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常世の国の揚羽蝶  作者: カメコロ
第二章 常世の乙女
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不死の果実

その翌日、朝日が三人の上に降り注いだ。屋根がないのだから、採光性は抜群だ。

「ヤマト! ツユコ!」

 快活でよく通る声が響く。Aが一番に起きたのだ。

「うう……そんなに喚くんじゃねえ……おはようさん」

「おはよう、敷島君、Aさん……」

 

 二人は眠い目をこすりながら、よろよろと起き上がり、淡い青が一面に広がる空を眺めた。今何時かわからないが、正午ではないらしい。

「やっぱ良く眠れねえな。なんでお前はそんな元気なんだよ」

 大和と露子はよろよろと立ち上がって、背伸びをしたり体操をしたりしている。体中が固まってしまったのだ。

「だって! 空の色! また真っ青になるなんて!」

 

 壊れた天井に思い切り両手を伸ばして、この朝の空気で胸をいっぱいにして、なんとも楽しそうに叫んだ。

「空を知らねえのか? マジに俺らが来るまで、閉じ込められてたのかもな……」

 夜が明けた以上、この部屋にじっとしている意味はない。奇麗な川で顔を洗ったり、喉を潤したり、雑事を終えて、北対の沈丁花の花壇に集まった。夜とは打って変わって、花も葉っぱもきらきらしている。これからなんとしようか、そんなことを話していると、露子が遠慮がちに口を開いた。


「あの……昨日の夜、寝る前にね、思ったことがあるの。このお屋敷、ずっと昔に建てられたものだよね?」

「ああ……建築様式も『寝殿造り』っぽいんだろ?」

「うん、だからここはずっと昔に分岐した並行宇宙みたいなもの……って思ったんだ。でも、ただ世界が枝分かれして、別の歴史を辿ったってだけだと、四季の不自然さの説明がつかない……」

 

 大和は難しい顔して、頬に手を当てて、いろいろと考えている。しかし、何らかのひらめきがあるでもなく、ただ露子の言葉を待った。Aもきっと大切なことだろうと思って、真剣に聞いていた。

「『常世の国』って聞いたことある?」

「ああ、異世界……黄泉とか、そういうやつか」

「そう……『常世』は海の彼方……そこにある楽園なの。神様がやってきて、帰っていく場所……」

 

 海の彼方……大和の鼻の奥に、潮風の匂いがよみがえってくる。

「そういえば、あの壁で、潮の匂いがしたんだ。好きじゃない匂いだから、よく覚えている。外がちょっとでも見たくて、木に登って、あの虫を見つけたんだ」

 この新情報は露子の説を裏づけるものだ。彼女はより確信を強めて、さらに続けた。


「……やっぱりそうなのかも。そこにはね、不老不死の果実があるの。非時香菓っていって。昔の天皇はその果実を家臣に求めさせたけど、彼が戻ってきた時には、もうなくなっていたの。そして、その家臣が持ち帰ってきた、常世の果実が、橘の実」

 

 最初にここにきて、見つけたものが、橘の林だった。白い花から、爽やかなシトラスの香りを漂わせていた。

「不老不死だって? 常緑植物だからか? 桜や紅葉みたいに、花や葉っぱが散ったりしないしな」

「うん、もちろん橘の実にそんな力はないはずだけど、古代人はそういう信仰を持っていたのは事実みたい。海は異界との接点なの。昔から、水死体を拾うと豊漁になるとか、あるいは魔物がでるとか、そういう話はあるでしょ? 私たちのいる世界とは違って、不思議なことが怒る場所……」


「UFO本で読んだことあるぜ! 海から流れ着いたっていう、うつぼ船の女とかな! なるほど……『常世』か。そうか……!」

「あの、Aさん……川はどこまで続いているんですか?」

「かわ……? はてまで!」

 

 果てとは例の壁のことであろう。大和は露子の質問の意図を理解した。海が異界と通じているのなら、川の流れる果て、海に出れば何らかの手がかりがつかめるかもしれない。確証はないが、行動の指針は必要だった。


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