表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姫で人見知りだけど幼女じゃないから恋だってできるのじゃ!  作者: 粟吹一夢
第一部 狙われる姫様と四臣家の息子達
6/62

第五帖 姫様、クラブに勧誘される!

 転校初日も無事終えて、日和ひよりは、居間の大きな座卓に祖母伊与(いよ)とともに座り、夕食をとっていた。

 部屋の下座しもざには、割烹着かっぽうぎ姿にあねさんかぶりの真夜まやが控えていた。 

真夜まやの料理の腕もますます上達したの」

 魚の煮付けを美味おいしそうに頬張りながら、伊与いよが言った。

「ありがとうございます。しかし、今、お食べになっている煮付けは、おひい様がお作りになったものでございます」

「何? 日和ひよりは、また厨房に入ったのか?」

 伊与いよからにらまれて、日和ひよりは、小さな体をもっと小さくして、うつむいてしまった。

日和ひよりは、確かに良い奥さんになるじゃろうの。しかし、日和ひよりは、この家の主人になる身じゃぞ!」

伊与いよ様! おひい様は、あくまで趣味として料理をたしなまれているだけでございます」

「当たり前じゃ! 料理人になるとか言い出しかねないから心配しておるのじゃ!」

 自分が料理をすれば、伊与いよが怒ることは想定の範囲内だった日和ひよりは、伊与いよ小言こごとを右から左に聞き流しながら、黙々と食事を続けた。

「ところで、日和ひより。学校の方はどうじゃった?」

 一通り小言こごとを言い終えた伊与いよが、興味津々(きょうみしんしん)という顔をして、日和ひよりに訊いた。

「どうじゃったと申されますと?」

「単刀直入に言うと、良い男はおったのか?」

「単刀直入すぎまする!」

「回りくどい話は嫌いゆえのう。で、どうなのじゃ?」

「殿方のお友達ならできました」

「本当か? 何という男じゃ?」

葛城秋土かつらぎあきとさんです」

 伊与いよは、詳しい話を聞こうと、真夜まやの顔を見た。

四臣家よんしんけ葛城かつらぎか?」

「はい。葛城かつらぎ家の次男だそうです」

「次男坊か! 我が卑弥埜ひみの家の婿に入るのには好都合ではないか! 許嫁いいなづけはおるのか?」

「本人は、彼女もいないとおっしゃっておりました」

「そうか! で、イケメンか?」

「はい。非常に爽やかな好青年という印象を持ちました」

「よし! 早速、葛城かつらぎ家に使いを出せ!」

伊与いよ様! いくら何でも早すぎます!」

「何を言う。そんな好青年であれば、女子達の人気も高いのではないのか?」

「確かに、拙者のクラスの女生徒から噂を聞き集めますと、どうやら二年生の男子では、普通科も含めて、かなりの人気を誇っているようでございます」

「であれば、なおさら、他の女どもに取られないように、今のうちに婚約してしまった方が良いではないか!」

「じっくりと、しっかりと交際を続けて、本当に、おひい様に相応ふさわしいかたかどうかを見極めてからでも遅くはないと思います。それに、四臣家よんしんけの他の息子達もおりますし」

「おお! そうじゃったな。他の息子どもはどうじゃ?」

蘇我そがの息子は駄目でございます」

「駄目?」

「はい。言葉使いは乱暴で、女子に手を出すのも早そうです」

「それは、日和ひよりにはハードルが高そうじゃの。他には?」

大伴おおともの息子は、まれに見る美形でございました」

「何と! 写真を撮っておらぬのか?」

「そんなことができる訳がございません! しかし、先ほどの葛城かつらぎの息子をしのぎ、学園一の人気を誇っているようで、登下校をする際には、女生徒のファンがぞろぞろとついて来ているくらいです」

「それはすごいの! ぜひ見てみたいものじゃ!」

「……伊与いよ様。何か個人的な希望を述べておられるような気がいたしますが?」

「ご、誤解じゃ! 孫の婿となるかもしれない男は、事前に見ておきたいではないか!」

「……まあ、そうですね」

「では、物部もののべの息子は、いかがじゃ?」

物部もののべの息子には、拙者はお会いしておりません。おひい様、いかがでしたか? お話はなさいましたか?」

「うん。教室でちょっとだけ。……難しそうな本を読んでおった」

「イケメンなのか?」

 イケメンか否かを気にする伊与いよに、真夜まよのジト目が向けられた。

「い、いや、だから、ひ孫ができるとすれば、イケメンの血を引いているほうが良いではないか! いかがじゃ、日和ひより?」

「……ハンサムじゃとは思いました」

 他の三人から言うと地味な感じであるが、日和ひよりが言うとおり、冬木ふゆきもイケメンであることは間違いなかった。

「そうか、そうか。蘇我そが以外は有望か? これは楽しみじゃ!」

伊与いよ様! だから、何を期待されているのでしょうか?」

「ご、ごほん! しかし、初日から四人の男子と話ができるなど、日和ひよりにしては上出来じゃ! 真夜まや! 明日からもよろしく頼むぞ! できれば、葛城かつらぎの息子を我が家に連れて参れ! 儂直々(わしじきじき)にご接待しようぞ!」

「嬉しそうでございますね、伊与いよ様?」

「……き、気のせいじゃ」



 転校二日目の朝。

 おずおずと壱組の教室に入った日和ひよりに、同級生の女生徒の何人かが「おはよう」の挨拶をしてくれた。

 日和ひよりも安心するとともに、嬉しくなって、小さな声ではあったが、「おはようなのじゃ」と挨拶を返した。

 右隣の秋土あきとと左隣の春水はるみは、既に席に着いていた。

 日和ひよりが、自分の席に座ると、まずは、右隣の秋土あきとが挨拶をしてくれた。

「おはよう! 日和ひよりちゃん」

「お、おはようなのじゃ、秋土あきとさん」

「昨日、真夜まやさんから友達になってくれってお願いされたから、名前で呼ぶことにしたけど、良かった?」

 日和ひよりは、自然と笑顔になり、うなずいた。

 男の子から、初めて「ちゃん付け」で名前を呼ばれて、何となく嬉しかった。

 また、ちゃんと挨拶を返すことができたことで、まだ親指の爪の先ほどであるが、余裕めいたものも感じてきた。

「おはようございます。日和ひよりさん」

 今度は、左隣の春水はるみが優しく微笑みながら挨拶をしてくれた。

「お、おはようなのじゃ、春水はるみさん」

「私も秋土あきとの話を聞いて、お名前でお呼びすることにしました」

 日和ひよりは、春水はるみにも笑顔でうなずいた。

 日和ひよりは本当に嬉しかった。もう、それだけで春水はるみ秋土あきとと友達になれた気がした。

日和ひよりちゃん! これ!」

 秋土あきと日和ひよりに一枚の用紙を差し出した。

「クラブへの入部申請書だよ」

「入部申請書?」

「うん。とりあえず、転校生には全員に配っているんだ。特に入りたいクラブが無ければ提出する必要は無いけど、どこか入りたいクラブができたら、これに必要事項を書いて、僕に提出してもらえれば良いから」

「わ、分かったのじゃ」

「テニス部も、今、女子部員を絶賛大募集中だから、考えてみてよ」

秋土あきと! 早くも職権乱用ですか?」

 穏やかな表情のまま秋土に異議を申し述べた春水はるみが、優しい視線を日和ひよりに送った。

日和ひよりさん。私が所属している美術部でも部員募集中ですよ。絵や彫刻に興味があるのなら、ぜひ美術部へ」

「う、うん」

 運動音痴な日和ひよりが、テニス部よりは美術部の方が性に合ってるかもと考えていると、教室の後ろの入口から、夏火なつひが大股で教室に入って来て、日和ひよりの後ろの席に座った。

「おっす!」

「おはよう」

「おはようございます」

 秋土あきと春水はるみ夏火なつひに挨拶を返した。

 日和ひよりも後ろを振り向き、挨拶をしようとしたが、夏火なつひの顔を見ると、ひるんでしまった。

日和ひより! おっす!」

 ふざけているように、夏火なつひがニヤニヤしながら、日和ひよりに言った。

「お、おはようなのじゃ」

「えっ、聞こえねえよ!」

「お、おはようなのじゃ!」

 日和ひよりは自分が出せる一番の大声で叫んだ。

「それでちょうどじゃねえかよ。もっとはらから声出せよ」

「おなかから?」

「ああ、はらから声が出るようになったら、うちのバンドのコーラスにでも入れてやるよ」

「バンド?」

 そう言えば、今日も夏火なつひはギターケースを持って来ていた。

「おお! 何だ、お前、クラブに入るつもりなのか?」

 夏火なつひは、日和ひよりが手にしたままだった入部申請書を見ていた。

「こ、これは、さっき、秋土あきとさんからもらったのじゃ」

「何だよ、秋土あきと! 早速、テニス部に勧誘してるのかよ? テニス部なんて、もう部員がいっぱいいるだろ? 弱小クラブの軽音楽部に、ちったあ回してくれても良いだろうが!」

 日和ひよりは、夏火なつひが本気で怒っているようにしか見えなかったが、秋土あきとは、慣れているのか、表情を変えることはなかった。

「それは、日和ひよりちゃんが決めることだよ」

「それはそうだが」

「それより、夏火なつひは、日和ひよりちゃんのことを、早くも呼び捨てか?」

 夏火なつひから呼び捨てにされたことに、やっと気づいた日和ひよりだった。

「俺は、誰も差別することなく、女は、全員、呼び捨てにしてるだろ?」

夏火なつひ。昨日は、日和ひよりさんのことを、『お子ちゃま』とか呼んでいたのに、今日は、女性として認めているのですね?」

「お、お子ちゃまでも、女は女だからな」

 春水はるみの冷静な突っ込みに、夏火なつひも少し動揺しているようだった。

 間もなく、冬木ふゆきが本を読みながら、教室に入って来た。

「おはよう」

 視線は手元の本から動かさず、冬木ふゆきは、席に座りながら、誰にともなく挨拶を言った。

 しかし、春水はるみ夏火なつひ秋土あきととも、それぞれの口振りで挨拶を返した。冬木ふゆきのこの態度もいつものことのようだ。

 日和ひよりも負けずに挨拶を返そうとしたが、その前に、冬木ふゆきは前を向いて座ってしまった。

冬木ふゆき!」

 秋土あきと冬木ふゆきの背中に呼び掛けると、冬木ふゆきは面倒臭そうに振り向いて、秋土あきとを見た。

「何だ?」

「僕達は、今、日和ひよりちゃんにクラブの勧誘をしているのだけど、科学部は募集していないのか?」

「していない」

 秋土あきとの問いに即答すると、冬木は、すぐに前を向いた。

「相変わらず、愛想が無い奴だな。日和ひよりちゃん、気にしないでね」

 冬木ふゆきの無愛想な態度に日和ひよりが気分を害したと秋土あきとは考えたようだが、全然、そんな気にはならなかった日和ひよりは、逆に冬木ふゆきに申し訳無く思ってしまった。

「わらわは、頭が悪いゆえ、理科や科学は苦手なのじゃ。もし、科学部に入っても、冬木ふゆきさんに迷惑を掛けてしまうのじゃ」

 日和ひよりの言葉が聞こえたようで、冬木ふゆきはゆっくりと振り返り、日和ひよりの顔を見た。

「では、何が得意なのだ?」

 冬木ふゆきから真顔で訊かれて、尋問されているような気がした日和ひよりであった。

「あ、あの、国語と古文であれば……」

「そうか。さすがは、卑弥埜ひみのの姫だな」

 卑弥埜ひみの家は、確かに日本古来から続く名家であるが、その家の者であるからと言って、国語と古文が得意な理由にはならないはずだ。

「いや、国語と古文以外の成績が、恐ろしく酷いだけなのじゃ」

「そんなことまで正直に話す必要はない」

 日和ひよりの答えが面白かったのか、冬木ふゆきは、くすりと笑った。

 いつも難しげな本を読んでいて、冷静沈着でクールな雰囲気の冬木ふゆきも笑うことがあるのだと、日和ひよりは思った。

「まあ、科学部に入れば、卑弥埜ひみのが理科を好きになるまで、自分が教え込んでやろう」

 黒板を前に難解な数式をよどみなく唱えている冬木ふゆきの姿が頭に浮かんだ日和ひよりは困ってしまった。

「わ、わらわが理科が好きになる頃には、冬木ふゆきさんは、きっとお爺さんになっておるのじゃ」

 日和ひよりまわりで笑いが起きた。

「わ、わらわは、何か変なことを言うたか?」

 日和ひよりは、別にみんなを笑わそうと思っていた訳ではなく、理科が好きになることは、きっと死ぬまで来ないと本当に思ったから言っただけであった。

日和ひよりちゃんは、姫様ならではの天然というか、素直というか、話してると、何か面白いね」

 秋土あきとと同じ感想を、他の三人も持ったようだった。



 その日の授業がすべて終了して、最後のホームルームも終えると、号令に従って、生徒が一斉に立ち上がり、解散となった。

日和ひよりちゃん」

 日和ひより秋土あきとの顔を見つめた。

「転校生がクラブ見学に来るかもしれないってことは、全部のクラブに周知しているから、これから、各クラブを見学に回ってみなよ」

「わ、分かったのじゃ」

「もちろん、テニス部でも待ってるよ。それじゃ!」

「う、うん」

 秋土あきとは、爽やかな笑顔を残して教室を出て行った。

日和ひより!」

 秋土あきとが出て行ったのを見計らったように、今度は、夏火なつひ日和ひよりを呼んだ。

 日和ひよりが振り向くと、既に立ち上がって、ギターを背負っている夏火なつひがにやにやと笑っていた。

日和ひよりは、何か楽器はできるのか?」

「ピアノくらいなら」

「ピアノ? クラシックか?」

 日和ひよりは、こくりとうなずいた。

和音コードのこととか分からねえか?」

 日和ひよりは、首をブルブルと横に振った。

「まあ、ピアノをやってたということは、基礎はできているはずだから、いつでもキーボードでバンドに入れてやるぜ」

「たぶん、無理じゃ」

「最初から諦めてどうするんだよ?」

 日和ひよりが無理だと思ったのは、バンドでキーボードができるかどうかより、ずっと夏火なつひと同じ部屋にいることだった。

「軽音楽部の部室は、新校舎の一階の端っこにあるから、とりあえず見に来いよ」

 行かないとは言えず、とりあえず、こくりとうなず日和ひよりであった。

 夏火なつひが去って行くと、今度は、春水はるみが席を立った。

日和ひよりさん」

 日和ひよりは、春水はるみの顔を見上げた。

「美術部は、新校舎の一階で、軽音楽部と反対側にある美術室で活動をしていますから、お暇があれば、ぜひお立ち寄りください」

 日和ひよりうなずくのを確認すると、思わず見とれてしまうような微笑みを残して、春水はるみも教室から出て行った。

卑弥埜ひみの

 今度は、前の席の冬木ふゆきが立ち上がって、日和ひよりを見ていた。

「朝は、ああ言っていたが、科学は面白いぞ。自分は、神術の仕組みを科学で解明できないかと密かに研究をしているのだ」

「そ、そんなことができるのじゃろうか?」

「できるかどうかは分からない。しかし、普通科の部員には神術の何たるかは明らかにできないから、クラブの時間を利用して、自分が一人で密かに研究しているのだ。卑弥埜ひみのも関心があれば、新校舎一階にある理科実験室に来てみてくれ」

 日和ひよりが、こくりとうなずくと、冬木ふゆきも教室を出て行った。

 まわりの四人が去って行くと、日和ひよりは、やっと帰る準備に取り掛かった。

 手先は器用なのに、段取りが悪い日和ひよりが、モタモタと鞄に教科書を詰め込み終えると、教室を出て、廊下で待っていた真夜まやと合流した。

「おひい様、今日もお疲れ様でした。それでは、帰りましょうか?」

真夜まや! 真夜まやは、クラブに入らないのか?」

「クラブですか? 特に入るつもりはありませんが、おひい様は、どこかのクラブに入りたいのですか?」

「入りたいクラブは今のところ無いが、四臣家よんしんけの皆さんから、クラブ見学に来るように誘われたのじゃ」

「なるほど。クラブに入って、広く、人とのつき合いをすることは、おひい様にとって、良きことかもしれませんね。とりあえず、見学に行ってみますか?」

「そうじゃの。せっかく、誘ってくれたのに行かぬのは申し訳ないからの」

 男の子から絡まれることは、まだ慣れてないくせに、仁義は欠かさない日和ひよりであった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ