傷痕
こういう仕事は朝日の領分だった。なにせ飼育委員として、毎朝のように動物の世話をしているのだから、野生児の相手も務まるに違いないと思われた。さっさと振り返って、居間に戻ろうとした時、あるものが大和の目をとらえた。恥ずかしさのあまり顔を覆い隠して、臥せっている露子の頭、その脇からのぞくAの肩だった。
正確には、そこに刻み込まれている文様だ。ミミズか蛇がとぐろを巻くような幾何学模様が、肩甲骨のあたりに刻まれている。その傷は何らかの意志で刻まれた文様としか言いようがない。苦悶の声を形にしたようで、どこか禍々しかった。そして、Aの傷はあの遺跡の羨道に記されたものによく似ていたのだ。
「お兄ちゃん! 何が『出てく』なの!? まじまじ見てんじゃない!」
顔を赤くして、叫んでいる朝日は無視して、脱ぎ捨てられたAの衣を二人にかぶせた。
「露子、写真! 写真撮ろう! これあの文様じゃねえか。あの遺跡の!」
「えっ! あっ! 傷? そう、お風呂出たら、言おうと思って……」
露子は大きな衣で隠されたまま、亀みたいにカバンに手を伸ばした。
「お兄ちゃんいい加減にして! それ今じゃなきゃいけないこと!? 霜鳥さんもカメラ取ろうとしなくていいですから!」
これ以上怒らせると、直接的な暴力に打って出そうな勢いだったので、仕方なく大和は退散することにした。今度こそ振り返って、外に出ようとすると、後ろからまた朝日の叫び声が聞こえた。
「今日の当番、お兄ちゃんでしょ! 夕飯よろしくね!」
母親はほとんど家を開けているので、家事は大和と朝日の当番制で行っていた。ちょうど今日は大和の担当で、めんどうなのをこらえながら、朝日に気のない返事をして、台所に向かうのだった。
三人はなかなか風呂場から出てくる気配がなかった。大和はきっと中でいろいろ話し込んでいるか、Aの禊が難航しているのだろうと思って、早速夕飯の支度にとりかかった。といっても、貰い物のそうめんを茹でるだけだ。四人分なので、ありったけの麺を鍋に放り込む。それから、ネギとミョウガをたっぷり刻んで皿に乗せて、チューブの生姜を絞り出して薬味は完成。あとは茹で上がりを待つばかりだ。
「あの模様……どこかで……どこだ……? この家か?」
茹で上がった麺をザルに移して、氷水でしめていく。作業をこなしながら、しっかりとあのか細くてしなやかな肩甲骨を写真に撮り、あの遺跡と比較検討しなくてはならない、そう思っていた。すると、風呂場から三人が出てくる気配がした。ぺちゃくちゃ話しているのが聞こえる。
「もうすぐ飯だ。麺だけどな」
「ミン?」
すかさずAが反応してきた。Aは大和の寝間着を着て、小走りにキッチンに一番乗りしていた。風呂あがりで、頬の朱が美しく、白い乳液に大輪のバラの花弁を惜しげもなくばらまいたかのようだ。
「中国の王朝じゃねえよ。め! ん!……ん? それ、俺のじゃねえか。露子のも!」
露子は大和が子供の頃に使っていた、ウサギがあしらわれた可愛らしいパジャマを来ていた。現行の衣服では良いサイズがなくて、朝日が押入れから引っ張りだしてきたらしい。
「なんでAまで俺の服なんだよ?」
「だって、Aちゃん、お兄ちゃんと背格好同じだし。ね?」
「そー! ヤマトの! ヤマトのかおりするよね!」
朝日の問いかけに、元気よく答えるA。いつのまにやら、二人は親しくなっているらしい。朝日の案内でキッチンを見て回っている。冷蔵庫の中の冷たさにびっくりしたり、皿を投げようとして止められたり。小さな冒険といった雰囲気があった。




