廃園の果てるところ
少女Aにとっては、会話するのはまさしくこの二人とが初めてであり、言葉たちがAの頭の中で氾濫して、納豆とオクラとトロロをぶち込んだお皿みたいに混じりあって、正しく統制できないのだ。しかし、あんまりにも変なもので、大和と露子は二人して吹き出してしまった。そして、ひどく奇妙な感覚に囚われた。まるで遠足ではないか。ヘンテコな遠足だ。恐ろしいくらいに平和な空の下で、誰とも知らぬ怪奇な少女とこんな風にランチだなんて。
「帰る道を見つけたら、苺大福どころじゃねえ。きんつばだろうが、すあまだろうが、なんだっておごってやるよ。芋ようかんだっていいぜ! 俺は洋菓子の方が好きだけどな!」
「ヤマトっ! うれしいなっ! 食べたいなっ!」
見知らぬ食べ物にAの心は沸き立つらしく、ヤマトに抱きついてその気持ちの高まりを表現した。彼女の体は華奢なのに柔らかくって、大和もドギマギして顔を赤くした。露子はといえば、あまりにもびっくりして口に含んでいた苺ではなくって、ほっぺたを思い切り噛んで苦しんでいる。
「あうっ……あ、いた……ああ……」
「露子大丈夫か!? と、とにかく! 食いたきゃ思い出してくれ! ここから外に出たいわけだよ。俺らは!」
「出る? どこに?」
Aは大和を抱きしめながら、不思議そうにしていた。この廃園の外という概念がないものと見える。大和は困ってしまった。彼女の体の柔らかな感触もそうだし、なぜだかハラハラと怯えるようにこちらを見ている露子も。そして何より、この白い少女は本当に何も知らないということだ。この美しい園以外は、何も。
「どこって……外って言ってわからねえか? えっとだなぁ、ここはどこまで続いているんだよ? 果てっつーかさ? 行き止まりだよ」
「果て……? まっすぐだよ!」
大和の肩越しに腕を突き出して、果樹園の向こうをさした。大和は少女を振りほどいて、露子にここで待ち、Aを見ているように言った。
「これ、必要だよね、持っていって」
大和は露子からカメラを受け取って、一目散に駆けていった。殺虫剤を置いたままで。少女は黒い眼差しを大和の背中に向けて、きょとんとして露子を見た。
「敷島君も帰りたいのかな……当たり前か。記事にできないもんね」
「帰るって?」
「家に帰るの。あたなにはここがお家なのかな」
あたりに捨てられた蜜柑や何かの皮をぼおっと見つめながら、どこか悲しげに露子は言った。大和がいなくなると、急に心細くて寄る辺ない気持ちになってくる。この少女の美しさも怖いくらいで、なんとなく二人きりになるのが、恐ろしかった。
Aはといえば、美味しそうに赤くてしゃくしゃくとしたスイカにかぶりついて、頬を果汁だらけにしている。食べることが嬉しくて楽しくて、美味しくて仕方がないのだ。そして、何か思い出したように、ちょっぴり間抜けに見える顔を露子の方に上げた。
「おうち、あるよ」
「え、家があるの? どこに?」
今度は艶やかなで色っぽい皮から、気持ちのよい香りをさせている桃の実にとりかかっていた。皮なんてちっとも気にしないで、大きく口をあけて噛みついて、よく熟れて甘くなった果肉を飲み込んでいく。