死と乙女
「あたしは……気づいたら、ここにいたの。それで、ここしか知らない。人間に出会ったのも、ヤマトとツユコがはじめて。それまでのことは、ぼんやりで……」
「小さな子供の頃から、ずっとここで……?」
露子もこの世界や、この少女のことが気になるのだ。こんな不思議はめったにないし、それを知ることが、元の世界に帰ることにつながるかもしれない。
「うん……おしゃべりも、しらなかった。ヤマトたち会って、それがはじめて。はじめてだらけなの!」
喜びの気持ちを胸いっぱいにしているみたいだった。腕を大きく大和の方に広げて、広いこの世界に、心を開いているのだった。風が吹いて、また銀髪が真っ赤な西日にはためいて、きらきらと輝いた。
「話ならいっくらでも聞いてやるさ! スイカやメロン食うのも初めてか?」
「たぶん……まんまるも、すっぱいも、はじめての気持ち」
「でも何も食べないでいられないですよね?」
「ああ、そうだな。食べずにいたら死んじゃうもんな!」
「死んじゃう……? 死ぬ……?」
言葉の意味がよくわかっていないらしかった。初めて尽くしのお喋りだ。それに異世界の住人ときては、語彙がおかしくても無理はないと、大和たちは思った。
「死ぬ、か。消えちまうんだよ。この世からな。自分だけ、ひとり、どこかに……」
大和の声音には、どこか悲痛なものがあった。露子は不思議そうにAから大和に目をやった。こんな顔を見たことがなかったからだ。
「あたし、あなたたちにあうまで、死んでたんだね」
にっこりと朗らかに微笑みながら、そんなことを言った。死にかけの太陽が、花貌を照らし、柔らかく彼女を包み込んでいた。悲しみも喜びも、すべての感情がせめぎ合って生まれた、凪のような笑みだった。その笑顔と言葉の間に奇妙な齟齬があって、大和たちも一瞬、何も言えなかった。
「ま、こんなとこにたった一人でいりゃ、そーかもな。すると俺らは命の恩人か?」
「うん、いのちのおんじん、だよ」
「じゃあよ、その恩人のために、お役立ち情報の一つもひねり出してくれよ。食いもんはあったろ、あとは……住処と服か? 脱出口でもありゃいいんだが……」
「かべのあるお家はあるよ」
「あんのかよ! それ先に言え!」
しっかりした家があるなら、こんなところに用はない。露子はまだ休みたがっていたが、大和は無理やり立たせて、また歩き出した。泉の対岸の森を抜けた先にあるのだという。川にかかった、小さな丸太橋をよたよたとみんなして渡って、夕焼けに燃え盛る森を進んでいく。




