第八帖 姫様、太陽の神術を披露する?
翌朝。
日和が教室に入ると、今日は、秋土だけが席についていた。
「おはよう! 日和ちゃん!」
「お、おはようなのじゃ」
日和が席に着くと、秋土がいつもの爽やかスマイルで日和を見た。
「昨日は、見学に来てくれてありがとう。あの後もあちこち見て回ったの?」
「うん。そ、それで、その……」
日和は、秋土に申し訳ない気持ちで一杯になり、口ごもってしまった。
「どうしたの?」
「あ、あの、……秋土さん! すまぬのじゃ」
日和は、両手を合わせて、秋土に頭を下げた。
「えっ、何?」
「わらわは、そ、その、……手芸部に入ったのじゃ」
「手芸部? 日和ちゃんは手芸が好きだったんだ?」
「うん! 大好きなのじゃ!」
「はははは、すごい勢いで返事したね」
「う、うん」
「でも、どうして僕が日和ちゃんから謝られるんだろう?」
「き、昨日、せっかく、テニス部に誘ってもらったのに……」
そもそも社交辞令などできる日和ではなく、本当に申し訳なく思っていた。
「そんなことは気にしなくて良いよ。どのクラブに入るかは、日和ちゃんの自由なんだからさ」
秋土の言葉に、日和も気持ちが軽くなり、顔を上げて、秋土に笑顔を返すことができた。
間もなく、夏火の声が聞こえて来たと思うと、春水、夏火、冬木の三人が揃って教室に入って来た。
三人でしゃべりながら来ていたようだが、夏火の声だけが大きくて、まるで大きな声で独り言を言いながら来たようだった。
「珍しいな。三人揃って来るなんて」
秋土がそれぞれ席に着いた三人に言った。
「たまたま校門で会ったんだよ。春水は相変わらず女子を周りに侍らしていたけどな」
「侍らしてなどしていませんよ」
「勝手について来るんだってんだろ? あんなに大勢いるのなら、一人くらい分けてくれても良いじゃねえか」
「女の子は物ではありませんよ。『分ける』というのは不適切な表現ですね」
「分けようとしても、夏火には誰も寄りつかないだろ? さっきも夏火が春水に近づいて行くと、蜘蛛の子を散らすように女子がいなくなったからな」
「冬木! それじゃあ、まるで俺がバイ菌みたいじゃないかよ!」
「手当たり次第に女性を毒牙に掛けるところなどは、バイ菌と同じではないか?」
「うるせえ!」
お互いに言いたい放題言い合う三人の言葉は、当然のことながら、真ん中にいる日和の頭の上を飛び交う訳で、日和は、まるで自分が夏火に叱られたような気になってしまい、思わず、首をすくめた。
「お前らなあ、俺のこと、どんだけ女たらしと思ってるんだ?」
真夜の夏火に対する評価を鵜呑みにして、少なからず、夏火を女たらしと思っていた日和は、自分が責められたと思い、振り返り、頭を下げた。
「す、すまぬ」
「うん? 何、謝ってるんだ?」
夏火が怪訝そうな顔をして、日和を見た。
「あっ、……わ、わらわが怒られた気になってしもうた」
四人が一斉に笑った。
「何、言ってるんだよ、日和! 笑わすなよ」
夏火が本当に面白そうに笑った。その無邪気な笑顔に、日和は、いつもと違う夏火を見た気がした。
「日和さんは、本当に可愛い人ですね」
日和が、春水を見ると、春水は、いつもと同じ、美しきポーカーフェイスで日和を見つめていた。
「春水! それ、本気で言ってるのか?」
夏火が本気で怒っているように、春水に問い質した。
「ええ、そうですよ。夏火は、日和さんの可愛さにまだ気づいてないのですか?」
「あれか? 幼女みたいで可愛いということか?」
「そうですね。それ言う見方もありますね」
「やっぱり、春水はロリだったんだな? だから、言い寄って来る女子には手を出さないんだろう?」
「はははは、そうかもしれませんね」
前回同様、ロリコンでどこが悪いと開き直ってるかのような春水だった。
「僕も日和ちゃんは可愛いと思うよ」
「何だ、何だ! 秋土もロリコンだったのか? そう言えば、秋土も女子を嫌らしい目で見ないもんな」
「夏火とは違うよ」
「違げえよ! 俺は正常な男子高校生なんだ! 女子を嫌らしい目で見ない男子高校生はどうにかしてるぜ!」
「夏火は性欲の塊なのか?」
冬木まで振り向いて参戦してきた。
「うるせえよ! そう言う冬木が一番女子に興味無さそうじゃねえか! お前、ひょっとしてホモなのか?」
「男にはもっと興味が無い。普通に女子の方が好きだが、科学より面白い女子に会ったことがないだけだ」
「女子と科学が比較対象なのかよ?」
「興味の対象という意味でな」
「でも、科学より面白い女子ってどんなんだよ?」
「今まで、そんな女子に会ったことはないから、よく分からん。しかし、卑弥埜には少し興味がある」
しかし、日和を見た冬木の顔は、普段どおりのクールな表情のままだった。
「冬木もロリなのか?」
「いや、卑弥埜の太陽の神術とやらに興味がある」
「神術を科学で解明させるという例の取り組みか?」
「そうだな」
「そう言えば、今日は『神術実技測定』があるね」
冬木から「太陽の神術」の話が出て、思い出したように、秋土が言った。
「ああ、そうだったな。かったるぜ」
今日の三時間目には、「神術実技測定」が実施されることになっていた。
「あ、あの、秋土さん」
「何?」
「その『神術実技測定』とは、どんなことをするのじゃろう?」
「各学期の最初の体育の時間にやるんだけど、神術の熟練度を測定するんだよ」
「測定?」
「うん。実際に神術を発動して、その威力を測定するんだよ」
三時間目になり、二年壱組の生徒は、全員、体操着に着替えた上、旧校舎三階にある実技演習室に集まっていた。
実技演習室は、普通教室を三つ分ぶち抜いたほどの広さを持ち、継ぎ目の無い特殊な壁に囲まれた、窓の無い部屋であった。
「神術は、遺伝要因、素質要因、そして熟練要因の三つによって、その威力が違ってくるの。遺伝要因とは、祖先からその属性神術の素養をどれだけ受け継いだかどうかの要因のことなのよ。この遺伝要因が約五十パーセントの割合で神術の威力を決定すると言われているの」
耶麻臺学園の本来の設立目的である神術の講義や訓練を担当する専任教師の毛野が、体育座りした生徒達を前に、お復習いの講義をしていた。
毛野は、体操着で隠すことができないくらいのムキムキマッチョの体をしていたが、言葉使いはお姉言葉だった。
「素質要因は、遺伝要因と関連するところもあるんだけど、その個人が生まれながらに持っている精神力と体力に左右される要因で、威力決定の二十パーセント程度の影響を与えると言われているの。最後の熟練要因とは、神術の練習を繰り返し行って高まる要因で、残りの三十パーセント程度の影響を与えると言われているわよ」
毛野は言葉を句切ると、生徒を見渡した。
「今日は、その熟練度を見ますね。みんな、前回の測定結果から少しでも向上するように頑張ってね!」
測定方法は、自分の属性神術における破壊エネルギーを投げつける「飛拳術」と呼ばれる攻撃を、五十メートル離れた標的に向かって放ち、標的の破壊の程度を見て測定するものであった。
標的は、空中に浮かんでいる直径十センチほどの鉄球であった。
まずは、男子から測定が始まった。
ほとんどの生徒は、鉄球を揺らせることしかできななかったが、何人の生徒は、鉄球を削り取る威力を見せつけていた。
「次! 大伴春水君!」
「はい」
「春水君、頑張ってね」
「は、はい」
満面の笑みの毛野から必要以上に背中をさすられながら、春水が測定位置に立った。
そして、両手を広げて、前に突き出すと、春水の前面に、カーテンのような水の膜が現れた。
まるで空中に小さな滝が現れたようであった。
続いて、春水が短い呪文を唱えると、水の膜から、細い一筋の水流が、ものすごい速さで鉄球に向かって飛んで行き、鉄球をぶち抜いて、直径三センチほどの丸い穴を開けてしまった。
「う~ん、春水君、素敵!」
毛野も思わず体をくねらせて興奮するほどの、見事な水属性の神術であった。
「では、次! 蘇我夏火君!」
「おう!」
「夏火君も頑張ってね」
「寄るな、変態!」
「う~ん、いけずぅ~」
相手が教師であっても、口に戸を立てない夏火であった。
測定位置に立った夏火は、胸の横で右掌を上に向けると、そこに野球のボール大の火の玉が現れた。
そして、それを投げつけるように右手を突き出すと、火の玉は鉄球に向かって飛んで行き、鉄球を覆うと、あっという間に溶かしてしまった。
溶けた鉄が滴り落ちて、床に敷かれた防火用の絨毯を焦がした。
「夏火君も着実にレベルアップしてるわねえ!」
鉄をも溶かす超高温の飛拳を飛ばす、強力な火属性の神術であった。
夏火は、スキンシップを図ろうとした毛野を軽くかわして下がり、床に座った。
「う~ん、もう! それじゃあ、次! 葛城秋土君!」
「はい!」
秋土が元気よく立ち上がった。
「秋土君、期待してるわよ~」
春水同様、毛野から背中をさすられながら激励された秋土は、「ありがとうございます」と爽やかに毛野に答えて、測定位置に立った。
秋土が短く呪文を唱えると、その前に、身長約二メートルほどの防人姿の埴輪が現れた。
そして、秋土が鉄球を指差すと、埴輪が持っていた剣を鉄球に投げつけた。
土器でできているように見える剣が鉄球に当たると、すぐに変形をして鉄球を包み込んでしまい、まるで泥団子のようになった。
次の瞬間には、その泥団子の中から砂のようになった鉄がサラサラとこぼれ落ちてきた。最後には、泥団子自体が小さくなって消滅すると、砂になった鉄がこんもりと床に積もっていただけであった。
「お見事ぉ~。秋土君は、何をやっても様になるわね~」
埴輪の戦士を召還した上、その剣で包み込んだ物を砂のように細かく潰してしまう土属性の神術であった。
「どうも」
秋土は、毛野のスキンシップをスマートにかわして、みんなの所に戻り、腰を下ろした。
「ご、ごほん! では、男子の最後に、物部冬木君!」
冬木は、面倒臭そうに、無言で立ち上がった。
「物部冬木く~ん? 今日は、いないのかしら?」
無視されたことを焦っているように、毛野がわざとらしく辺りを見渡しながら、繰り返し呼んだが、冬木は、それも無視して測定位置に立った。
「では、始める」
「もう~っ! じゃあ、始めてちょうだい!」
口を尖らせた毛野を見ることなく、冬木が意識を集中させているように目を閉じると、冬木の体の周りから、緑色の葉が無数に現れてきて、ぐるぐると冬木の体の周りを回転し始めた。
そして、冬木が右手で鉄球を指差すと、回転していた葉が一直線になって飛んで行き、鉄球を包み込んだ。
次の瞬間、鉄球は、まるで朽ち果てていくように、包み込まれた葉の隙間からボロボロと崩れ落ちていった。
最後に、葉がどこかに消えてしまうと、床に落ちていた鉄の破片も泡を立てながら蒸発していった。
「相変わらず、クールねえ」
包み込んだ物を一瞬のうちに腐敗させる木属性の神術であった。
冬木は、表情も変えず、みんなの所に戻り、腰を下ろした。
「さすが四臣家の皆さんは素晴らしいですねえ。みんな、少しでもこの四人に近づけるように頑張るのよ」
しかし、四人以外の男子は、いくら頑張っても遺伝要因の壁にぶち当たることが目に見えており、しかも、イケメンな四人に対抗しようなどとは考えてもいないようだった。
次に、女子の測定になった。
神術の威力には、男女の別といった素養要因は二十パーセント程度の違いしかもたらさないから、男子よりも強力な力を発する女子が何人もいた。
一番最後に、日和が呼ばれた。
「わらわもやるのか?」
転校生で最後まで呼ばれなかったことから、日和は、自分は、もうしなくても良いものだと勝手に思い込んでいた。
それまで、好き勝手におしゃべりしていた生徒達も口をつぐんで、日和に注目した。
毛野も興味津々という顔をしていた。
何と言っても、太陽の神術は、卑弥埜家だけに伝承され、しかもそれを見た者は必ず死ぬという噂が立っているだけあって、誰も見たことがなかったからだ。
「思い切り、やってもらって良いぞ」
日和が立ち上がり定位置に立つと、女子に対しては普通の男言葉になる毛野が言った。
日和は、その言葉を聞いて、困ってしまい、それが顔にも出てしまった。
「卑弥埜、どうした?」
「……難しいのじゃ」
「いや、あれに向かって、飛拳を投げつけるだけだが?」
「と、とりあえず、やってみるのじゃ」
日和は、両掌を、二十センチほどの間隔を空けて、胸の前で向かい合わせにさせると、目を閉じて集中をした。
みんなが注目する中、しばらく、何も起こらなかった。
「何をやってるんだ?」
「術を発動するのに、あんなに時間が掛かかるのか?」
「あれじゃあ。発動する前にやられてしまうぞ」
「期待して損した」
そんな同級生達の声を背中に、四臣家の四人は立って、じっと、日和に注目していた。
しばらくすると、日和の両掌の間に、パチンコ玉大の光の玉が現れた。
そして、徐々に明るくなってくると、直視できないくらいの明るさで輝きだした。
部屋が真っ白になり、まさしく、小さな太陽が現れたようだった。
しかし、すぐにその光が消えると、同じポーズを取ったままの日和がぽつんと立っていた。
「わらわにはできないのじゃ」
今にも泣きそうな顔をして、日和が毛野に言った。
「えっと、…今日は調子が悪かったのでしょうか?」
毛野も卑弥埜の姫である日和に気を遣って、慰めるように言葉を掛けたが、生徒達の間には、拍子抜けあるいは軽蔑するような空気が広がっていた。
――落ちこぼれの姫様
そんな囁きが誰ともなく広まっていった。
しかし、四臣家の四人は、驚きの表情を見せて、呆然と立ち尽くしていた。