屋根のあるお家
混乱しているAに案内させるのは不安ではあったが、どこにいく当てもない。川沿いに葦原をかき分けて、白に青、あらゆる花の波濤を乗り越えて、一行はうらびれた東屋に辿り着いた。すでに日が傾いて、夕刻を知らせていた。茅葺きに四本の支柱がたち、大きな泉に面している。その泉よりも濃い青を満開にさせた朝顔の蔦に覆われて、なんとも言えない美しさがあった。
「お家ってこれかよぉ! 雨しか防げねえぞ!」
「とりあえず、や、や、やす……」
この中で飛び抜けて体力のない露子はもうヘトヘトだった。大和やAはピンピンしているけれど、もう東屋の腰掛けに座って、欄干に身を預けて、大きく青く照り輝く泉を眺めていた。大和もこの床に殺虫剤と果実入りの袋を転がした。
「よく走ってこれたな、露子」
「だ、だって……置いて……かれたら……私……」
「今の感じでいきゃあ、五十M走のタイムもっとあがるぜ」
露子の体育の出来は壊滅的にひどかった。シャトルランなら最初に脱落するし、球技に至っては目も当てられないほどだ。身軽で飛んだり跳ねたりが得意な大和とは大違いなのだ。
「ヤマト、ツユコ、みて!」
いつのまにか、Aはたくさんの蒲の穂をつんで持ってきていた。そして、思い切りその穂にかぶりつこうとする。
「何やってんだお前!」
大和は蒲をひったくり、地面に投げ捨てた。どうやら彼女は、それを果実の一種と勘違いしたらしい。
「あ、あの……蒲はお薬にはなるけど、食べ物じゃないんですよ」
虫の息状態から少し回復した露子が諭すように言った。
「おくすり?」
「蒲の穂の花粉を乾燥させたものを蒲黄といって、利尿作用や止血作用があるんですって」
「因幡の白兎の傷もたちどころに癒えるってんだよ」
大和はそう付け加えて、改めてこの白兎を眺めた。その白い衣には、焦げ茶色の蒲の花粉がたくさん付着していた。大和は蒲の穂を床に置かせ、三人はそれぞれ東屋の一辺に座る格好となった。大和は大きく手を広げ、もたれかかり、二人の少女を見交わした。
「これ、明らかに誰かが作ったもんだよな。なあ、A、お前以外に人間はいないのか?」
「にんげん、ひとり。あたしだけ。他には知らない。誰も……」
「露子、デジカメのデータを見てくれ。虫の前のやつだ」
それは例の長大な壁の写真だった。露子は驚いて大和に視線を移した。
「その壁といい、この東屋といい、誰かの手が加わっていることは確かなんだ! あの果樹園だってそうだ。メロンとか苺とか、誰があそこに植えたんだ?」
「随分放置されてるみたいだったね。ぼうぼうに茂ってたし、枝もねじ曲がって……」
「その割にゃ、美味い実がたくさんついてたな。それに……」
「めちゃくちゃの季節。すべての実が食べごろだったし、花もそう……」
「少女A、思い出しちゃくれねえか? ここのことを、ここはなんなのかって」
大和は体を起こして、肘を足の上に乗せて、尋問でもしているみたいに言った。幾分深刻そうな声だった。
「あたし?」
きょとんとして指を自分のアゴに当てて、大和を見つめ返した。大和の方はうんうんとうなずく。




