少女Aからはじめよう
「なまえ、あたしは……!」
「そっか。名無しか。そりゃいい! じゃあ少女Aとでも呼んでおくか」
「少女Aって、そんな犯罪者じゃないんだから……」
露子が責めるように言うと、大和はいきりたって食ってかかる。
「とりあえずなんだからなんだっていいだろ!? イロハのイとかならいいのか!?」
「それもそうだけど……」
「エー? それが、なまえ?」
「名前じゃねえよ。記号だ。ただのな。まあ便宜的に、ってやつだ」
少女は黒曜石のような瞳を大和に向けて、その言葉をじっと聞いていた。かすかな風に真っ白な髪がそよぐ。このつやと輝きといったら、どんな白い花もかなわないだろう。大和でさえそんなことを思った。
「少女A! ここはどこか、わかるか? 日本って知ってるか?」
「…………わからない。ここにずっといた……きがする」
「知らねえ? わからねえ? 犬のおまわりさんか!」
「あの、A……さん。あなたは、ここで、何をしていたんですか?」
「ここに……いた。わたしは何?」
「え! 何……って。あの、女の子?」
露子はなんと言っていいものかわかりかねて、ちょっと間の抜けた返しをしたと自分でも思った。大和は眉をひそめて、要領を得ない会話を聞いていた。
「あたしはおんなのこだった……んだ……それで、にんげんなの? あたしは?」
「人間にしか見えねえけどよ。まあ実は幽霊とか妖精でした! とか言われても驚かねえな」
「人間……わたし……女の子、ヤマトは男の子?」
「まあ、そういうことになるな。露子は女で……。つうかよ、お前いままでどうやって暮らしてたんだ?」
「わからない。でも、ただいたの。ものみたいな、きおく。このいずみも、きのみも、もりも、しってる。でも……」
「思ったよりしゃべれるじゃねえか。なあ露子?」
「……この短い会話の中で学んでいる? のかな? もともとしゃべれるだけかもしれないけど……」
露子は興味津々といった顔つきで、大和に返した。Aのしなやかで繊細な体、輝く髪に見入って、いろいろと考えている。
「なかなか知能が高いらしいな! ここが何なのかわからねえのは残念だが……まあ、わからねえ同士、仲良くやろうや」
「うん!」
元気のよい返事だった。どうも悪いものではないらしい。
「まあここにいてもしょうがねえな。地元民? にも出会えたことだし、捜索再開と行こうぜ」
露子はさっき大和にしてもらったみたいに、Aに手を差し伸べた。Aはその行為の意味をきちんと理解していないようで、露子の小さくてふっくらした手に、いきなりかぶりついた。
「きゃっ!」
か細い声が青い空に響く。大和もびっくりして後ずさりした。露子が彼女を振りほどくと、ピンク色の歯型が手の甲に残った。
「美味しくない!」
「た、食べ物じゃないよぉ……」
「……先が思いやられるぜ」