神様?
「大体わかったよ。ただ、露子、俺たちは洞窟を通ってきたじゃねえか。なんだって海とつながるんだ?」
露子ははっとして、うつむいてしまった。柔らかな髪をなでつけながら、思案の末、大和に答えた。
「古代では、山の上や地の底にも、異界のイメージがあったんだけど、この二つは実は同じものだったとしたら。えっと、あの……たとえば……熊野にはね、この二つの信仰が同時に存在しているの。山の上には阿弥陀様の極楽浄土。海には観音様の世界……」
露子は熱に浮かされたように、大和とAに講釈した。沈丁花の香りの中を泳ぐように、歩きまわっていた。
「観音様の世界は海の彼方にあるの。昔はそこを船で目指す僧侶もいたの。もちろん、帰ってはこられないけど。これは仏教のものだけど、その以前の異界のイメージを受け継いでいるんだって……」
大和は黙って露子の話に耳を傾けていた。しばらく沈黙を続けた。熊野大社のことは詳しくはないが、山もまた異界の入り口なら、海がその出口になっていても不思議ではあるまいと、納得していた。何せ、彼らの住んでいる地域は、平野部が少なくて、海のすぐそばには山があるのだ。そして、彼は威勢よくこう切り出した。
「よし! わかった! ま、異界のことはハッキリわかんなくて当然だよな。この世は、もっとデッカイ何かに包み込まれている、そんな風に考えた方が、面白いさ!」
大和は手を思い切り打ち鳴らして、露子とAを見つめた。
「じゃあ、もう行こうぜ! 川下りだ! 海に出るぞ!」
一行の冒険が再び始まった。沈丁花の生け垣を乗り越えて、進んでいった。屋敷を取り巻いていた塀は跡形なく、ただ草原が続いている。あの美しい彩りに満ち溢れた草原だ。この広大な緑の海の支配者、太陽は鷹揚として心地よい光を浴びせてくる。
気持よくて、お弁当でもあれば広げてピクニックでもしたいくらいだった。大和はるんるんと楽しそうに川を流れに沿って進みながら、こんなことを言い出した。
「しかし、そんな大昔の異世界に、なんだってあんな果物がたくさんあったんだろうな」
「うーん……はぁ、やっぱり穴だらけな説だよね……?」
「そうでもねえだろ。まずは仮説でもなんても立てなきゃな」
「ツユコ……ここが『トコヨ』なら、あたしは、なに?」
立ち止まり露子の方に振り返った。それと同時に真っ白に輝く髪がくるりと動いて、見ていて心地よい感じがした。彼女の瞳は疑問に満ちて、露子の心をとらえた。
「神様……なのかな。もし、ここが『常世の国』なら……」
「かみさまって?」
「えっ! ああ……信仰の対象っていうか……普通じゃなくって、私たち人間が、怖がったり尊敬したり……そういう、人間を超えた存在?」
露子も上手く説明できなくて、しどろもどろに答えるしかなかった。
「それってスゴイかな?」
大和と露子は同時に「すごい」と返答して、顔を見合わせた。何がおかしいのか、Aは嬉しそうに笑った。
「あたし、スゴくなくていいよ! ヤマトとツユコとおそろいがいいな!」
Aは二人の手を引いて、川の果てへと急かした。
「はやく、いこう! いこうよ! 二人がきたとこ! 『うみ』にでたら、いけるんでしょ!?」
「そ、そうと決まったわけじゃ、ないですけど……」
露子は困惑気味に腕を彼女に委ねた。大和もバランスを崩しながらも、なんとかついていった。Aの力は見た目よりもずっと強くて、離してくれないのだ。




