奇妙な人影
「奇麗なところだね……」
露子は周囲を警戒しつつも、この森の穏やかさにこんなことをつぶやいてしまう。大和もキョロキョロと人工物を探しながらも、ついつい草花に目が行ってしまった。露子は花の宴に酩酊したような森の美しさを次々とカメラに収めていった。角度を変えてみたり、焦点をぼかしてみたり……たくさんの草花にフォーカスを当てる。
「異世界にしちゃ普通の植物ばっかだな」
「パラレルワールドだったら、植生が似てても不思議じゃないよ」
「露子も乗ってきたな!」
大和は笑いながら森を眺めた。野原にも咲いていた、可憐な野菊を見とめて立ち止まった。
「野菊か。妹の朝日が好きなんだよな、菊の花」
「みんな……心配してるだろうな……」
露子は悲しげに目を伏せた。頭を垂れるスミレの花が、同情しているみたいに見えた。そのかすかな感情も、露子が切り取ってデータにしてしまう。遺跡に忍び込んでから、どれくらい経ったのかわからないが、少なくとも一日は経過しているはずだ。
「パパとママ、きっと大騒ぎしてるよ……」
ほんの少し憂鬱そうに言った。露子は小さい頃体が弱くて、何度か生死の境をさまよったことがある。今は健康ではあるけれども、両親はいまでも彼女のことが心配で仕方ないのだった。
「俺のとこはそうだな。朝日は脳天気な奴だから、平気だろうけど。母さんはどうかなぁ。父さんもいねえし……俺まで消えたら、悲しむかもな」
「敷島君のところって、お父さん……」
露子は気まずそうに大和の横顔をちらりと見た。二人は川に沿って歩き続けている。大和はいつもと変わらない顔で、露子に視線だけ移してこう言った。
「まあちょっとな。もう抜けるぞ」
まったく気にしていないという風に、前を指さした。森を抜けると、今度は木々が整然と並べられていた。一目で明らかに人工的に植えられたものだとわかる。
「人間の匂いがしてきたじゃねえか!」
露子は何も言われなくても、その初めての人間の息吹をカメラに収めた。
「こりゃいい。橘だ!」
白くて厚ぼったい花が、ピカピカした葉っぱの間々に輝いていた。エメラルドを鋳流したような葉は風を受けてつやめき、花は枝いっぱいに咲き誇り、さわやかな香りを大気に流し続けていた。
「橘……? ここは果樹園ってこと……? でも橘ってそのままじゃ食べれないし……何か違和感が……」
露子も興奮気味に橘の畑の写真を何枚も撮っていった。大和はその花の香りを嗅いで、気持ちよさそうに大きく伸びをしている。彼は柑橘が好物なのだ。二人の間に少し落ちついた空気が流れた時、木々の間に何かの影が動いた。草木とこすれるガサガサという音を立てながら、ふらふらとうごめいているのだ。
「何だ!? ありゃなんだ!? 露子! 行くぞ!」