桜の雪
Aを中心に騒ぎながら、花かんざしの絨毯までやってきた。白く小さく愛らしい花が一面に広がっていたのだ。風が吹く度に、漣のようになる。右手にはこんもりとした桜の森が見えた。緑と白の波濤の真ん中で、三人は休憩することにした。
「ふっかふっか!」
Aは身を花かんざしの上に投げ出して、大の字になって寝そべった。衣が剥がれそうで、なんともしどけなくて、溌剌とした色気があって、大和も露子もどきりとした。露子が目をそらした先に、あの桜の森があった。
「あっちの桜の方、行ってみたいな」
何の気なしに露子がつぶやくと、Aは急に拒絶反応を起こして駄々をこねるみたいに、ジタバタと手足を動かした。
「いや! あっちは……コワい! コワから!」
「えっ……怖いの?」
ただならぬ様子に大和たちも何も言えなくて、なんだろうというように目配せし合った。
「桜が怖いのか? 俺も別に好きじゃねえけど……」
「ううん……コワいのは、うねうね」
「げえっ! あれいんの? マジでぇ!?」
「そんな……私、桜の花好きなんだけどな……」
桜の森は、蠱惑的に色めいて、風に乗って小さな花びらがぽつぽつとやってきている。その一枚が、露子の手にひらりと落ちた。軽くなめらかだった。その源は桜色の雲がかかったようで、幻想的な美しさをたたえていた。その雲が落とした淡い色合いの雫が今、掌の中にある。あの雲の中で、桜の雨に打たれながら、写真が撮れたら。
「……私、写真だけ撮ってきてもいいかな?」
「ダメだよツユコ!」
「お前はアレのヤバさがわかってねえんだよ!」
大和とAが引き止めるも、なにかに取り憑かれたようで、頑として聞かない。
「大丈夫、何かあったらすぐ逃げてくるから。ちょっと写真を撮るだけ。それに、何かあるかもしれないし……」
大和はどうしてもあの芋虫と再会するのはご免だった。それにAを一人にしておくわけにもいかない。
「露子、一応殺虫剤持っていけ。何かあったら、証拠写真撮って、すぐ逃げてこいよ」
「やっぱり、バケモノの写真は撮ってこいっていうんだね?」
「ま、新聞部だからな。一介の高校生といえどもジャーナリストだよ!」
「もう……きっとあの桜、奇麗だよ。どうしても、撮っておきたいの」
露子はうっとりと夢を見るように言うのだった。暖かい春の日差しの中でみる白昼夢だった。
「ツユコ! あっちは……あっちは! よくないから……はやく、もどって?」
露子の足でも、数分とかからずに森に入った。まさしくそこは桜の園で、風に吹かれて花びらが舞い踊り、最後の美が人知れずそこに繰り広げられていたのだ。どの木も幹はねじれ、枝は大きく広がり、経てきた年月の長さを思わずにはいられない。露子は息を呑んで、その淡くたなびく霞のような花々にレンズを向けた。
「奇麗……」
いつしか森の奥に入り込んでいた。桜の雨はいくら降っても、尽きることはないかと思うほどだ。桜の天井はいつまでも、いつまでも、壊れることはなかった。露子は髪の毛にそっと降った淡雪を振り払い、進んでいった。




