過去からの意志
露子と朝日もつばを飲む。Aは表情をちっとも変えないで、その包をじっと見つめていた。
「こ、これは……! 地図!」
和紙を丁寧に剥がしていくと、中にはまた古びた紙が入っていた。几帳面に折りたたまれていて、広げると、A4くらいの大きさだ。そこには、ボールペンか何かで簡易的な地図が描かれていた。子供が書いたようにどこか拙い。その拙さが何か禍々しい、嫌な気配を漂わせている。山らしき線のうねりと、海と思しき空間があって、山に家が書かれ、その上の方に、黒い丸が描かれている。その丸は何度も何度も筆で塗りつぶされていた。朝日はちょっと怖がっているみたいで、体をその地図から遠ざけようとした。
「どこの地図だろう……?」
大和が机の上で紙を回してみる。その無軌道な動きを露子が止めた。
「ちょっと見せて、これって敷島君の家じゃないかな。ほら、海があって、その近くに……」
言われてみれば、そんな気がしてこないでもない。この屋敷の蔵に隠されていたのだから、この近隣の地図だろうという推測は説得力がある。
「じゃあこの黒丸は……」
「うねうね」
大和が言葉を続ける前に、Aが口を開いた。いつも違う、冷たくてぞっとするような、響きがあった。名無しの少女が地図上の黒点に人差し指を静かに乗せた。
「学校の遺跡……なのかな?」
露子が呟いた。縮尺はかなり大雑把だろうが、方角的には学校方面に見えた。
「お兄ちゃん、気味悪いって! その遺跡って今日見つかったんでしょ? だったらなんでうちの蔵にこんなのがあるの?」
「うーむ、これがいつ、誰に描かれたものかがわかりゃあなぁ」
大和は腕を組んで、考えこんでしまった。朝日は気持ち悪いものを見るように、その地図を眺めた。不思議なことに、見れば見るほどこの周辺だと思えてくる。
「裏は……何か書いてあるよ」
露子がひっくり返すと、隅っこの方に文字が書き付けてあった。これまた子供が書いたような字で、しかも震えているみたいで読みづらい。
「えっと……『みつけてしまった。誰もあれに近づいてはいけないのに』だって」
「へえ、旧日本軍の隠し財宝か?」
大和はのんきそうに露子に言った。露子は真剣な表情で、その震える文字を見つめている。
「なんか危なげ……」
朝日はいつしか隣のAの袖をつかんでいた。Aの方が、やはりあの凪いだような表情だったが、そっと朝日の手に自分の手を重ねた。
「この地図の書き手、何かヤバイもんを見つけちまって、あの遺跡に隠した……ってことか。いや、あそこ自体が危険地域なのかもな。俺らもあのままなら、行方不明者だったからな。だけど、誰も近寄っちゃならねえとか言っといて、地図を残すのは矛盾してるぜ」
「敷島君が同じ立場だったらどうする? 危ないものを見つけちゃって、隠さなきゃいけないって言われたら?」
「俺がそんなの隠すわけないだろ。全部記事にするに決まってるじゃねえか」
「この地図を書いた人もそうだったんじゃないかな。誰かに伝えたかったんだよ、きっと」
露子の言葉に大和は大いに得心した。威勢よく露子の肩を叩いて、大きく笑った。
「なるほどなぁ! あははっ! 回りくどいことしやがって!」
「お兄ちゃん、これ!」
慌てたような朝日の声が響いた。Aが箱の中の和紙を取り去って、その底をあらわにしたのだ。そこには、遺跡の文様やAの肩の傷とよく似たものが描かれていた。あの地図と同じ筆記具を使っているように見える。
「やはり、この箱を残したやつは、あの遺跡を知っている! あの文様を写したんだ!」




