超能力者
「いっ……てえ! うぐぐ……! 超痛え!」
「あっ! ヤマト!」
突然赤い液体が紙の上に滴ったのに驚いたのか、Aの奇行が治まって、大和の右手はペンから開放された。露子たちの息を呑む音が聞こえてきそうだった。
「あの、あたし、ヤマト、痛くして」
「ああ、ホントだよ! マジ痛え……ま、俺が……悪かったよ。怖い思いさせて悪かったな」
「もう! 薬箱取ってくるから!」
朝日はそそくさと包帯を探しに出てしまった。残された露子は心配そうに大和とAを見つめた。
「あの、ヤマト、赤いの……」
Aは大和の血を指ですくう。その温かくてぬるぬるした液体をじっくりと観察していた。
「それは血だよ。人間の体を駆け巡ってる。全部流れると死んじまうんだよ」
それを聞くやいなや、Aは顔を真っ青にして大和の手を握りこんだ。
「死ぬのコワい! 死なないで!」
Aは今にも泣き出さんばかりである。大和は大げさなその様子に呆れたように話しかけた。
「死ぬのは怖えよ、俺も。でも人間はこの程度じゃ死なねーようにできて……って、これは!」
奇妙な感触に気づいて、Aの手を振りほどくと、彼の傷は癒えて小さな痕が残るばかりになっていた。薬箱を抱えて戻ってきた朝日も、さっきから見ていた露子も、この不可思議な現象に目を丸くした。
「お前これどーやったんだ!? ヒーリングってやつか!? 露子! お前も見てたよな! この世紀の瞬間をよ! ちっとも痛くないぞ!」
「う、うん、びっくりした。でも治ってよかったね」
露子は他にいう言葉が見つからないようだった。朝日も薬箱を机に置いて、兄の手をとってジロジロと観察した。
「これ、Aちゃんが? 超能力ってやつ? ホントに? 手品とかじゃないよね?」
信じがたいようで、何度も大和に尋ねていた。
「人間はこんなことできない……んだよね? あたし、やっぱり『かみさま』なのかな」
Aは大和や露子、朝日、誰とも似ていない自らの特徴に疑問を持ったのだ。みんなは言葉が思いつかなくて、黙るしかなかった。
「いや、ヒーラーっていうのもいるしな。まあ人間じゃないっていう方が、記事は盛り上がりそうだから、そっちでも全然いいんだぜ。とにかくありがとな」
「……その『ありがと』っていうの、どういうのなの?」
「ん、ああ、感謝っつってもわからねえか。うれしいことをしてもらったり、助けてもらった時は、言うんだよ。わかったか?」
「……ありがと」
Aは胸の奥からやってくる、不思議な気持ちを感じていた。あの世界でのモノのような記憶とはまったく異なった思い出。今、大和が教えてくれた言葉は、心のパズルのピースだ。カッチリとハマって、もう取れそうにない。
「あとは今みたいに、悪いことしたなって思ったら、『ごめんなさい』とか。まあいろいろあるんだよ」
大和はAに挨拶を教えてやった。Aはお箸の時みたいに、その言葉を吸収しているようだ。
「なんかいい感じだけど、血を拭かなきゃ」
机にこぼれた血をせっせと朝日が清めていく。露子は大和の手を興味深そうに眺めていた。
「ヒーリング……超能力……『常世』……『神』……うーん……すごいね、敷島君、私たち、超常現象を目の当たりにしてるんだね」
「何をいまさら! マジネタだっつってるだろ? まあ明日から、このネタを深めていかなきゃな。俺の祖父さんのこともあるしよ」
興奮気味の露子をなだめて、今日はもうお開きにして寝ることにした。




