第五十三帖 姫様、デート前夜に想いをめぐらす!
十一月の金曜日の朝。
通学路にも銀杏の落ち葉が舞い散って、道路は一面、黄色い絨毯のようになっていた。
日和は、今週から、朝、四臣家の四人と順番に登校していて、金曜日の今日は、今までどおり、真夜と一緒に登校していた。
「結局、また日曜日ごとにデートをすることになったのですか?」
「そうなのじゃ。今度の日曜日は秋土さん、それから夏火さん、春水さん、冬木さんと続くのじゃ」
朝、一緒に登校すると決めた順番で週末ごとのデートの予定も入っていた。四人とも、日和と一緒に登校した時に、即、デートの予定を入れたのだ。
「顔色が冴えぬようですが、本当は行きたくないのですか?」
「いや、そう言う訳ではないが、何と言うか、プレッシャーが掛かってしまって……」
「プレッシャーですか?」
「うん。あの四人と一緒に遊びに行くことは楽しいのじゃ。でも、必ず答えを出さなくてはいけないとなると、楽しめるのじゃろうかと思っての」
日和が言う「答え」とはもちろん「恋人にするのは誰か」と言うことだ。
「その答えは慌てて出す必要はないと思います。例えば、高校を卒業してからでも、成人してからでも良いと思います」
「そこまで四人を待たせても良いのじゃろうか?」
「四人とも慌てないと言っておられましたし、おひい様の答えを待てないということは、おひい様の恋人になることを自ら辞退したということです」
「それで良いのじゃろうか?」
「卑弥埜の姫であるおひい様とおつき合いをすると言うことは、結婚が前提です。だから、他の神術使いの家からも注目されるはずで、とりあえずカップルになってみたという訳にはいかないでしょう」
卑弥呼の時代から連綿と続いている卑弥埜の家の跡取りが日和しかいないという家系断絶の危機に陥っていることは明らかであり、日和の去就は否応なく注目の的なのだ。
「いつまでも待たせる訳にいかないという考えは捨てて、慎重に時間を掛けて考えるべきだと思います」
その言葉に自分の希望も入っていることを、真夜は気がついていた。
「そうじゃな」
人見知りな日和が四人もの男子から告白されたことは、祖母の伊与も想定外だったようだが、自分がしっかりとしている間に、ひ孫の顔を見たいと願っていた伊与も喜んでいた。
伊与の想いを考えると、相手を決めるのは早い方が良い。
しかし、真夜が言うように、拙速に決めることではない。
卑弥埜の姫としての立場と、一人の女の子としての想いとのジレンマで、日和は悩んでいた。
教室に入ると、今日は四人が揃って席に着いていた。
さすがに告白後、初めての登校日には、ぎこちない雰囲気が日和と四人の間に漂っていたが、翌日からは、いつもの雰囲気に戻っていた。
「日和ちゃん、明後日はよろしくね!」
秋土は本当に嬉しそうだった。
「よ、よろしくなのじゃ」
「どこに行くんだよ、秋土?」
「秘密だよ。敵に情報を与えるほど、僕もお人好しじゃないからね」
「でも、秋土。約束は守ってくださいね」
春水が、穏やかな表情ながらも真剣な眼差しで秋土を見た。
「分かってる。日和ちゃんが嫌なことは絶対にしない! だろ?」
「自分や春水、秋土は大丈夫だろうが、夏火が心配だな」
冬木が腕組みをして、日和越しに夏火を見た。
「おい! どう言う意味だよ、そりゃあ?」
「既成事実を作ろうなどと強引なことはしないようにな」
「しねえよ! 俺だって約束は守る! だって、日和に嫌われたくないからな!」
日和が振り返えると、夏火はじっと日和を見つめていて、その真剣な表情を見つめることが恥ずかしくなった日和は、また正面に向いた。
「とにかく!」
秋土の声に、みんなが注目した。
「前回と同じように、みんな、手を繋ぐところまで! それ以上は、日和ちゃんの許可なく絶対にしないこと!」
「誓います!」
春水がすぐに右手を挙げて、日和に誓った。
「俺も誓う!」
「自分も誓う!」
みんなの宣誓を聞いて安心したかのように、秋土も右手を挙げた。
「もちろん、僕も誓う!」
その日の放課後。
手芸部の活動も終わり、日和と和歌は一緒に新校舎を出て、校門に向かった。
「ところで部長?」
「何じゃ?」
日和が和歌を見ると、その顔はにやついていた。
「また、四綺羅星の皆さんとデートするんですか?」
「……相変わらず地獄耳じゃな」
「と言うより、普通科でも知らない人はいませんよ。夏休みにデートしたことだって、あっという間に広まったんですから。今や部長も注目の的ですよ」
「そ、そうなんじゃ」
普通科の女生徒にも人気が高い四綺羅星こと四臣家の四人には、今まで特定のガールフレンドはいなかった。次々と別の女の子とデートをしているところを目撃されていて、プレイボーイとの噂が立っていた夏火でさえも特定の彼女はおらず、しかも、夏休みに日和とデートをしてからは、そんな目撃もされなくなっていた。
日和が神術使いの頂点である卑弥埜の姫様だということを知らない普通科の生徒達が、そんな四人から同時に告白された日和に注目しない訳がなかった。
「わらわは、普通科では、どう言う風に思われておるのじゃろう?」
「イケメン四人を手玉に取る小悪魔でしょうか?」
「ほ、本当か?」
「嘘ですよ~。でも、ちょっと言いづらいですけど、どうして一人くらい梨芽先輩を選ばなかったんだろうって不思議がってました」
言いづらいと言いつつ、しっかりと言っている和歌だが、逆に嘘が吐けない信頼できる後輩であった。
「わらわもそう思うのじゃ」
色白で金髪の日和は、それなりに目立っていたが、美貌もスタイルも真夜の方が圧倒的に勝っていることは、誰の目にも明らかなことだ。
「でも、部長って、何か助けたあげたいとか、どうにかしてあげたいって思うんですよね」
日和は、後輩からそう思われるのはどうかとも思ったが、真夜にも似たようなことを言われたことを思い出した。
(わらわがしっかりしておらぬから、いつも、みんなに心配を掛けておるのかのう?)
そう思い、少し落ち込んだ日和であった。
校門の所まで来ると、いつもどおり、真夜が待っていた。
「梨芽先輩、こんばんは!」
「こんばんは、和歌殿」
真夜ともすっかり友達になっている和歌も一緒に、三人で歩き出した。電車通学の和歌とは最寄りの駅に向かう分かれ道まで一緒に帰ることが多かった。
「ところで、梨芽先輩」
「何ですか?」
「ひょっとして、梨芽先輩は男嫌いですか?」
和歌の、いきなりかつストレートな問いに、真夜も一瞬固まってしまった。
「……それは、どう言う意味でしょうか?」
「梨芽先輩なら絶対男子にモテモテなのに、うちの部長と違って、男子とデートしているところを目撃されたことがないじゃないですか」
「拙者は和歌殿が言うほどモテません」
「そんなことないですよ! 私が文化祭の時に撮った、梨芽先輩のメイド姿の写真、今でも買いたいって言う男子が後を絶たないんですよね」
「買いたい?」
「あっ! な、何でもないです……」
自他共に認める、隠し撮りのスペシャリスト和歌でなら、真夜の魅力を余すことなく詰め込んだ写真が撮れているのであろう。
「のう、和歌ちゃん?」
それまで真夜と和歌の話を黙って聞いていた日和が、笑顔で和歌に話し掛けた。
「真夜は本当に綺麗じゃろう?」
「はい! あっ、綺麗すぎて、男子が近寄りがたいのでしょうか?」
「それはあるかもしれぬの。でも、和歌ちゃんも知っているとおり、少々言葉はきついが冗談も言うし、話をしても面白いのじゃ。真夜がつんつんして話しづらいなどという誤解があるのなら、和歌ちゃんからも否定しておいてほしいのじゃ」
真夜と友達になりたいと思っている生徒は男女を問わず大勢いるはずだが、真夜は積極的に友達作りをしなかった。日和は真夜にも友達をもっと作ってもらいたかった。
「拙者のことは、おひい様がご心配なさることではありませぬ」
「心配することじゃ!」
自分だけが日曜日に遊びに行くことを心苦しく思っていた日和は、真夜にもお出掛けしてもらいたいと考えた。
「真夜! 今度の日曜日、和歌ちゃんと一緒に遊びに行ったらどうじゃ?」
「部長! いきなりそんなことを言われても、私だって予定がありますよ」
「そ、そうじゃったな。すまんかった。和歌ちゃんだって、いろいろと忙しいはずじゃの」
「そうですよ。でも次の日曜日は、たまたま空いてます」
「……そうなのか?」
「はい! たまたまです。ちなみにその次の日曜日も空いてます。その次の次も」
「ま、真夜! いかがじゃ? わらわは秋土さんと出掛けるから、真夜も息抜きをしたら良いのじゃ」
「私も写真を撮りまくります!」
「い、いや、そ、その」
珍しく真夜が言い淀んでいた。
「どうしたのじゃ? お婆様から何かつまらぬ用事でも押し付けられているのか?」
「いえ、伊与様は、その日、所属しているゲートボールチームで殴り込みに行くとおっしゃておられましたので」
「ならば、ますます良いではないか! 本当に息抜きをすれば良いのじゃ!」
「買い物に行こうかと思ってまして……」
「和歌ちゃんと一緒に行けば良いではないか」
「……実は」
真夜は、恥ずかしげに顔を赤らめた。
「葵殿と約束をしております」
「葵さんと?」
「はい。洋服を買うのでアドバイスをしてほしいと言われて」
春水の家で行われたパーティで、真夜に密着するようにして葵が話をしているのを日和は思い出した。
「そうか。では、和歌ちゃんとのお出掛けは、また時期を見てからじゃの。でも水臭いの、真夜! 葵さんとそういう約束をしていたのなら、言ってくれたら良いのに」
「い、いえ、伊与様もおひい様もお出掛けされるので、お伝えしなくても良いかと考えていたのです」
日和は、真夜が葵と一緒に出掛けることを、どうしてそんなに恥ずかしがらなければいけないのか分からなかった。
翌日の土曜日の夜。
明日は、秋土と二回目のデートをする日だった。
どこに行くのか? 何をするのか? まったく何も知らされていなかったが、不安はなかった。
日和は、明日、着ていく服をクローゼットの中から選んでいた。
鼻歌が自然に出ているのに気がついた。
あの四人といると楽しい。明日の秋土とのデートもすごく楽しみであった。
もちろん、その後に控えている、夏火、春水、冬木とのデートも同じくらい楽しみにしていた。
今の状態がずっと続けば良いと思っていた。
しかし、それは許されなくなった。
日和に突き付けられた、四人のうち一人を選ばなければならないという決断。
それは友達から恋人になるためには避けて通れないことだ。分かってはいたけれど、いざ、その時になると心が苦しい。
自分を好いてくれているのに、四人のうち三人は、その気持ちを受け入れないということが申し訳無いと思った。
しかし、そう思っているのは、まだ、特定の一人が決まっていないからで、もし、四人のうち恋人にしたいという一人が決まったら、その一人のことしか見えなくなって、他の三人を思いやるような気持ちは消えてしまうのだろうか?
日和の母親は父親と恋に落ちると、周囲の反対を押し切って結婚をした。それは、父親以外の男が見えなくなっていたのではないだろうか?
だとすると、娘の日和もそうなるかもしれない。
などと、つらつらと考えながら、明日、着ていく服が決まると、日和は布団にゴロンと横になった。
天井から優しい光を照らしている電灯をぼんやりと見つめながら、日和は四人の顔を思い出した。
(わらわは四人のうち、既に誰か一人が好きなのじゃろうか?)
ふと、そんなことを思ったが、「いない」という答えがすぐに返ってきた。
それでは、四人のうち、誰と一番親しくなりたいと思っているのか、考えてみた。
これからデートをする順番に相手の顔を思い起こしてみた。
秋土は、文武両道の爽やか男子だ。
クラスでは、冬木に次ぐ学力を誇っているし、運動神経は四人の中でピカイチである。
そして、日和が「正義の味方」と呼ぶほどに、真面目で真っ直ぐな性格をしている正義漢でもある。
勉強にもクラブにも一生懸命取り組む真摯な姿勢と、何事にもリーダーシップを発揮して、率先して実行する力は、人を惹きつけてやまない魅力となっている。
夏火は、熱いハートを持ったロック男子だ。
勉強はあまり得意ではないが、運動神経は秋土の次に良い。
そして、バンドをしている時や音楽のことを語っている時の夏火の瞳は、子供のようにキラキラと輝いている。
軽音楽部のバンドメンバーを引っ張って行くだけのパワーを持ち、自分の感情を音楽にも相手にもストレートにぶつけることができる永遠の少年のような魅力を持っている。
春水は、優しく繊細で美しい芸術系男子だ。
とにかく、女子を魅了してやまない美しい容姿。物腰も優しくて、女性を大切にすることにかけては四人の中で一番であろう。
そして絵画に取り組む姿勢とその才能は、将来の大器を感じさせる。高校生美術展で金賞を取ったことはまぐれではないだろう。
冬木は、秀才だが素朴で純粋な男子だ。
学校一の学力を誇っているが、見た目ほど冷徹ではなく、意外と人情にもろいところがある。
将来は、日本を代表する科学者になるかもしれず、実際、研究をしている時の集中力は一切の邪念を寄せ付けないほどだ。
研究に集中しすぎて、それ以外のことが目に入らなくなることがあるが、逆に考えると、彼女となった女性以外の女性には目もくれない一途さを持っていそうだ。
四人には四人なりの良さがあった。
(どうやって一人を選べば良いのじゃろう?)
自分がその人の近くにいて、どれだけ嬉しいのか?
その人と見つめ合っていることが幸せと感じられるのか?
(きっと、まだ、一緒にいる時間が足りてないのじゃろう)
だから、これから時間を掛けて確かめれば良い。
前回のデートは、友達としてだった。
しかし、今回は、日和に対して好きだと告白をしてから初めてのデートだった。
言うなれば、たった一人の相手を選ぶためのプレゼンテーションとして、四人からは、いろんなアプローチがされるはずだ。
すべては日和の愛情を独り占めするために!
(わらわが卑弥埜の跡取りでなければ、こんなに悩むことはなかったのじゃろうか?)
目を閉じて、いろいろなことを考えていた日和は、いつの間にか眠りに落ちていた。
「ここは?」
日和は見渡す限りのお花畑の中にいた。色取り取りの花が咲き乱れる草原で、四方とも地平線までその景色が続いていた。
日本にそんな景色があるとは思えなかった。
「これは、きっと夢じゃな」
思いの外、冷静な自分が分析をした。
ぼ~っと景色を見つめていると、後ろから誰かに腕を引っ張られた。
そしてそのまま、その男の子に正面から抱きしめられた。
男の子だと分かったのは、日和よりかなり身長が高く、何よりもその者が神術学科の男子の制服を着ていてからだ。
顔が影になっていて、誰なのか分からなかった。
男の子が、日和の顎をくいっと持ち上げるようにして、日和を上向かせると、ゆっくりと顔を近づけて来た。
(か、顔が近い! これって……)
その男の子の顔がすぐ近くにあったが、日和に嫌な気持ちはわき起こらなかった。
「そなたは誰なのじゃ?」
鼻が触れるほど近くにいるのに、まったく顔が分からない男の子に日和が訊いた。
日和の問いに男の子は名乗った気がしたが、日和にはそれが聞き取れなかった。
「好きだよ」
その言葉は、日和の心を打ち抜いた。
「わらわも好きじゃ」
自然とその言葉が出た。
微笑んだ男の子の唇が、日和の唇と重なった。
目が覚めた時、辺りはまだ暗かった。
時計を見ると午前三時。
胸がドキドキと高鳴っていた。
顔が赤いのが分かった。
(今のは何じゃ?)
男の子とキスをする夢など初めて見た。
相手は四臣家の中の一人だと「分かった」が、誰かは分からなかった。
(こ、こんな夢を見るなんて、わらわは、ふしだらな女になってしもうたんじゃろうか? ……違う! わらわは、四人みんなとキスをしたいのではない! わらわは……)
そう! 自分がキスをしたいのは、たった一人!
それは……。
自分でも気づかない深い意識の底で、日和はその一人を選んでいるのかもしれなかった。
確かに、日和の頭の中にも、四人のうちの一人の姿が見えていた。
しかし、それが誰なのか、やはり分からなかった。
これから、四人と順番にデートをすることになっている。
(確かめるのじゃ! 自分の本当の気持ちを! わらわが本当に恋をしているのは誰かを!)




