銀河の水底で
「この世界も面白えよ。異界なんてマジにあったんだなぁ。ちょっと日本っぽいけど、パラレルワールドってやつかもしれねえし。あの神社もこういう世界との接点だったのかもな! ここのこと、詳らかにして、絶対、絶対! 記事にするんだよ! 帰るっつったら帰るんだよ! もちろんAも一緒さ! そう、これ、マジネタだからよ! すっげえ新聞になるぞ! なあ!」
「うん、そうだね……帰ろうね……」
Aのハンカチを目尻に当てながら、露子は言った。その温かな雰囲気に感応するように、少女Aもにこりと微笑んでいる。
「そのいきだよ! ちっとは元気になったか? ったく、自分語りしたら疲れたぜ。飯にしよう、な?」
果樹園から持ち込んだのは、蜜柑、梨、柚子、金柑だった。蜜柑の皮は平たいツボがあったので、それに放り込んでいった。少食な露子は梨と蜜柑を一個ずつ、大和やAはもっとたくさん頬張っている。ちなみに、金柑は持ち帰って甘露煮にして、柚子は薬味にするということだ。大方食べ尽くして、三人は大和を真ん中にして、川の字になって寝そべって、空を眺めた。
「星もあるんだなぁ」
大和はなんとなくこんなことをつぶやいた。沈丁花の香りが夜風に乗って、みんなを包んでいた。天球は高く澄み渡り、星は輝く鉱石を一掴み、二掴みと振りまいたように瞬いている。銀河の雲は白く薄くたなびいて、月は黄金色に膨らんでいた。
「すごい星……こんなのみたことない……」
すべて忘れて、星空を見つめている露子。この世にたった三人きりで、銀河の水底に閉じ込められているような気分にもなる。
「きれい……花も、木の実も、星も……きれいって知らなかったなんて!」
Aが腕をかかげた。夜空に手を浸すみたいだった。瑠璃の空、金剛石の星、トパーズ色の月。その冷たい光に、手を伸ばせば触れられそうだった。
「お前、知らないことだらけじゃねえか。俺たちが来るまで、なんにも……」
「うん……ありがとね。見つけてくれて。二人がどこからきたのかも、きらないけど……二人のこと、なんにも知らないけど、でも、あたしね……今、ここが、フシギなんだ」
空に伸ばした手を、胸に当てる。祈るようで、美しい。隣で寝ている大和も、息を呑んだ。露子はこの少女の心が温かいのが嬉しいはずなのに、胸に不思議な気持ちがこだましていた。
「あたし、どんな名前がいいかな……ちっともわかんない、どんな……どうしたら……」
「ゆっくり考えりゃいいさ。別に締め切りがあるわけじゃねえんだからな。お前、たった一人でこんなとこにいて、なんにもわからなくて、知らなくて……生きてなかったんだろ? だから、これから生きて……まあ、人生いろいろだからな。好きなこととか、楽しいこととか……そん中から、自分にぴったりくるようなのを……」
「ぴったり! いいなあ!」
少女Aは横に寝返って、大和と見つめ合った。薄闇の中で、白銀のような髪が顔や体を覆ってつやめいている。それからまた仰向けになる。瞳の黒曜石が星を映して星図のようにきらめいた。
「きめたらね、いちばんにヤマトとツユコに言うね。呼んでね、あたしの、あたしがつけた、名前……」
「……一つ、言っておきたいんだがな。俺のことは敷島って呼んでくれよ。言ってるだろ? 俺は自分の名前が嫌いだって!」
「ヤマトはヤマトだよ! で、ツユコはツユコ!」
「はぁ……こいつに言っても仕方ねえか」
それで大和は眠ると言って、さっさと寝入ってしまった。話し相手がいなくなって、Aの方も眠りについた。露子はしばらくまんじりともせずにいた。この世界について、少ない情報から思考を巡らせた。壁、果樹園、バラバラの季節、寝殿造り……。ぐるぐると考えていると、その合間に大和とあの少女のことが浮かんでくる。無垢で明るいあの子、朗らかな気持ちが湧いてくるようだったが、大和のことが頭に浮かぶと、どうしても、胸にトゲが刺さる。
「敷島君……私……」
安らかな寝息を立てる大和をじっと見つめた。この日、最後に瞳に映すのが、彼の姿であることに、不思議な喜びを感じながら、露子も眠りにつくのだった。




