うねうね
大和が興奮気味に叫んで、露子の手をとって立ち上がった。露子もそれに伴い、立ちながら、改めてこの文様を見た。ミミズかムカデがもがき苦しみながら、死んでいくかのような模様。謎の古代遺跡に、少女の肩に刻み込まれた、その禍々しいうねりは、不気味であるがゆえに、露子と大和の心をとらえて離さないのだった。
「一体誰がこんなものを残したんだろうね。お祖父ちゃんかなぁ」
大和と朝日の祖父母は、父が行方不明になったのを追うように他界していた。その祖父が若い頃にこの蔵に、この地図を隠したのではないか、ということである。それに関しては、露子がいろいろと考えていたようだ。
「いつ頃あのツボに箱が入れられたのか、だよね。えっと、私が見た中では昭和初期のコインが一番新しかったから、古銭収集用のツボってことを考えると、割りと最近まで使われていたんだと思うの。それに、この蔵に出入りするってことは、この家の人だよね。だから、朝日さんの言うとおり、敷島君たちのお父さんか、お祖父さんの世代というのは、可能性高いと思うんだ……あと、この筆跡、子供が書いたのかなって思ったけど、なんだか震えていて……小さい子が書いたっていうよりは、急いでいたり怯えていたりしてたのかも」
露子がさっきからずっと温めていた考えを披露した。大和はいつも通り、露子の言うことを真剣に聞いていた。
「とすると、父さんなり祖父さんなりが、何歳くらいのものかってのは、わからねえか……いや、まてよ、ここが学校の遺跡ってことは……生徒か教師の可能性が高いな!」
「たしか戦前からずっと学校だったはず……」
露子がすかさず大和を補った。大和は彼女と目を合わせてうなずいた。朝日は感嘆の声をあげて露子を眺めた。そこら辺に放置されていた怪文書ならぬ怪地図が、随分と具体的な話になるのだなあと思っていた。
「父さんは東京の高校に通っていたって、前に母さんから聞いたことあったよな。目星を祖父さんにつけて、学校の資料をあたってみるか。祖父さんの職業、聞いたことなかったし、生徒と教師の両面で捜査だ」
露子も相槌を打って、大和に同調した。第二図書室に保存された大量の卒業アルバムが役にたつ時が来たのだ。
「次はお前の傷だよ!」
露子の名推理をあまり聞かないで、勝手に冷蔵庫を漁ろうとしていたAに向かって指を突き立てた。
「あたし、の、傷って……」
「お前の肩の傷に決まってるだろ! いつついたとか、何か覚えてることはないのか? そんなにデカイ傷なんだぜ! すげえ痛かったんじゃないのか?」
「……わからない。傷……へんな模様……わからない……覚えてるのはね、だたそこにいたってだけ。味もしないし、においもわからないし、誰かの手をにぎることもない。でも、コワいのはあったんだ」
あの廃園でのことを思い出して、Aの顔はこわばっていた。そこに長い銀髪が顔にかかって、何か儚げな気配を漂わせていた。
「怖い……ってあの黒い……」
露子は桜の森で出会った、あのひどく恐ろしい「何か」のことを思い出した。今まで生きてきて、あんな恐怖は感じたことがなかった。凍えるほど冷たい手で、心臓を握りつぶされるような恐怖だった。
「うねうねは、とっても! すっごく! コワいの。だからあたし、あのさくらの森には行けなくて。傷って、痛いんだよね? 痛いって、コワいよね? だから、きっと、この傷……うねうねのせいだと思うの……」
Aは心の奥底から絞り出すように、言葉を紡いでいった。




