プロローグ 遠い記憶
それは、彼が忘れてしまった記憶。彼は寂しくて恐ろしくて、泣きじゃ
くていた。竹やぶを這いまわって、誰かを探していた。どうしても見つ
からない。太陽は真っ赤に燃えて、世界が焼けていくようだった。とうと
う彼は、大きな声で泣き出してしまった。
「どうした? 大丈夫か?」
彼のお祖父さんだった。祖父は彼を優しく抱き上げてくれた。お祖父さんの肩には、何か傷のようなものが見えた。
「いなくなって……遊んでたら……どうして? どうして?」
小さな子供の要領を得ない言葉を真剣に聞いてくれた。いつしか彼は大きくて立派なお屋敷にいた。彼の妹も一緒だ、妹はとっても小さくて、やっぱり寂しくて泣いていた。
「ああ、怖いよなあ……怖かったなぁ……」
お祖父さんはそう言うことしかできなかった。彼は涙で赤い目をこすって、聞いてみた。
「あのきず、いたくない?」
「ああ……これか……」
服をずらして、一瞬だけ肩を見せた。子供の目にも奇妙とわかる。妹もびっくりしている。
「これ、なあに? マーク? 痛くないの?」
「痛くはないなぁ……ただ、怖いなあ……怖い……」
お祖父さんは悲しみに沈みそうだった。彼も妹も、ぽろぽろと涙が止まらない。彼はひらすらその傷について、尋ねた。
「世の中には、わからない方がいいこともあるんだよ」
「うそだよ! そんなのないよ! わかったほうがいいにきまってるよ!」
不思議な確信があった。お祖父さんは大きく笑って、彼の頭をなでた。そしてこう言った。
「ああ、お前の言うとおりだよ。大きくなって……もし……この意味を理解することがあったら……その時は……」
お祖父さんは、祈るみたいだった。彼の涙が止まった。