異なる世界で異界?
「そういうわけにもいかねえんだよ! 二人とも上がれよ」
海水で全身ずぶ濡れ、早くシャワーを浴びるなり着替えるなりしたかった。
「とりあえずシャワー浴びてこいよ。朝日、悪いけど、こいつらに服貸してやってくれ」
「それは構わないけど、お兄ちゃんのやつの方がサイズ合うんじゃないの?」
「うるせーぞ! いいから出してこい!」
露子は緊張気味に、ちょこまかと歩いて、風呂場に向かった。Aは夢見るように嬉しそうに、部屋の木目や畳、玄関先の電話やらをいじりながら、露子についていった。朝日はわけがわからないという顔をして、兄が連れ込んだ二人の女の子を眺めた。小さな眼鏡っ娘の方は、兄との話で何度か話題になっていたから、だいたいのことはわかる。しかし、もう一人の白い少女は何者かさっぱりわからなかった。そもそもこの銀髪は日本人には見えないし、奇麗すぎて現実味がない。
露子とAが風呂場に消えていった。兄妹だけになる。大和はため息をついて、海水で濡れた髪をかきあげた。朝日が居間のタンスからタオルを出してくれたので、体を拭いて、妹みたいなラフなスタイルに着替えた。
「ほら、お土産だ」
袋から殺虫剤だけ取り出して、金柑と柚子を朝日に手渡した。彼女はなんでこんなものを持っているのか、不思議に思いながら冷蔵庫にしまいに行った。
居間は十畳もある広々とした和室だ。ただ畳のメンテナンスは怠っているらしく、ささくれだってボロボロになっていた。床の間には安っぽい民芸品のツボが飾られ、中に庭の花が適当にぶち込まれている。掛け軸もあるにはあるが、印刷モノな上に達筆すぎて家の誰も意味がわからない。大和や朝日が、何もないのは味気ないという理由で、蔵のガラクタを適当に見繕ったのだ。
居間のふすまの向こうには、茶室もある。しかし、元来の機能は顧みられず、パソコンが設置され、大和と朝日が気まぐれに買ったモノが無造作に放置されている。朝日が集めているウサギの小物や本棚に入りきらなくなったコンビニのオカルト本などだ。
「ねえねえねえ! あの白い髪の奇麗な人、一体誰なの?」
居間に戻ってきた朝日は、ワクワクした気持ちをまったく隠さないで、楽しそうな声を出した。
「ああ……なんて言えばいいのかな。異界の者だよ。名前はまだない」
「えっ? い、いかい? 『いかい』って異なる世界で異界?」
前からおかしな兄だとは思っていたが、真顔でこんなことを言い出すとは思っていなかった。とうとうイカれたのかと怪訝な顔で黙って大和を見つめた。
「ホントに異界なんだからしょーがねーだろ! そもそも、俺の高校の裏山にだな……」
遺跡発見から、奇怪な世界に飛ばされて、あの少女と出逢い、そこで一夜を過ごしたことを説明した。かなり詳しく、どんな草木があったとか、あの黒い虫がいかに気色悪いものだったか、微に入り細に入り語っていく。朝日は大きくて優しそうな目をぱちくりさせて、荒唐無稽な話を黙って聞いていた。
「お兄ちゃん……コンビニとかに置いてある変な雑誌の読み過ぎで……ついに……」
「ついになんだ! 狂ったてか? 露子だっておんなじこと言うぞ!」
「霜鳥さん、優しそうだし、脅して言うこと聞かせてるんじゃないの?」
半ば本気で兄に付き合わされている、小さな女の子のことを心配してしまう。子供の頃から強引なところがあるから、あんなか弱そうな子が大和とやっていけるのか、不安だった。




