表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
常世の国の揚羽蝶  作者: カメコロ
第二章 常世の乙女
21/86

屋根のあるお家

 混乱しているAに案内させるのは不安ではあったが、どこにいく当てもない。川沿いに葦原をかき分けて、白に青、あらゆる花の波濤を乗り越えて、一行はうらびれた東屋に辿り着いた。すでに日が傾いて、夕刻を知らせていた。茅葺きに四本の支柱がたち、大きな泉に面している。その泉よりも濃い青を満開にさせた朝顔の蔦に覆われて、なんとも言えない美しさがあった。


「お家ってこれかよぉ! 雨しか防げねえぞ!」

「とりあえず、や、や、やす……」

 この中で飛び抜けて体力のない露子はもうヘトヘトだった。大和やAはピンピンしているけれど、もう東屋の腰掛けに座って、欄干に身を預けて、大きく青く照り輝く泉を眺めていた。大和もこの床に殺虫剤と果実入りの袋を転がした。

「よく走ってこれたな、露子」

「だ、だって……置いて……かれたら……私……」

「今の感じでいきゃあ、五十M走のタイムもっとあがるぜ」

 

 露子の体育の出来は壊滅的にひどかった。シャトルランなら最初に脱落するし、球技に至っては目も当てられないほどだ。身軽で飛んだり跳ねたりが得意な大和とは大違いなのだ。

「ヤマト、ツユコ、みて!」

 いつのまにか、Aはたくさんの蒲の穂をつんで持ってきていた。そして、思い切りその穂にかぶりつこうとする。

「何やってんだお前!」

大和は蒲をひったくり、地面に投げ捨てた。どうやら彼女は、それを果実の一種と勘違いしたらしい。


「あ、あの……蒲はお薬にはなるけど、食べ物じゃないんですよ」

 虫の息状態から少し回復した露子が諭すように言った。

「おくすり?」

「蒲の穂の花粉を乾燥させたものを蒲黄といって、利尿作用や止血作用があるんですって」

「因幡の白兎の傷もたちどころに癒えるってんだよ」

 

 大和はそう付け加えて、改めてこの白兎を眺めた。その白い衣には、焦げ茶色の蒲の花粉がたくさん付着していた。大和は蒲の穂を床に置かせ、三人はそれぞれ東屋の一辺に座る格好となった。大和は大きく手を広げ、もたれかかり、二人の少女を見交わした。

「これ、明らかに誰かが作ったもんだよな。なあ、A、お前以外に人間はいないのか?」

「にんげん、ひとり。あたしだけ。他には知らない。誰も……」

「露子、デジカメのデータを見てくれ。虫の前のやつだ」

 

 それは例の長大な壁の写真だった。露子は驚いて大和に視線を移した。

「その壁といい、この東屋といい、誰かの手が加わっていることは確かなんだ! あの果樹園だってそうだ。メロンとか苺とか、誰があそこに植えたんだ?」

「随分放置されてるみたいだったね。ぼうぼうに茂ってたし、枝もねじ曲がって……」

「その割にゃ、美味い実がたくさんついてたな。それに……」

「めちゃくちゃの季節。すべての実が食べごろだったし、花もそう……」

「少女A、思い出しちゃくれねえか? ここのことを、ここはなんなのかって」

 

 大和は体を起こして、肘を足の上に乗せて、尋問でもしているみたいに言った。幾分深刻そうな声だった。

「あたし?」

 きょとんとして指を自分のアゴに当てて、大和を見つめ返した。大和の方はうんうんとうなずく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ