朝日登場
三人は黙って、塩辛い水を滴らせながら歩いていった。みんなずぶ濡れで、今が何月何日なのかも分からない。幸いなことに彼の家がすぐ近くだったので、まずはそこに行くことにしたのである。
海岸の近くの山沿い、幾重にも張り巡らされた階段の先に、長大な生け垣に囲まれた平屋の日本家屋があった。それが敷島邸である。一見するとかなりの豪邸で、庭の奥の方には古そうな蔵も見える。
「敷島君のお家、初めて」
露子が興味深げにあたりを見回した。大和はあまりじろじろ見てほしくなくて、二人の少女を急かして、玄関をくぐった。庭の手入れも最近サボっているし、門の木材も腐りやささくれが次第に広がって、ガタが来ているからだ。生け垣も伸ばし放題になっているし、瓦もいくつか剥げかかっている。
「朝日! ただいま! いるかぁ!?」
奥の部屋から、女の子がのそのそと出てきた。Tシャツに短パンというラフな格好だ。大和の妹、朝日だ。彼女は中学三年生で、兄と同じ梓馬高校に入学が決まっている。朝日は、上から大和を見下ろしている。玄関の段差のせいもあるが、どうも兄よりも背が高いらしい。
「ええっ!? お兄ちゃん! どーしたの!? ずぶ濡れ! それに女の人が二人も!」
前髪が変な形に逆立っていることから、さっきまで仮眠をしていたのだとわかる。眠たい目も、この異常事態にパッチリ覚めたようだ。顔つきの方は愛らしくて、なんとなく兄の面影はあるけれど、全体的に優しく大らかそうなところが違っている。大和と同じ、つややかな黒髪を長く伸ばして、ポニーテールにしていた。また、Tシャツが伸びてしまいそうなほど突き出た胸が、一際目を引いていた。手足にも健康的なハリがあって、発育がいいという言葉がしっくりくる。
露子もAも、あまり大きい方ではなくて、なんだか圧倒されてしまいそうだ。露子は面食らったように、慌ててお辞儀をした。
「あ、あの、朝日……さん、私、新聞部の霜鳥露子です。初めまして……」
「あ、ご丁寧にどうも。敷島朝日、中学では飼育委員、将来の夢は動物園の飼育係です」
露子が部活まで名乗ったからと言って、「飼育委員」という情報はいるのか、と大和は思った。朝日は昔から生き物が好きで、不思議とたいていの動物は彼女になつく。ある日庭に降りた野生のカラスが、逃げもしないで近寄ってきて、彼女の手から餌を取るくらいだ。学校のウサギも烏骨鶏も、みんな朝日のことが大好きだった。彼女の方も、そんな連中の世話を焼いてあげるのが楽しかった。その朝日がAにも挨拶しようとしたら、大和がそれを打ち切った。
「話はあとだ! 今、何月何日の何時だ?」
「え? 三月三十日の……7時半くらい? って携帯見ればいいんじゃないの?」
あの世界で一夜を過ごしたはずなのに、一時間程度しか経っていない。時間の進み方が現世とはちがうらしい。




