新聞部・大和と露子
梓馬高校新聞部の一年生、敷島大和は、部室に差し込むうららかな日差しの中でまどろんでいた。春霞の向こうに消え入りそうな意識の片隅で、この部の行く末について思案している。部員は彼を含めてたったの三人。何もしなければ、桜の花が嵐に舞うように、はかなくその歴史に幕を下ろすことになる。それを避けるためには、春休みが開けてから始まる新入生勧誘活動で結果を出さなくてはならない。しかし、妙案が浮かぶこともなく、思考の迷路をさまようばかりだった。静けさに溶けて寝入ってしまいそうになる。
花の咲く音が聞こえてきそうな静寂を、部室の扉が打ち破った。
「敷島君、こんにちは」
かすかで優しげな声音。温かな光のように、甘やかに部屋を満たした。
「おーっす! 露子! ちょうどいい! 寝ちまいそうだったんだ!」
「あはは、あったかくなってきたもんね」
「最近まで寒かったからな!」
露子と呼ばれた小さな女の子は、軽く大和に相槌を打って、彼の前のパイプ椅子にちょこんと腰かけた。肩にかかる栗色につやめく髪、その鬢に寄り添う丸眼鏡のツルが不思議と愛らしい印象を与えていた。丸みを帯びた体つきが、一層穏やかそうな雰囲気を強めている。眼鏡のレンズに収まったくりくりとした目つきが、あどけない。彼女は霜鳥露子。新聞部の二人目の部員だ。
「で、新入生の勧誘、どーするよ。俺らの代で廃部ってな、面白くねえよな」
「何か、人目を引くようなことができればいいんだけど……せっかく伝統のある部なのに」
「伝統だの歴史だの、くだらねえぜ。何の役にも立ちやしねえよ」
この新聞部の歴史は学校のそれとほぼ同じで、伝統ならどこにも負けはしない。部室の本棚に恭しく飾られ表紙をこちらに向けている本、『神奈川県立梓馬高等学校新聞部五十周年記念特別号』の作成時期を頂点として、徐々に人が減り、衰退の一途をたどっていた。去年の三年生たちが卒業して、部の人手不足はいよいよのっぴきならぬ状態だ。大和と露子が二年に進級し、次の世代を迎えることができなければ、廃部までの時間はぐっと縮まることだろう。
「ねえ、ここの本棚、結構いろいろな本あるよね? それを貸し出して……」
「それだったら図書室があんじゃねえの。図書委員がそのお株を奪っちゃマズイだろうよ」
露子はおとなしそうな外見通り、インドア派で読書が趣味なのだ。図書委員会に所属して、そちらの仕事もよくやっている。彼女は好きな本を部室の書棚の空きスペースにおいて、霜鳥文庫を形成していた。多いのは新美南吉とか宮沢賢治なんかの童話や詩の類だ。
大和も大和の方で、彼の好む実話を謳った怪奇モノの本やら心霊ビデオやらを部室に持ち込んでは、空き時間に露子と見ていた。『フリーメイソン暗黒伝説』、『心霊体験談スペシャル闇呪霊』、『超常現象極秘ファイルUFO~未確認飛行物体~』などなど、雑多で怪しげな本が並んでいた。