第五十一帖 姫様、四人に告白される!
十一月に入り、朝晩がめっきり肌寒くなった頃。
日和と真夜は、セーラー服の上に黒のカーデガンを羽織り、襟巻きを巻いて、今日も一緒に登校していた。
日和は、手芸部として、和歌と一緒に作っている新しい神術学科女子の制服について、真夜を相手に話が止まらなかったが、真夜もその話を中断させることなく、ニコニコと微笑みながら日和の話に相槌を打っていた。
「A、B、Cの三つの案が出揃っての。A案は今のセーラーを基本にして、もっと色使いをカラフルにして、スカートも膝上二十センチくらいのデザインなのじゃ。B案とC案はブレザーとリボンというデザインなのじゃが、B案は赤色を基調にしておって、C案は緑色を基調にした色使いなのじゃ! それでの」
真夜がたまらず吹き出してしまった。
「な、何じゃ?」
「申し訳ございません。おひい様のあまりの変わりように、つい……」
「わらわの?」
「はい。手芸部も最近、居残りをされておりますしね」
「いつも真夜を待たせてすまぬのじゃ」
「いえ、拙者はまったく苦に感じておりません。むしろ、積極的に取り組まれているおひい様を見られて嬉しいのです」
「そ、そうか」
「はい」
「でも、自分が試作した服が制服になると思うと、つい力が入るのじゃ」
「そうですな。来年度には、その制服に袖を通せるかもしれませんな」
「絶対、通すのじゃ! 今の制服にも最近はちょっと愛着が湧いていたけど、やっぱり普通科の制服みたいに可愛い制服の方が良いからの」
二年壱組の教室に入ると、春水と秋土の二人が席に着いていた。
日和が挨拶を交わして自分の席に座ると、早速、春水が話し掛けてきた。
「日和さん、今度の土曜日の夜、お時間はございますか?」
「時間はあるが、何じゃろう?」
「私の家でパーティをすることにしていまして、モデルの日和さんにもぜひ来ていただきたいのです」
「モデルの? どう言う意味じゃろう?」
「日和ちゃんをモデルにして描いた春水の絵が、高校生美術展油絵部門で金賞を受賞したんだって」
秋土が嬉しそうに言った。
「えっ! 本当なのか?」
「嘘なんか言うと自分が虚しくなってしまいますよ」
「そ、そうなんじゃ。……お、おめでとうなのじゃ、春水さん!」
「どうもありがとうございます。私もあまりに嬉しくて、夏火と秋土と冬木にメールを送ってしまったのです。そしたらお祝いをしようという話を秋土がしてくれて」
「どこかで会場を借りてやろうとしたんだけど、未成年だしお金もないしで会場が見つからなかったんだ。だから春水の家には迷惑を掛けてしまうけど、春水の家でやろうってことになったんだ」
「家族でのお祝いは別にすることにして、今回は学校の友人達が祝ってくれると言って、うちの家族は参加しませんから、気軽に参加していただければ嬉しいです」
「そう言う話なら喜んで参加させていただくのじゃ!」
そして土曜日の夜。
お揃いの花のコサージュを胸に付け、膝丈のドレスを着た日和と真夜は、春水の家の門の前でタクシーを降りた。
大伴家も卑弥埜家に次ぐ家格の家だけに、都心に広い敷地を取って洋風の建物が建てられていた。
「ようこそ、いらっしゃいませ」
タキシードを見事に着こなしている春水自らが玄関まで迎えに来てくれて、二人をパーティ会場まで案内をしてくれた。
春水の話によると、春水の父親は貿易会社を経営しており、今日の会場も、海外からのお客様をもてなすために自宅内に作ったパーティルームということであった。
会場に入ると、既に招待客は全員来ていた。
と言っても、八名の美術部員を除くと、みんな、日和が知っている者であった。
夏火、秋土、冬木の三人、そして麗華とさゆみもおり、日和と真夜を加えても十六名のこぢんまりとしたパーティであった。
麗華とさゆみは、お互いに春水の恋人の座を争った仲だが、「その座」に座ることができるのは日和だと春水に告げられ、いわば「恋の敗者」になってしまった。しかし、二人の傷を癒してくれたのは「恋の勝者」の日和であり、その日和であれば、春水の相手として認めても良いと思っていたし、むしろ、日和以外の女の子に春水を渡したくないという気にもなっていた。
「みんな揃ったみたいだから、そろそろ始めようか?」
秋土が二十センチほど高くなった舞台に上がり、みんなに呼び掛けた。
「待ってました!」
夏火が茶々を入れて同意を示す。
「さっそく乾杯をしよう!」
秋土の台詞が合図だったように、会場に四名のメイドが入って来て、スパークリングアップルジュースが注がれたシャンパングラスを全員に配った。
「それじゃ、僭越だけども発起人ということで乾杯の挨拶をさせてもらいます! 大伴春水君の全国高校生美術展油絵部門金賞受賞を祝して、かんぱーい!」
全員がシャンパングラスを掲げて、パーティが始まった。
今日の主役である春水は、まず、美術部員の輪の中に入った。
一緒に頑張ってきた仲間でもある美術部員の協力もあって成し遂げた快挙であろうから、春水が部員達に感謝の気持ちを伝えたいと思う気持ちは、手芸部の活動を通じて仲間の大切さや有り難みを痛感した日和もよく分かった。
「僕達は、今のうちに食べておこうよ」
秋土の提案で、主役がいない友人枠の面々は先に腹ごしらえをすることにした。
立食ビュッフェスタイルで各々好きな料理を皿に取って食べた。どこか一流ホテルのケータリングサービスを利用しているのではないかと思われ、どれも美味しかった。
日和と真夜の近くに麗華とさゆみも寄って来て「ガールズトーク」に花を咲かせていると、春水が美術部員達から離れて近寄って来た。
「今日はご足労いただきありがとうございます」
「こんなおめでたい席には、いつでも参加させていただくのじゃ!」
日和の言葉に真夜と麗華、さゆみもうなづいた。
「ところで日和さんにお話があるのですが」
「な、何じゃろ?」
「みんなにも一緒に聞いてほしいので、舞台の上からお伝えします」
そう言うと、春水は舞台に上がり、会場を見渡した。
「皆さん、すみません! 私から日和さんにお伝えしたいことがあるのですが、皆さんも一緒に聞いてください!」
何事かと、みんなが箸やグラスを置き、舞台の前に集まって来た。
「私は、夏火、秋土、そして冬木に誓った約束を守ります」
その三人が一歩前に出た。
「私は、卑弥埜日和さんの彼氏として正式に立候補します! 私は卑弥埜日和さんが好きです!」
突然の告白に、日和はもとより、全員が固まってしまった。
「春水様! 今のは、卑弥埜様を友達としてではなく、女性として愛しているということでございますね?」
もっとも早くフリーズが解除された麗華が訊いた。春水の日和に対する想いを早くから感じ取っていただけに、春水の言葉を比較的冷静に聞くことができたのだろう。
「そうです。私がなりたいのは、日和さんのオンリーワンです」
一人だけの時でも告白されたらどうしたら良いのか分からずフリーズしていただろうが、このような状況で日和の気持ちは更にパニクっていた。
そんな日和の両肩に手を乗せて、二、三回、日和を揺さぶった真夜が、それでも言葉が出なかった日和に代わって、春水に訊いた。
「春水殿。春水殿の気持ちに対して、おひい様もすぐに返事はできないでしょう。お返事はしばらく先でもよろしいでしょうか?」
「もちろんです。卑弥埜の姫様である日和さんと正式におつき合いするということはどういうことかということくらいは私でも分かっています。それだけの覚悟を決めて、今日、告白をいたしました。もちろん、断られるのであれば、今すぐにでも断っていただいて結構です。それでも友達としてのおつき合いは続けさせてほしいです」
「おひい様、お返事は今すぐできますか?」
真夜の問い掛けに、日和はブルブルと首を横に振ることしかできなかった。
「おひい様! これは、すごく大事なことだと思います。おひい様がご自分の言葉でお返事をすべきではありませんか?」
真夜が言うことはもっともだった。
日和は、肩を上下させて息を整えた。
しばらく口は動くが言葉が出なかった。しかし、一度、うつむいてから深く息を吸い込んだ。
そして、大きく息を吐くと、顔を上げ、春水を見つめた。
「春水さん! 春水さんの気持ちは、ちゃ、ちゃんと伝わったのじゃ。でも、春水さんと恋人同士になれるかどうかを、申し訳ないが、今まで真剣に考えたことがなかった。これから、ちゃんと考える。じゃから、少し時間をもらえまいか?」
「はい。もちろん、結構です。むしろ、こんな席で唐突に告白をしてすみませんでした。でも、こう言う席だと、夏火と秋土と冬木にも同時に伝えられると思ったのです」
春水が三人を見ると、夏火がたまらず飛び出して舞台に上がり、春水に迫った。
「俺達に相談もなく、いきなり告白するとはな!」
「事後報告よりは良いと思ったのです」
「確かに……。だったら、俺も日和に告白する!」
夏火はそう言うと、舞台を飛び降りて、真夜に腕を支えられている日和の前に進み出た。
「日和! 俺も日和が好きだ! 大好きだ! 俺の彼女になってくれ!」
せっかく平常心になりかけていた日和の心が、また激しく揺さぶられた。
「今まで何人かの女の子とデートもしたけど、日和とデートした時ほど楽しくて嬉しかったことはなかった。夏休みにお前とデートした後には誰ともデートしていない。と言うかできない。もうお前以外の女はいらねえ! お前以外の女とは絶対につき合わない!」
紛れもなき夏火の本心であろう。実際、一学期中には、他の女子と一緒に歩いている夏火の目撃談が頻繁に報告されていたが、二学期になってからはそんな噂話すら聞こえて来なかった。
「もう終わったのか?」
夏火を押し退けながら、冬木が日和の前に出てきた。
「な、何だよ、冬木?」
「自分も卑弥埜に伝えることがあるのだ」
夏火も空気を読んだのか、数歩、後ろに下がった。
「自分も卑弥埜に対する、このもやもやした気持ちが何なのか、最初はよく分からなかったが、あらゆる角度から検討してみると、今、自分が卑弥埜に抱いている感情は恋愛感情としか言いようがないと分かった。だから、自分も卑弥埜の彼氏に立候補する」
冬木は、いつもどおり冷静な物の言い方だったが、心なしか顔が赤い気がした。
「自分でも女性に対して不器用だと思っているが、卑弥埜には何も気を遣うこともなく接することができる。そして、梨芽と一緒に食事の世話をしに来てくれた時、卑弥埜と一緒の生活を思わず想像してしまった。今まで自分が没頭している研究のことがいつも頭に浮かんできて、人と話をしている時も、頭の中ではそのことを考えていることが多かった。しかし、卑弥埜といる時には卑弥埜のことしか頭になかった。そんなことは初めてだった。こんな女子は卑弥埜以外にはこの世にはいないだろう。いや、いないはずだ!」
日和は、冬木の顔も呆然と見つめることしかできなかった。
「じゃあ、僕がしんがりか」
秋土が冬木を押し退けながら、日和の前に進み出た。
「僕も日和ちゃんの彼氏に立候補する! 本当はもっと早くしたかったんだけど、日和ちゃんの迷惑かなって思って躊躇してた。でも、春水が言ったみたいに四人が揃っていて良い機会だしからね。僕も日和ちゃんとずっと一緒にいたい。遊園地に行った時もすごく楽しかったけど、この前、テニスの試合に負けて僕が落ち込んでいる時に、日和ちゃんに言われた言葉が、僕の日和ちゃんに対する本当の心をえぐり出してくれた気がする。本気で心配してくれた日和ちゃんを本気で好きなんだって気づいた」
日和の前に、夏火、秋土、冬木が並んでいるところに、舞台から降りて来た春水も並んだ。
「こうなるのではないかと少しは思っていたのですが、本当になっちゃいましたね」
春水が苦笑しながら、他の三人を見た。
「当たり前だ! 友達としてなら四人が一緒につき合うこともできるだろうが、恋人となるとそうはいかねえからな!」
「そうだな。卑弥埜を独り占めできるのは一人だけだ」
「日和ちゃんを独り占めになんかされたくないから、春水が告白したら、僕達だって告白せざるを得ないでしょ?」
「そうですね。私が逆の立場であっても同じだったでしょう。でも」
春水が三人をゆっくりと見渡した。
「私は、昔、ずっと私の味方をしてくれた夏火、秋土、冬木の三人とは今までどおり、親友でいてほしいです。でも、日和さんのことについては、いくら三人が相手であっても、私は負けたくありません」
「当たり前だ! 俺も本気だ! みんなも本気なんだろ?」
「当然だよ。軽い気持ちで日和ちゃんを彼女にしたいって考えている奴は、この四人の中にはいないはずだよ。だから、これは本気の勝負だよ!」
四人は輪になってお互いを睨み合った。
その並々ならぬ迫力に、日和自身はまだ気持ちが高ぶっていたが、とりあえず、今にも喧嘩を始めそうな四人に落ち着いてもらいたいと思い、声を絞り出した。
「ま、待ってたもれ!」
四人が日和に注目した。
「け、喧嘩は止めてたもれ」
日和の心配を余所に、四人は笑顔を日和に返した。
「これは喧嘩じゃないよ」と秋土。
「そうだ。これは男がその人生を掛けて戦う、一生でそう何度も無いイベントなのだろう」と冬木。
「そうだな。でも、もし、日和が自分以外の奴を選んだとしても、そいつを俺は祝福するぜ」と夏火。
「私もです。むしろ、日和さんの相手が、この四人の中から出てほしいです」
春水がそう言うと、みんなを見渡した。
「日和さんの返事は後日でよろしいですよね?」
全員がうなづいた。
日和は、後ろから麗華とさゆみに支えられて、やっと立っている状態であった。
美術部員達も目の前で繰り広げられた告白シーンに言葉を失っていた。
重苦しい空気に満たされていた会場に微風が吹いた。
その風上を見ると、会場のドアが開かれており、前回、会った時と同じ、質素だが洗練された服装の葵が立っていた。
「ごめんね。春水の学校の友達だけの席に乱入して」
葵は、日和の近くに歩いて来た。
「実は、今日、日和さんに告白するって春水に事前に聞いていたから、こりゃあ一波乱あるかなって思って、扉の外で聞き耳を立てていたんだけど、予想どおり波乱があったみたいだね」
葵は面白そうに笑った後、四臣家の四人に少し頭を下げた。
「ごめんね。別にみんなのことを馬鹿にしてるんじゃないの。私がもう忘れちゃった純粋さをみんなが持ってて、何て言うか、羨ましかったというか、嬉しかったというか、そんな気持ち」
葵は日和に向かい合った。
「日和さん」
日和は、じっと葵を見つめた。
「突然だったからびっくりしたでしょうけど、日和さんだって、いつかはこの四人から告白されるんじゃないかって思っていたでしょ?」
「……春水さんからは、あらかじめ言われていたのじゃ」
「だったら、ある程度の心づもりはできていたんじゃないの?」
「わ、わらわも初めてじゃから、どうすれば良いのか分からぬ」
「そっか。でも、逃げちゃ駄目だよ、日和さん」
「えっ?」
顔は優しく微笑みを湛えていたが、葵の目は真剣であった。
「春水もそうだけど、夏火も秋土君も冬木君もみんな、真剣に日和さんのことを想って、勇気を振り絞って告白をしたんだよ。日和さんもこの四人の覚悟に応えてあげないと」
「……」
「いきなりだったから、今日は無理だと思うけど、日和さんもこの四人のことを真剣に考えて、イエスかノーかを答えてあげて。曖昧なまま、みんな一緒に仲良しって言うのは無しだからね」
「わ、分かったのじゃ。で、でも、正直に言うて、わらわはどうやって四人の中から一人を選んだら良いのか、本当に分からぬ」
「友達と恋人の違いって分かってる?」
今まで何となく区別をしていたが、面と向かって訊かれると、はっきりと答えることができなかった。
「何となく」
「じゃあ、日和ちゃんは、この四人の中の誰とキスをしたい? もっと言うと誰とならエッチができる?」
ストレートな葵の問いに日和は困ってしまった。
「そ、そんなことは考えたことはないのじゃ!」
「どうして考えないの?」
「えっ?」
「恋人になるってことは、そう言うことだよ。お手々繋いで遊びに行くだけじゃないの。本当に好きな相手には、身も心も捧げる、お互いにね。それだけの気持ちがあって、初めて恋人って言えるんじゃないかなあ?」
「……そ、それでは、まるで結婚まで考えているような気がするのじゃ」
「日和さんが結婚と恋愛を分けて考えられないと言うのであれば、それはそれで良いんじゃない? 結婚をするまで、キスもエッチも駄目って言う返事をすれば良いだけ。でも、いつ結婚をするつもり? つまり、彼らは、いつまで日和さんの体に必要以上に触れることを我慢しなくちゃいけないのかなあ?」
「……」
「葵姉さん、日和さんをこれ以上虐めないでください! 確かにそのことは将来的には大事なことでしょうけど、今、それを確かめることもできないではないですか!」
春水が葵に迫った。
「まあ、そうだね。出会って、まだ八か月くらいしか経ってないし、日和さんの話からしても、みんな、きっと濃厚な付き合いはしていないんでしょ?」
「葵さん! 日和はさ、俺達全員が守るべき姫様なんだ。そんな姫様相手に四人が順番にベッドを共にしろって言うのか?」
「あははは、夏火は相変わらず面白いね」
「冗談じゃねえよ!」
本気で怒っている夏火を見て、葵も笑顔だけは隠したが、ポーカーフェイスのままであった。
「じゃあ、こういうのはどうかな?」
葵は、みんなを見渡しながら、ぽつりと呟いた。




