そうめんを食べよう
「ごめんね。お手伝いとか、何もしないで」
露子はさっき裸を見られた記憶が、生々しく残っていて、なんだか気恥ずかしそうにしていた。
「ああ、いいよ。お客だもんな。ドーンとしてろよ」
「うん、ありがとう。あ、傷の写真、撮ったよ。御飯食べたら、あの遺跡と見比べてみよう」
「さすが! で、露子、今日どうする? 泊まっていくか?」
「あ、うん。できれば、そうしたいな。お母さんに電話するね」
露子はキッチンから廊下に出て、電話をかけ始めた。大和はAと朝日を席につかせて、ザルごとそうめんをテーブルに置いて、ツユをカップに入れて全員分並べて露子を待った。Aは未知の食物に目を輝かせて、「まだかな? まだかな?」とはしゃいで、大和と朝日に視線を送っている。
「Aちゃん! 見て! お箸だよ」
「その棒、なあに?」
「お、は、し……だよ。こうやって持って……そうそう! 上手だね!」
Aは真剣な表情で箸と向き合っていた。朝日は彼女の手を取って、使い方のレクチャーをしていたが、この生徒はそうとう飲み込みが早いみたいで、カチカチと上手に箸を動かしていた。
「潮音ちゃんのお家に……うん……突然ごめんなさい……」
扉の向こうから、露子の話し声が聞こえてくる。潮音とは、同じクラスの夏島潮音のことだ。露子と潮音は中学生の頃からの友達だ。露子の数少ない友人といえる存在の一人である。突然男子の家に外泊するなどとは言えなかった。
「ごめんね、待たせて……」
露子はいつもの気弱な雰囲気をまとわせて、席についた。全員がそろって、みんなで「いただきます」と言って、そうめんを食べ始めた。もっともAはよくわかっていないので、ただ言葉を繰り返しただけだ。大和や露子は、ひどく腹ペコで、しばらく無言でひたすらそうめんを取ってはすすり、取ってはすすっていた。露子はミョウガが好きで、何度かツユに入れていた。風変わりな刺激が口に鼻に広がっていく。
「お兄ちゃん、霜鳥さんから聞いて、だいたいわかったけど、Aちゃんはこれからどうするの?」
朝日がいかにも真面目そうに尋ねてきた。大和はあまり深く考えてはいなかったので、ちょっと返事に窮したが、やがて口を開いた。
「しばらく家であずかるか」
「……やっぱりね。っていうか、それすら今考えたでしょ。ふふっ! 私としては大歓迎だよ」
「アサヒ、ヤマトといっしょにいられるの。うれしい」
覚えたての箸で、一気にたくさんの麺をすすりながら、Aはにっこりと笑うのだった。その笑顔があんまりにも無垢なものだから、朝日の中に温かい気持ちが溢れてしまう。
「ツユコはすまないの? ヤマトといっしょ!」
その純真な笑顔のままで、露子に言った。
「えええっ!? わた……私? 同棲なんてっ!」
Aはきょとんとして、朝日は「あははっ」と快活に笑った。朝日はよく通る気持ちのよい笑い方をするのだ。
「さすがに居候二人じゃパンクしちまうよ!」
大和はこともなげにそう言って、次のそうめんをツユに放り込んでいった。露子は箸でカップのへりをいじりながら、うつむいて、なんだかさみしそうにしていた。またくちびるを噛み締めて、あの胸の疼痛を感じていた。
「写真を見せてくれ、あの遺跡とAの肩の……」
みんなに見えるように、机の真ん中あたりに、画面を置いた。まずは遺跡の壁面、顔料か何かで不思議な文様が描かれている。さらにAの肩。まるっきり同じというわけではないが、壁面の文様と似ている。




