第五十九帖 姫様、思い出話に花を咲かせる!
暦は十二月に入った。
秋土、夏火、春水、冬木の順で、四人と一回ずつデートをした後の月曜日の夜。
日和は、自分の部屋で炬燵に入って編み物をしていた。
次の日曜日からは、また同じ順番でデートの約束をしていたが、日和は、それが少し気重になっていて、気を紛らそうと編み物を始めたものの集中することができず、思わずため息を吐いた。
「おひい様、今、よろしいですか?」
障子の向こう側で真夜の声がした。
「良いのじゃ」
日和の返事を待って、真夜が行事良く障子を開けて日和の部屋に入って来た。
家にいる時によく着ている巫女装束であった。
日和は、座ったまま膝でにじり寄って来た真夜を止めた。
「今日は寒いぞ。炬燵に入るのじゃ」
日和が勧めたが、真夜は炬燵に入らず、日和を斜めに見る位置に正座をした。
「何じゃ、真夜?」
「伊与様からのご伝言でございます」
「お婆様から?」
「はい。伊与様が申したとおりにお伝えいたします。『クリスマスパーチーをするので日和の相手の四人も呼ぶのじゃ!』とのことでございます」
「何じゃ、それは? 今まで『クリスマスなどと言う毛唐の祭りなどせぬ!』とか言っておったのに?」
だから、日和は、今までサンタクロースからプレゼントをもらったことがなかった。
「おそらく、四臣家の皆様をご覧になりたいのでしょう。正式に、おひい様に告白をなさったのですから、伊与様が四人にお会いしたいというお気持ちも分かります」
「それはそうじゃろうが、何か下心を感じるのじゃ」
真夜も真面目な表情のまま大きくうなづいた。
「ともかく、十二月二十四日のイブの夜に、四臣家の皆様をお迎えして、クリスマスパーティーを開催したいと思います。拙者が万事采配いたしますのでお任せくださいませ」
「真夜には、いつも苦労を掛けるの」
「いえ、拙者もクリスマスパーティーなどしたことがございませんから楽しみでございます」
「真夜」
「はい?」
「葵さんもお呼びしたらどうじゃ?」
「ど、どうしてでございますか?」
珍しく動揺している真夜に、日和が微笑んだ。
「春水さんから聞いたのじゃが、あれから何回か、葵さんとお出掛けしているようじゃの。真夜が葵さんからの誘いを断らないのは、一緒にお出掛けするのが楽しいからであろう?」
真夜の性格から言えば、行きたくない誘いに義理立てて行くということは考えられなかった。
真夜は、顔を赤くして、うつむいていた。
「真夜。どうして、そんなに恥ずかしがっておるのじゃ?」
「い、いえ、そう言う訳では」
「わらわはの、真夜に楽しみを分かちあえる人ができて嬉しいのじゃ。お婆様やわらわの世話を焼いてくれることも嬉しいが、真夜が真夜自身のことを大切にしてくれることの方がもっと嬉しいのじゃ」
「おひい様……」
「今まで、わらわは、真夜に頼ってばかりじゃったが、学校に行きだして、いろんな経験をして、手芸部の部長にもなって、わらわも少しは成長したと思っておる」
「いえ、すごく成長されました! いつ、卑弥埜家当主を継がれても恥ずかしくはないと思います」
「でも、それは四臣家の四人や手芸部のみんな、そして真夜の助けがあったからこそじゃ。礼を申すのじゃ」
「もったいないお言葉でございます」
真夜は、涙がこぼれそうになったのか、すぐにうつむいた。
「真夜」
優しく名前を呼ばれた真夜は少し時間を置いてから顔を上げた。
日和の笑顔があった。
「炬燵に入るのじゃ」
日和が自分の対面を指差した。
「これは命令じゃ」
真夜は素直に従って、日和の正面に回り、正座した脚を炬燵に入れた。
「冬は炬燵に蜜柑じゃのう?」
「そうでございますね」
日和は炬燵の上に置いてあった蜜柑を一つ取って、真夜に手渡した。
二人でゆっくりと蜜柑の皮を剥いて、一房、口に入れると、甘い果汁が口の中に広がった。
「甘いの! ひょっとして、昨日、学校の帰りに買っていたものか?」
「はい。おひい様が手芸部をしている間に、学校の近所のスーパーで買った物でございます」
「さすが、真夜の選別眼は、いつも確かじゃのう」
「いえ、はずれでなくて良かったです」
「真夜が選ぶ食材に、はずれなどないぞ」
その後、二人はじっくりと蜜柑を味わっていたが、半分ほど食べた後、日和がぽつりと呟いた。
「こうやって、真夜と一緒に炬燵に入っているのは、何だか懐かしいの」
「そうでございますね」
人里離れた卑弥埜家の周辺には一緒に遊ぶ子供はおらず、学校にも行ってなかった日和の遊び相手は真夜だけであった。
家庭教師による勉強が終わると、テレビゲームなども与えてもらえなかった日和は、十歳の頃までは、真夜と一緒に裏山を走り回る野生児であった。雨や雪で外に出られない時には、トランプやカルタ、すごろくなどで遊んでいて、冬は二人でよく炬燵に入っていた。
「あの頃は、テレビも見せてもらえなかったから、今、考えると、すごく原始的な生活をしていたような気がするのじゃ」
「そうでございますね。でも、拙者は楽しかったです」
「わらわもじゃ」
「おひい様は、十歳頃から、手芸に没頭されるようになりましたな」
「う、うん。……真夜が『女の子』になってしもうたから、わらわももっと女の子らしくなろうと思ったのじゃ」
「そうだったのですか? 初めて聞きました」
真夜が驚いた顔を見せていた。
「真夜が『女の子』になったと聞いて、最初は、どうしてそんなことをしたのかと腹が立ったが、お母様から言われたのじゃ」
「百々様から?」
「うん。わらわはこれからどんどんと女の子になっていくから、真夜が先にお手本を見せてくれているのだと言われたのじゃ」
「……」
「だから、わらわも真夜に負けないように、女の子らしくなろうと思ったのじゃ」
「……」
「お母様に、女の子らしくなるにはどうしたら良いのかと訊いたら、お料理とかお裁縫とか、将来の旦那様に尽くしてあげられるようなことをしなさいって言われたのじゃ」
「だから、料理とか裁縫を?」
「そうじゃ」
「伊与様は、卑弥埜家当主は自ら料理などをする必要はないというお考えでしたが、百々様は、旦那様に料理を作って差し上げたいと思うのであれば、当主であろうが関係はないと言って、よく伊与様と喧嘩をしておいででした」
「わらわは、お婆様とお母様が喧嘩をしているところは見た記憶はないのじゃが?」
「おひい様がいるところでは、お二人とも、あえて喧嘩をしなかったのでしょう。拙者はよく見ました」
「そうなのか」
「百々様は、伊与様にばれないように、アラン様が来日された時には、必ず厨房に立っておいででした」
「まるで、わらわじゃ!」
「はい。やっぱり母娘だと拙者も感心いたしました」
「本当じゃな」
二人はひとしきり笑うと、遠くの景色を見るような目をして黙り込んだ。
溢れてくる思い出に、一旦、蓋をした日和は、手元にある蜜柑に視線を戻して、しばらく見つめた後、顔を上げて真夜を見た。
その時、真夜の左手薬指に、きらりと光るリングが目に入った。
「真夜! そんな指輪は持っていたか?」
「あっ!」
真夜は顔を赤らめながら、右手で左手を包み隠した。
「真夜が指輪をしているのを初めて見たのじゃが?」
「学校に行っている時や家事をしている時にははずしていますから、……少し油断をしておりました」
「油断?」
「いえ、何でもございません」
「いつ買ったのじゃ?」
「いえ、自分で買ったのではありません。これは、……葵殿からいただいたものです」
「葵さんから?」
「はい。あ、あの、友情の証にと」
少し事実を曲げたが、まったくの嘘と言うことでもなかった。
「そうなのか? 葵さんとは本当に気が合うのじゃな?」
「は、はい」
「春水さんと一緒に公園に行った時には、葵さんが作ったお弁当もご馳走になったのじゃが、すごく美味しかった。料理の情報も交換しているようなことも春水さんが言っておったが?」
「はい。葵殿は、サバサバされているので大雑把な方かと思っていたのですが、実は、すごく繊細で細やかな心の持ち主で、作られる料理も一工夫されていて、拙者も目から鱗が落ちることもしばしばなのです」
「何だか、二人は似た者同士のような気がするの」
「そうかもしれません」
「だから、一緒にいると楽しいのじゃろうな?」
「は、はい」
「本当に良かったのじゃ」
嬉しそうな日和の顔に真夜も笑顔を返した。
「では、今度のクリスマスパーティーに葵殿も招待いたします」
「それが良いぞ。パーティーは人が多い方が楽しいでな」
真夜が、ぷっと吹き出した。
「おひい様は、常々、大勢の人の中にいるのは苦手だとおっしゃっておられましたのに」
「そ、それは見ず知らずの人の中だとじゃ! 四臣家の四人や葵さんは、わらわにとっても、真夜にとっても見ず知らずの人ではなく友人じゃ!」
「そうですな」
納得したように何度かうなづいた真夜は、炬燵に膝を進めるようにして、日和の方に身を乗り出した。
「それはそうと、おひい様。クリスマスパーティーでは、参加者が持ち寄ったプレゼントの交換をする習わしがあるそうでございますよ」
「プレゼント? クリスマスのプレゼントはサンタさんがくれるのではないのか?」
「それは子供に対してでございますよ。中学校以上になると、もうサンタは来てくれないので、パーティーの参加者が自分達で用意をするらしいのです」
「そうなのか。でも、交換ってどうするのじゃ?」
「誰がどのプレゼントを持って来たのかを分からないようにして、クジやジャンケンでもらえるプレゼントを決めていくそうです」
「面白そうじゃの! うんうん! 今回もやろうぞ!」
「分かりました。そのことも招待状に書いておきましょう」
「でも、プレゼントって、どんなものが良いのじゃろう?」
「あまり高価な物だと負担になったりするので、上限の金額を決めて各自が用意するようですが、誰に当たるか分かりませんから、無難な物が良いらしいです」
「それもそうじゃの。わらわが可愛いと思うものが、他の人からしたら、そうでもないということがあるものな」
「そうですな。しかし、そうは言っても、できるだけ、みんなが気に入っていただける物が良いですな」
「うんうん。そう言うプレゼントを選ぶ楽しみもあるのじゃな?」
「はい」
などと話している間に、日和と真夜は一つ目の蜜柑を食べ終えた。
「真夜、もう一ついかがじゃ?」
「おひい様はどうされます?」
「わらわは食べるぞ」
「では、おつき合いいたします」
真夜は、日和から蜜柑を受け取ると、それを両手で揉みながら、日和を見た。
「おひい様」
「何じゃ?」
「せっかくのプレゼントです。おひい様が渡したい方に渡れば良いですな」
「わらわが渡したい人……」
「まだ、決まりませぬか?」
「……真夜」
しばらく心の中で自分の気持ちを整理していた日和は、今まで誰にも話していない自分の気持ちを真夜に明かそうと思った。
そんな決意が日和の表情に表れていたのか、真夜も真剣な顔をして日和を見た。
「実はの、一人、少し気になる人ができた」
「誰でございますか?」
「真夜といえども、それは、まだ言えぬ。口に出して言うと、その人が特別な人に確定してしまう気がする。もう少し確かめてみたいのじゃ」
「分かりました。では、あえて、お名前はお訊きしません。しかし、その方はどう言う風に気になるのでございますか?」
「その人の姿がよく頭に浮かぶのじゃ」
「今もですか?」
「うん。次の日曜日から、また、みんなと順番にデートをすることになっておる。四人とも楽しみなのじゃが、その人とのデートは一番楽しみなのじゃ。でも、他の人とデートをしている時に、その人のことを考えていたら、すごく失礼なことであるよな?」
「それはそうでございますね」
「かと言って、その人が永遠に添い遂げることができる人なのかどうか、まだ、わらわは分からないのじゃ」
神術使いの家の頂点である卑弥埜家の姫様である日和と、卑弥埜家に次ぐ家格の四臣家の男子の四人の交際は、日本中の神術使いの家にとっての重大関心事であり、「つき合ってみたけど、すぐに別れました」と言う訳にはいかなかった。
「そうですね。しかし、そうやって気になる方ができたと言うことは、少なくとも四臣家の方々の人となりが十分に分かったからだと思います。だとすれば、闇雲にデートを続けるよりは、少し熟慮する時間を置いてみた方が良いような気がいたします」
「そうじゃな。……うん。真夜の言うとおりじゃ。次からのデートは、一旦キャンセルをさせてもらうことにするのじゃ」
「それがよろしいかと思います」
しかし、日和は、自分の都合でデートをしたり止めたりするのは、四人に悪いと思った。
「わらわがちゃんとしていないから、四人を振り回してしまっているような気がして申し訳ないのじゃ」
「おひい様が責任を感じる必要はありませぬ。おひい様は『ちゃんと』されていますよ。真剣に相手のことを考えて答えを出そうとしているのですから」
「真夜にそう言ってもらうと、少し気が楽になるのじゃ」
「ぎゃああああ!」
突然、夜のしじまに叫び声が響いた。
「あれは?」
「お婆様の声じゃ!」
日和と真夜は、すぐに日和の部屋を出て、伊与の部屋へと縁側の廊下を走った。
伊与の部屋の前に着くと、日和が障子を叩いた。
「お婆様! 何事ですか?」
「痛たた!」
返って来たのは、うめき声だけであった。
「開けまするぞ!」
日和が勢いよく障子を開けると、ジャージ姿の伊与が「痛い! 痛い!」と右足首を押さえながら、のたうち回っていた。
「お婆様!」
日和が駆け寄り、ひざまづいて、伊与の右足を見た。
「足が痛いのですか?」
日和の問い掛けに、伊与はうんうんと、うなづいただけであった。
「御免!」
真夜が伊与の足元にしゃがむと、動き回る伊与の右足をしっかりと握って、その足首に顔を近づけて、じっくりと見た。そして、その足を少し動かすと、伊与は泣きわめくように痛がった。
「真夜! 何じゃろう?」
「おそらく、骨折をされているかと」
「骨折! きゅ、救急車を! い、いや、太陽の神術で治した方が良いか?」
「太陽の神術は、その者がもともと持っている治癒力を高めて治療をするのですが、高齢である伊与様が本来持っている治癒力はそれほど高くないと思われます。それに、救急車もここに来るには時間が掛かりましょう。拙者が縮地術を使って、病院に連れてまいります」
オロオロと慌てている日和に、真夜は冷静に答えた。
「分かった! 早く連れて行ってたもれ!」
「おひい様、落ち着かれなされませ! 骨折は大怪我ではありますが、命の危険は大きくありませんぞ!」
そう言うと、真夜は日和の助けも借りながら、伊与を背負って、縮地術の扉がある物置に向かって行った。
真夜が縮地術で飛んだのを見届けた日和は、伊与の部屋に戻った。
伊与は入院するかもしれないが、家に帰って来た時のために布団を敷いておこうと思ったのだ。
部屋に入ると、テレビがつけっぱなしだった。その画面には、エアロビクス番組が映っていた。




