甘くて美味しい苺大仏
「ま、食うのはこの梨とかだよな? ホントにどうやって暮らしてたんだか……」
大和はその疑問はとりあえず脇に置き、すっかりすっからかんの腹具合を満たすために、この実りの森に向かった。蜜柑の木に駆けだして、露子とAにそれぞれ二つの蜜柑を差し出した。露子はお礼を言って、その皮を向いて、白と橙の交じり合う実をひとつまみ、ぱくりと食べた。
「甘い……美味しい……」
うっとりとしてぱくぱくと蜜柑を食べていった。大和は皮を地べたに放り投げて、丸ごと大口を開けて一口にした。Aはというと、大和を真似て同じように口に放り込むのだった。
「あまぁい……」
「こんなに美味えなんてな。スイカにメロン、桃だろ、イチジク……青果店なんか目じゃねえよ。何でもあるぜ! 行き来ができたらちょっとした商売になんじゃねえか?」
大和は殺虫剤入りの袋を置いて、果樹園中を隈なく走り回り、果物をどっさりと集めてきた。その様は活気あふれる市場のようで、露子も大好きな苺を集めてきて、草の上に座っていくつも食べた。噛みしめると、いい香りがいっぱいに広がる。みずみずしくほとばしる果汁はいくらでも飲める。
「あんことお餅があったらなぁ」
「苺大福よく食ってたもんな」
「アンズ? おまち?」
Aはあんこがよくわかっていないらしい。露子はなんとかこの素晴らしい菓子について、無垢で無知なる少女に伝えようとした。
「あ、あの、えーっと、あんこはね、豆、わかるかな? それを甘く煮たものなの。砂糖とか知ってる?」
「甘いの? 甘いのは好きだよ! このまんまるみたいな!」
「まんまる」というのは、彼女が指さした先にあるスイカやメロンのことだろう。大和が地面に叩きつけて、果汁を草に飛び散らせて、Aに渡していた。
「それはスイカ、こっちはメロン。同じウリの仲間だよ。で、えっと……砂糖は……甘い粉っていったらいいのかな。そしておもち、お米を蒸してついてこねて……」
「ここって田んぼはあるのか? 果物はいっぱいだけど……」
「お米」という言葉に大和が反応した。そしてAに答えを求める。彼女はちょっとの間考えこんで、「おかめはいないよ」と言った。「おかめ」というのは米の言い間違いであろう。
「ないのかぁ……残念……あの、食べてみて?」
形のよい赤い実を優しくつまんで、少女Aのハリのあるくちびるに近づけた。露子はまた噛まれやしないかとひやひやして、恐る恐るといった具合だ。まるでライオンに餌付けでもしているみたいだ。
「! ! すっぱいね! すっぱいっていうんだ、ああ! すっぱいもまんまるも! こうするものだったんだ! おいしいなっ!」
しゃくりと上品な音をたてて、苺は彼女の口に消えていった。露子は餌付けに成功したのだ。ほっとしてにこりと笑う。
「ね? 美味しいでしょ? 苺は苺で美味しいけど、あんこの甘さと苺の酸味がお互いを引き立てるの。黒い餡の中に、赤と白の苺の実が輝いて……それから、しなやかに歯を押し返してぷっつりと切れるおもちの食感が……」
露子は何度も食べたあの味を思い出して、半ば恍惚とした表情でAに語った。無垢な少女にその言葉が正しく伝わったのか、かなり疑わしいところだ。それでも露子のまとう雰囲気から、その美味しさの程はわかったようである。黒目がちで少女らしい目を見開いて、きらきらと輝かせていた。
「ツユコ! 苺大仏! 食べたい!」
苺大仏とは何なのか。螺髪と白毫が真っ赤な苺になった大仏を想像して、大和と露子は同時に笑い出した。大和は大口を開けて、露子はひかえめに。随分と美味しそうな相好があったものである。きっと体は銅じゃなくてあんこでできているに違いない。