殺虫剤を、相変わらずビニールに入れて持っていった。またあの世界に入るとしたら、あの黒い虫に対抗する武器が必要だと思ったのである。もっとも、異界の虫に現世の殺虫剤が効くのかは、まったくの未知数だったのだが。さらに模造刀も包に入れて持ちだした。武器は多い方がいいというのである。剣道部員に見えないこともない。
「それじゃあね、お兄ちゃん、霜鳥さん」
「ヤマト、ツユコ!」
Aは言うべき言葉を見つけられないでいた。まだ別れの挨拶を教えていなかった。
「別れる時は『さよなら』。でもまあ、どうせすぐまた会うからな。『またね』って言えばいいよ」
「またね!」
Aは元気よく声を出す。陽の光がAの銀色の髪を貫いて、その頬を白く輝かせている。最初に会った時よりも、瞳の黒曜石はきらきらしていた。
「じゃあ俺たちも行こうぜ。ってお前の家知らねえけど」
「あ、うん。ここからだと……バスで駅まで行くのがいいかな……」
海岸を見渡せるバス停で、バスがやってくるのを待った。時間に少し遅れていたが、すぐに乗ることができた。駅について降車し、長いホームの中頃のベンチに座った。
「敷島君、私、新聞部に入れてよかったな」
「そりゃよかったな。お前、最初怖がってたろ?」
露子が中学時代、作文コンクールで賞をもらったことがあった。そのことを目ざとく知っていた当時の新聞部部長の黒滝という男子生徒が、熱心に露子を誘ったのだ。その時新聞部員はたった二人。どうしても人を入れたかったのだ。人見知りな露子は、本当は新聞部ではなくて、文芸部に入りたかったが、元来押しが弱くて、あえなく入部することとなったのだ。
「今よりずっと、オドオドしてて。暗くて。大丈夫かコイツって思ってたよ」
自ら志願して入ってきた大和と出会ったのも、一年前の春だ。彼は露子とは対照的に押しが強くて、乱暴だったから、最初は怖かったのだ。大和が名前を聞いた時も、まともに答えられなかった。声が上ずって、上手く喋れなかった。
「ひどい! でも敷島君や先輩たちがいてくれて、よかったな。おかげで、すごく楽しい。私ね、ずっと憧れてたの。不思議なこととか、違う世界とか」
「そして、今、不思議は目の前だ! 『常世』のことも俺の祖父さんのことも、お前の目星のおかげだよ。感謝してるんだぜ」
「うん……敷島君は、私の話、ちゃんと聞いてくれたよね。初めて、お話した時も」
「ああ……最初は……村伝説! 杉沢村だろ、牛首村、奇祭の残る南西諸島のどっか……ジェイソン村なんて馬鹿っぽいのもあったな。懐かしい」
「そうそう! こんな山ばっかりなんだから、謎の集落でもないのかって、いきなり言うんだもん。敷島君……」
その時買った雑誌に、村系都市伝説の特集が載っていて、それを持って部室に現れて、出し抜けに露子にその話を振ったのだ。実は露子もその雑誌を持っていて、それで少しずつ話すようになっていった。
「私、敷島君みたいに、そういうの、好きだったけど、話せる人いなくて」
「夏島や三春は?」
夏島潮音と三春美砂子は露子の友達で、美砂子とはクラスも一緒だ。二人とも、中学の時からの友達だった。潮音はちょっと気の強そうな演劇部員で、美砂子は露子に似ていたっておとなしそうな女の子だ。
「潮音ちゃんや美砂ちゃんとは……どっちかっていうと、恋愛の話とか、してるかな。それに今は、放課後は部活だし……」
「ああ、霧生がどうこうってやつとかな。遺跡に入る前話したよな。霧生の彼氏の話。なんだか随分昔みたいだよ。結構いいネタだけど、やっぱ今は超常現象だろ」




