不死の果実
その翌日、朝日が三人の上に降り注いだ。屋根がないのだから、採光性は抜群だ。
「ヤマト! ツユコ!」
快活でよく通る声が響く。Aが一番に起きたのだ。
「うう……そんなに喚くんじゃねえ……おはようさん」
「おはよう、敷島君、Aさん……」
二人は眠い目をこすりながら、よろよろと起き上がり、淡い青が一面に広がる空を眺めた。今何時かわからないが、正午ではないらしい。
「やっぱ良く眠れねえな。なんでお前はそんな元気なんだよ」
大和と露子はよろよろと立ち上がって、背伸びをしたり体操をしたりしている。体中が固まってしまったのだ。
「だって! 空の色! また真っ青になるなんて!」
壊れた天井に思い切り両手を伸ばして、この朝の空気で胸をいっぱいにして、なんとも楽しそうに叫んだ。
「空を知らねえのか? マジに俺らが来るまで、閉じ込められてたのかもな……」
夜が明けた以上、この部屋にじっとしている意味はない。奇麗な川で顔を洗ったり、喉を潤したり、雑事を終えて、北対の沈丁花の花壇に集まった。夜とは打って変わって、花も葉っぱもきらきらしている。これからなんとしようか、そんなことを話していると、露子が遠慮がちに口を開いた。
「あの……昨日の夜、寝る前にね、思ったことがあるの。このお屋敷、ずっと昔に建てられたものだよね?」
「ああ……建築様式も『寝殿造り』っぽいんだろ?」
「うん、だからここはずっと昔に分岐した並行宇宙みたいなもの……って思ったんだ。でも、ただ世界が枝分かれして、別の歴史を辿ったってだけだと、四季の不自然さの説明がつかない……」
大和は難しい顔して、頬に手を当てて、いろいろと考えている。しかし、何らかのひらめきがあるでもなく、ただ露子の言葉を待った。Aもきっと大切なことだろうと思って、真剣に聞いていた。
「『常世の国』って聞いたことある?」
「ああ、異世界……黄泉とか、そういうやつか」
「そう……『常世』は海の彼方……そこにある楽園なの。神様がやってきて、帰っていく場所……」
海の彼方……大和の鼻の奥に、潮風の匂いがよみがえってくる。
「そういえば、あの壁で、潮の匂いがしたんだ。好きじゃない匂いだから、よく覚えている。外がちょっとでも見たくて、木に登って、あの虫を見つけたんだ」
この新情報は露子の説を裏づけるものだ。彼女はより確信を強めて、さらに続けた。
「……やっぱりそうなのかも。そこにはね、不老不死の果実があるの。非時香菓っていって。昔の天皇はその果実を家臣に求めさせたけど、彼が戻ってきた時には、もうなくなっていたの。そして、その家臣が持ち帰ってきた、常世の果実が、橘の実」
最初にここにきて、見つけたものが、橘の林だった。白い花から、爽やかなシトラスの香りを漂わせていた。
「不老不死だって? 常緑植物だからか? 桜や紅葉みたいに、花や葉っぱが散ったりしないしな」
「うん、もちろん橘の実にそんな力はないはずだけど、古代人はそういう信仰を持っていたのは事実みたい。海は異界との接点なの。昔から、水死体を拾うと豊漁になるとか、あるいは魔物がでるとか、そういう話はあるでしょ? 私たちのいる世界とは違って、不思議なことが怒る場所……」
「UFO本で読んだことあるぜ! 海から流れ着いたっていう、うつぼ船の女とかな! なるほど……『常世』か。そうか……!」
「あの、Aさん……川はどこまで続いているんですか?」
「かわ……? はてまで!」
果てとは例の壁のことであろう。大和は露子の質問の意図を理解した。海が異界と通じているのなら、川の流れる果て、海に出れば何らかの手がかりがつかめるかもしれない。確証はないが、行動の指針は必要だった。




