第五十二帖 姫様、四人との新たな関係が始まる!
「春水から聞いたところによると、四人が日和さんとゆっくり話ができるのは、教室にいる時くらいしかないみたいじゃない?」
葵が四人を見渡した。
「まあ、日和も俺達も別々の部活してるし、帰りの時間もバラバラだからな」
「朝は?」
「朝は、真夜と一緒に来てるし」
夏火の言葉に、あとの三人もうなづいた。
葵は、何かを思いついたようで、事情がよく分からず、半ば呆然と立ち尽くしていた美術部の生徒達に近づいた。
「ごめんなさい。これからちょっと神術学科の事情に関係する込み入った話をするから、あっちの部屋で、ちょっと待っててくれる?」
美術部の生徒達は、葵の言葉に素直に従って、会場から出て行った。
あとに残ったのは、葵と神術学科の生徒だけになった。
「真夜さんは、毎朝、日和さんと一緒に登校する必要はあるのかしら?」
葵の問いに、四臣家の四人が真夜を見つめた。
「登下校は、一番、狙われやすい時です。実際に襲撃もされました。おひい様の護衛を仰せつかっている拙者がおひい様と一緒に行かないということはあり得ません!」
「でも、聞くところによると、欧州魔法協会とも和解して、それで劣勢になった守旧派も鳴りを潜めているそうじゃない?」
「そ、それは、そうですが……」
実際、夏休み以降、日和に対する不穏な動きはまったく見られなかった。
「さっき、夏火が言ったみたいに、帰りの時間は、みんなのクラブが終わる時間がバラバラだし、最近は暗くなってきて、痴漢とかひったくりとかが出てこないとは限らないから、今までどおり、真夜さんが一緒にいてくれた方が良いかもね」
「はい!」
真夜が大きく返事をした。
「でも、朝は、もう良いんじゃない?」
「し、しかし」
「この四人も相当な神術使いだと思うけど?」
「そ、それは認めます」
一緒に欧州にまで乗り込んだ四人の実力は、真夜も認めざるを得なかった。
「それに朝だと、待ち合わせをすれば、真夜さんじゃなくても一緒に登校できるはずでしょ?」
「……」
「どうかな、みんな?」
葵が四臣家の四人に尋ねた。
「四人が日和を取り囲んで一緒に登校するってことか?」
「まあ、それでも良いし、曜日ごとに交替で一人ずつ、一緒に登校するかだね」
「僕は、交替でも良いから、日和ちゃんと二人きりで登校したいな。例の公園から学校まで歩いて十五分ほどだけど、その時間、ずっと日和ちゃんと話ができるのなら、例え週一だとしても、いろいろと話せるような気がするし」と秋土。
「そうだな。夏休みに一緒に遊びに行ったときも、まだ話し足りないと感じていたからな。一日十五分でも貴重な時間のような気がする」と冬木。
春水もその笑顔から、朝、交替で登校することには賛成のようだったが、夏火が少し不満げな顔をしていた。
「朝だけなのかよ? 休日はどうすんだよ? こうやって、みんな告白したんだから、堂々とデートに誘うこともできるはずだろ?」
「そうですね。日和さんが行きたくないのなら仕方ありませんが、お誘いすることは自由にできるはずですよね?」
「それじゃあ、朝、一緒に登校をしている時に、早い者勝ちで予定を入れちゃう?」
葵の提案に、日和は焦った。
「待ってたもれ! 誘われると、きっと、わ、わらわは断れないのじゃ」
「嫌じゃなかったら、行けば良いんじゃない?」
「ち、違うのじゃ! も、もし、ある人から毎週デートをしようなんて言われたら、わらわは何と答えたら良いのじゃ?」
「そんな独占欲の塊のような奴はいないと思ってるんだけどなあ?」
秋土の言葉に、ほかの三人も「そうはそうだ」と納得しているような顔はしていたが、何だか腹の探り合いをしているような目でお互いを見つめ合った。
「何か、いきなり修羅場になりそうだね。じゃあ、こうしよう! 基本、デートは一人四週間に一回だけ! みんなに均等にチャンスを与えないとね」
「デートも月に一回かあ」
「一度に四人も彼氏に立候補したのですから仕方無いですよ」
「それで、それをいつまで続けるんだ?」
「日和さんが決めるまでですよ。誰か一人とはもうデートはしないとか、逆に一人だけデートをするとか、日和さんが決めたことには、けっして文句は言わずに、そして恨み辛みは言わない。こう言うことでいかがですか?」
「何だか余裕だな、春水?」
冷静に仕切る春水に夏火が疑いの眼差しを向けた。
「そんなことありませんよ。ただ、日和さんにはご負担をお掛けしないようにしたいのです」
今まで、葵と四人のやりとりを黙って聞いていた日和は、真夜の顔を見た。
「真夜! どうしよう?」
「拙者もこれ以上反論できませぬ。おひい様が、この四人と一緒に登校することが、どうしても嫌だと申されるのであれば、拙者も全力で反対をいたしますが?」
「どうしても、嫌……と言う訳ではない」
四臣家の四人との間には、既に人見知りの垣根は無くなっていたが、この四人と一緒に登校するという新しいことをするのが不安であっただけなのだ。
「それじゃあ、来週の月曜日から早速、一緒に行く? 日和さん、どうかしら?」
「わ、分かったのじゃ」
「日和さんの許可が出たわよ。じゃあ、誰から行く?」
「もうジャンケンしかないだろ!」
夏火の提案で、すぐにジャンケンが執り行われた。
その結果、月曜日に春水ということになったが、スプリングウォーターズのメンバーにあらかじめ説明しておかなければいけないということで、秋土と交替をしたことから、最終的には、月曜日は秋土、火曜日は夏火、水曜日は春水、木曜日には冬木と決まった。そして金曜日は今までとおり、真夜と一緒に登校することになった。
葵のリードでどんどんと進んでいった話に、日和と真夜は口を差し挟むことができなかった。
再び、美術部の生徒が部屋に戻って来て、パーティが再開された。
告白の後だけに、四臣家の四人も気軽に日和に話し掛けづらくなったのか、四人ともが、普段はあまり話すことのない普通科の生徒である美術部員との話に混じっていた。
美術部の部員達も、あえて、告白の話には触れないようにしているようだ。
日和は、春水の受賞をお祝いするはずのパーティで、まさか自分のことが半ば半強制的に決められてしまうなど思ってもいなかったことから、すごく脱力して、壁際に置かれた椅子の一つに座り込んでしまった。
麗華とさゆみが日和の両隣に座った。
「卑弥埜様、何だかすごいことになってしまいましたね」と麗華。
「でも、卑弥埜様は、本当に誰のことが一番好きなのか、自分でお分かりになっていないのですか?」
さゆみの質問に日和は「そうじゃ」と答えた。
実際にそうだった。
今の日和の気持ちを正確に表すとしたら、「みんな、好き」と言うことだった。
もっとも、日和の「好き」は、男子の友達の中では抜きん出て仲が良いということで、葵が言ったように、異性として身も心も委ねることができるという意味ではなかった。
「わらわは、まだ、この四月に転校してきて、あの四人と初めて会ったのじゃ。まだ、八か月しかつき合っておらぬ。それも友人としてじゃ。恋愛経験が豊富だったら、誰が自分に一番合っておって、誰のことが本当に好きなのかは、すぐに分かるのかもしれぬが、わらわには分からぬ」
麗華もさゆみも、日和に対する適切なアドバイスが見つからなかったのか、しばらく無言で日和を見つめた。
しばらくしてから、麗華が姿勢を正して、口を開いた。
「でも、卑弥埜様。ワタクシや秦さんのことを思って、春水様を選ばないということはしないでくださいませ。もし、卑弥埜様がそう言うことをされたら、ワタクシ達はますます惨めになってしまいます」
「そ、そんなことを言わないでたもれ」
「いえ。あの四人は、卑弥埜様については、絶対に譲らないとおっしゃっていました。でも、それで、あの四人が仲違いをすることはないと思います」
「それは私も同じ意見です。だから、卑弥埜様もご自身の気持ちだけを考えて、選ばれるべきです」
「そうですね。だから、秦さん」
日和越しに、麗華がさゆみを見た。
「ワタクシ達も誓いませんか? もし、卑弥埜様が春水様を選べば、ワタクシ達は心から祝福をすると」
「ええ、異議ありません」
「そして、もし、卑弥埜様が春水様を選ばなかったとしたら、ワタクシは、再度、春水様に交際を申し込みます」
「私もです」
麗華とさゆみは穏やかな表情のまま、その目から火花を散らしていた。
「でも、ワタクシは卑弥埜様が春水様を選ばれるように応援します」
「不本意ですが、私もそうします」
「そ、そなたら、……どうしてじゃ?」
「卑弥埜様なら負けても悔しくないからですわ」
「ええ、私も同意見です」
「と、とにかく、二人の意見は分かったのじゃ!」
日和は、二人から発せられる威圧感に押し潰されそうになった。
「麗華さんの言ったとおり、わらわは二人のことは考えないようにする。確かに、そんなことを考えるのは二人に対して失礼じゃ」
会場の入口に近い壁際に、真夜と葵が並んで立っていた。
「ごめんね、真夜さん」
「何でございましょう?」
「日和さんとの仲を引き裂くようなことしちゃって」
「せ、拙者とおひい様は、そのような仲ではございません」
「でも、月曜から木曜日までの朝は一緒に登校できないってなった時、真夜さん、すごく寂しそうな顔をしたよ」
「そ、それは、拙者自身が護衛の任を果たすことができなくて、申し訳ない気持ちになっただけでございます」
「そうかなあ?」
「そうでございます! それに、おひい様が学校に行きだしたのは、よき伴侶となる方を探すためでございます。四臣家の方々の告白は確かに唐突でございましたが、おひい様にとって、よきお話であることが紛れもない事実。拙者がどうのこうのと申すことはございません」
「相変わらず優等生的な答えね」
葵は小悪魔的な笑顔を見せると、自分よりも身長が低い真夜の肩を抱いて、自分に近づけた。
「な、何を?」
真夜は焦って、葵の顔を見た。
「前にも言ったでしょ? 私、真夜さんに興味があるって」
「……」
「ねえ、真夜さんは、今まで本心を誰かに言ったこと、ある?」
葵は、更に顔を真夜に近づけて、囁くような声で訊いた。
唐突な問いに真夜も葵の真意を測りかねて、すぐ近くにある葵の顔を見つめた。
「どう言う意味でしょうか?」
「そのままの意味なんだけど。そう言うことを訊いてくるということは、まだ本音で話していないってことだよね」
「意味が分かりませんが」
「じゃあ、まず、私が自分の本心をぶっちゃけるよ」
葵は、微笑みを浮かべて、真夜の腕を取った。
「私はね、真夜さんと恋人になりたいなって思ってるんだよ」
いつも冷静沈着な真夜も、この時ばかりは動揺せざるを得なかった。
「こ、恋人とは、な、何を言われているのですか? 拙者をからかっておられるのですか?」
顔を赤くしながら真夜は葵を睨んだが、すごく近いところに葵の顔があって、焦って顔を少し引いた。
「本気だよ。前にも言ったと思うけど? 私は、自分で興味が湧いた人であれば、相手が男でも女でも気にしないの」
「確かに聞きましたが、それは拙者にも当てはまるのですか?」
「ふふふふ、真夜さん、今、ちょっとだけ本心が出たかな?」
「えっ?」
「自分は男でも女でもない、中途半端な存在なんだと思ってるんでしょ?」
「……自分で選んだ道でござる」
「違う違う! 真夜さんの覚悟を訊いてるんじゃない! 自分をどんな存在だと思っているのかを訊いているの」
「……葵殿がおっしゃったとおりなのでしょう」
「私は確かにそう言ったけど、私がそう思っている訳じゃないからね」
「……」
「真夜さんは中途半端な存在なんかじゃない! 少なくとも私はそう思っているよ」
「……ありがとうございます」
「……座ろうか」
葵は真夜の手を引いて、壁際に並べられている椅子に座り、真夜がその隣に座った。
真夜の目線の先には、麗華とさゆみの間に座っている日和がいた。
「真夜さん」
「はい」
真夜が隣の椅子に座っている葵を見ると、葵は日和の方を見つめていて、その横顔を真夜に見せていた。
「日和さんが将来の結婚相手を選ぶ時が、こんなに早くやって来るとは思ってなかったでしょ?」
「……思っていたよりも早く来たということは事実でございます」
「日和さんが、あの四人の中から一人を選べば、もう日和さんは、その人と離れないでしょうね。日和さんって尽くすタイプって感じがするから」
「……そうだと思います」
「真夜さんは、そうなってからはどうするの?」
「現当主の伊与様のお世話もしなければいけません。もし、おひい様にお子様がお生まれになったら、育児のお手伝いもさせていただきたく思っております」
「私の質問は、あなた自身の幸せは求めないのって言うことだけど?」
「拙者は梨芽家の者。卑弥埜家に仕えることがすべてでございます」
「だから! それがあなたのお仕事でしょ? 封建時代じゃないんだから、あなたの人生のすべてを捧げよと言っている訳じゃないんでしょ?」
「そ、それはそうですが……」
「ずっと一人でいるつもり?」
「一人ではございません! 卑弥埜家の方々が、拙者にとっての家族でございます!」
「ふふふ、頑固者だね」
ムキになって言い返す真夜が可愛くて仕方がないという表情で葵が笑った。
「はい?」
「何でもない。この話は、またにしよう。きっと堂々巡りだ」
「……」
「それはそうと、今日の真夜さんの服も可愛いね」
「ど、どうも」
「自分で選んだの?」
「はい」
「ふ~ん。真夜さんのセンスも素敵ね」
「ありがとうございます」
「私はさ、今の格好を見てもらえたら分かると思うけど、ヒラヒラした服が嫌いでさ。姉貴からも、もうちょっと女らしい格好をしなさいって、よく叱られるんだ」
「拙者は、すごくお似合いだと思います。葵殿らしさが出ていて」
「ふふふ、ありがとう。ねえ、今度、一緒にお洋服を見に行かない? 真夜さんにいろいろとアドバイスをしてもらいたいな」
「えっ! そ、それは?」
「デート」
葵が真夜の顔をのぞき込むようにして微笑んだ。
「これから日和さんは、週末ごとにあの四人とデートをすることになりそうじゃない? 真夜さんも暇になるでしょ?」
「いや、しかし、卑弥埜の家のこともありますので」
「日本中の神術使いを統べる卑弥埜の家に、家事を担当する人が真夜さん一人ってことはないでしょ?」
「それはそうですが」
「だったら、一日くらい良いでしょ? 真夜ちゃんだって、まだ高校二年生の『乙女』なんだから」
「……ちゃ、ちゃん?」
今まで「真夜さん」だったのに、いきなり「真夜ちゃん」と呼ばれて、「ちゃん付け」で呼ばれたことのない真夜は、すごく恥ずかしくなってしまった。
「真夜ちゃん、可愛いから『ちゃん』付けが似合うでしょ?」
「か、可愛いだなんて」
「可愛いよ。一途に好きな人のことを想って、一途に尽くしているんだから」
「おひい様は拙者の主人です。好きの対象になる方ではありません!」
「そうやって自分に言い聞かせているんだろうけど、それってストレスが溜まるだけだよ」
「ストレスなど溜まっておりません!」
「ううん! 溜まってる! 真夜ちゃんの顔を見れば分かる」
「……」
「どう転んだって手の届かない人だから諦めようとずっと思ってきたのに、やっぱり諦め切れない。それでストレスが溜まらないはずがないよ」
「……」
「真夜ちゃんだって幸せになる権利を持ってるんだよ。日和さんだって、それは望んでいるはず」
「……」
「だから、少しは息抜きをしよう?」
「……葵殿」
「勘違いしないでね。私は真夜ちゃんが可哀想だからとか、そんな気持ちで真夜ちゃんを誘ってるんじゃないよ。真夜ちゃんともっと仲良くなりたいって思っているから誘っているの」
葵の笑顔は、その言葉が嘘でないことを示していた。




