第三帖 姫様、男子(※ただしイケメンに限る)に囲まれる!
私立耶麻臺学園は、そもそも、神術使いの子女に、勉強とともに、神術の稽古をさせるために設立された、幼稚部から大学までの一貫教育をしている、創立百五十年の伝統ある学校であった。
しかし、少子化により、神術使いの家の子女自体も激減してしまい、学校経営が立ち行かなくなってきたことから、新たに普通科を創設して、一般の生徒を募集し始めたのが十年前であったが、とりあえず、歴史と伝統があったことから、意外と人気を呼び、中等部と高等部のみ設立された普通科に入学するにも結構な倍率の入試を突破する必要があった。
日和が編入した高等部は、周囲に中等部や初等部など、私立耶麻臺学園の建物が建て並ぶ、通称「耶麻臺國」と呼ばれる一角にあった。
校門を入ると、煉瓦造りの四階建てで風格を感じさせる旧校舎が左手に、ガラスで覆われているような斬新なデザインの新校舎が右手にあった。
この耶麻臺学園高等部も昨日から新学年が始まっていた。
「真夜! どうして、あの者どもと、わらわ達の制服は違うのじゃ?」
日和が言うとおり、日和達が着ている脛丈のライトグレーのセーラー服とは違い、ネイビーブルーのジャケット、白いブラウスに赤いリボン、赤色を基調にしたチェック柄のミニスカート、紺色のハイソックスという制服を着た女生徒が数多く、新校舎に入って行っていた。
男子達も同じような配色でリボンがネクタイ、スカートがズボンという制服だった。
「どうやら、普通科の生徒のようでございますね。さっきの蘇我の息子が着ていた制服と、あの男子達の制服も違います。神術学科と普通科では、制服を見るだけで分かるようにしているのでしょう」
「あっちの制服の方が可愛いぞ! あっちの制服にしたい!」
「拙者に言われても、どうにもなりませぬ。おひい様が先生に直に申し述べなさいませ」
「そ、そんなことできる訳ないわ!」
「ならば、お諦めなさいませ」
日和が、ぷーっと頬を膨らませて、真夜を睨んだが、真夜に軽くスルーされてしまった。
「それより、職員室はどこにあるのでしょう?」
真夜が旧校舎と新校舎を交互に見ていると、二人の後ろから、一際、華やかな集団が校門を入って来た。
よく見ると、一人の背の高い人物の周りを十人以上の女生徒が取り囲んでいた。
その中心にいた人物は、神術学科の男子の制服を来ていたが、青い色の髪を編み込みのハーフアップにして後ろで結び、背中まで伸びた後ろ髪を風になびかせて、しかも、色白の細面の顔に、切れ長の大きな青い瞳に長い睫毛という美しい顔立ちは、女性にしか見えなかった。
その人物は、周りの女生徒達と何かを話しているようではなく、女生徒達も、その人物の優しい微笑みに見とれながら、追い掛けて来ているようであった。
その人物が、日和達に近づいて来た。
「おはようございます」
確かに男性の声だったが、ゆったりとした口調は、穏やかで温和な性格であることがにじみ出ているようだった。
近くで見ても、背が高い女性モデルのようにしか見えなかった。
「おはようございます」
真夜が姿勢良くお辞儀をすると、日和も揃って頭を下げた。
「神術学科の制服を着ていらっしゃいますが、初めてお会いしますね? 転校されて来た方でしょうか?」
「はい。職員室に行きたいのですが、どちらにあるのでしょうか?」
「あちらの一階にありますよ」
男性が新校舎を指差しながら答えた。
「そうですか。かたじけない。貴殿のお名前は?」
「私は、大伴春水と申します」
「こちらは、卑弥埜日和様でございます。私は卑弥埜家に仕える梨芽真夜と申します」
「卑弥埜の……姫様ですか?」
春水は、少し驚いた表情で、日和を見つめた。
「そうです。貴殿は、四臣家の大伴家の方でございますか?」
「いかにも、そのように呼ばれています」
「よろしくお見知りおきをお願いいたします」
「こちらこそ」
日和は、春水の周りを取り囲んでいる女生徒達が真夜を睨んでいることに気がついた。
春水と気安く話をすることすら許されないようで、しかも相手が美少女に見える真夜であることから、嫉妬の炎が燃え上がっているようであった。
春水は、そんな空気を読んだようで、周りを取り囲んでいる女生徒に魅力的な笑顔を振り撒きながら言った。
「それでは、今日は、ここで失礼します。皆さん、今日一日、頑張りましょう」
「はい! 春水様!」
ありがたいお言葉をいただいた女生徒達は、満足げな顔をして、春水から離れて、新校舎に入って行った。
「職員室も向こうですよ」
超人気アイドルも真っ青な春水の人気に驚いて、ボーッとしていた日和達も、職員室に行かなければならなかったことを思い出した。
「大伴殿。ご助言、痛み入る」
「どういたしまして」
最後まで、優しい雰囲気を漂わせながら、春水は、旧校舎に入って行った。
日和と真夜は、職員室の前に並んで立っていた。
「どうして、真夜は別のクラスなのじゃ!」
職員室に行き、編入の手続きを済ませると、日和は神術学科二年壱組、真夜は二年弐組に編入されることが告げられたのだ。
「仕方ありませぬ。よく考えてみれば、人数が偏ってしまいますから、同時に二人も同じクラスに編入できる訳がありませぬ」
「これもお婆様の嫌がらせであろうか?」
「そんなはずは、……あるかもしれませんが」
真夜は、今にも泣きそうな顔の日和の頭を優しく撫でた。
「何にも怖くありませぬ。同級生は、おひい様を食べたりしませぬ」
「当たり前じゃ! そんな者がいたら、本当に怖いわ!」
「……真夜は、隣のクラスにいます。おひい様の声を聞きつければ飛んで参りますから、ご安心くださいませ」
「本当か?」
「はい。ですからご心配なさらないでください」
そこに、尖った細身の眼鏡を掛け、スーツをバリッと着こなした妙齢の女性が二人に近づいて来た。
「二年壱組担任の土師だ。よろしく」
見るからにキャリアウーマンというオーラを撒き散らしながらも笑顔は無かった。
「卑弥埜さんはどっち?」
「わ、わらわじゃ」
日和が遠慮がちに手を上げた。
「あなた? それじゃ、行きましょう」
その頃、神術学科二年壱組の教室では、転校生の噂で盛り上がっていた。
「今日、来た転校生、めちゃくちゃ美人らしいぞ」
「俺、さっき見たぞ。黒髪ロングで見た目は深窓の令嬢という雰囲気だったぜ」
「マジか?」
「でも、夏火を投げ飛ばしたんだろ?」
「夏火を?」
生徒達が、教室の一番後ろの席に、両足を机の上に放り出して座っていた夏火の顔を見た。
「何だよ?」
「お前が投げ飛ばされるなんてな」
「ちょっと、油断してただけだよ。でも、あいつは相当な使い手であることは間違いないみたいだな」
「その転校生、どのクラスに入るんだ?」
「知るかよ。ああ、ついでに、もう一人、転校生がいるみたいだぜ」
「もう一人? 女か?」
「お子ちゃまだ」
「はあ?」
その時、教室に担任が入って来た。
「はい! 席に着け!」
担任が教壇につくと、日直の号令に従って、挨拶を交わした。
「今日、このクラスに転校生が来た。卑弥埜さん、入って!」
少し時間が空いて、びくびくしながら日和が入って来た。
「卑弥埜さん、自己紹介してくれるかな」
「あ、あの……」
そもそも人前で話すことなどしたことはなく、クラス全員の好奇の目に晒され、日和は体が震えてしまった。
金魚のように、口はパクパクと動かすことはできたが、言葉が出なかった。
「卑弥埜日和さんだ。みんな、仲良くするように!」
見かねたように、担任が代わりに紹介すると、日和は、泣きそうな顔をして、ぺこりとお辞儀をした。
「では、卑弥埜さん。あそこに空いている席があるから、そこに座ってくれ」
担任が指差した先の席を見ると、後ろの席に夏火が座っていた。
「何だよ! お子ちゃまの方かよ」
「蘇我! 口を慎め!」
「へいへい」
教師の注意など何とも思っていないような夏火だった。
――確かに、お子ちゃまだ。
はっきりと聞き取れる程度のひそひそ話がされる中、日和は席に向かい、夏火に軽く会釈をすると、前に向き直り、椅子に座った。
「葛城!」
「はい!」
日和の右隣に座っていた男子が、担任に呼ばれて、勢いよく立ち上がった。
清潔感のあるサラサラヘアは茶色で、茶色の瞳を持つ、背の高い男子だった。
「休み時間に校内を案内してやれ」
「はい! 分かりました!」
座った茶髪男子は、日和に爽やかな笑顔を向けた。
見るからに好男子というイケメンフェイスで、言わば万人に好かれる、嫌味の無いタイプという感じであったが、日和には、男性について、そんな分析ができる能力も余裕も無かった。
「卑弥埜さん! 僕は、クラス委員をしている葛城秋土と言います。よろしく!」
座ったまま会釈をした秋土に、日和も座ったまま、「こくり」と頭を下げた。
「次の休み時間に校内を案内するね」
――こくり。
本当は、お礼を述べるべきだろうと、日和も思ったが、すぐに言葉が出ずに、こくりと頷いただけだった。
「卑弥埜!」
朝のホームルームが終わり、担任が教室から出て行くと、後ろの席から、夏火が話し掛けてきた。
日和が振り向くと、夏火が頬杖をついて、日和を眺めていた。
「俺も詳しくは知らないけど、卑弥埜と言えば、神術使いの家の中では有名な名家なんだろ?」
――こくり。
「だから、お前、姫様言葉なのか?」
――こくり。
「でもさ、そんなにオドオドされると、全然、姫様っぽくないぜ」
「す、すまぬ」
「いや、だから、姫様なら、そんなに簡単に謝るなって!」
「す、すまぬ」
夏火から非難されているとしか思えなかった日和は、ひたすら謝ることしかできなかった。
「変な姫様だな」
夏火も日和のような女の子は初めてなのか、話していると調子が狂うようだ。
「夏火!」
秋土が、椅子に座ったまま、体を左後ろ向きにして、夏火を呼んだ。
「卑弥埜さんとは知り合いだったのか?」
「いや。今日、初めて会ったんだが、小学生みたいに迷子になっていたから、俺が学校まで案内して来てやったんだよ」
「夏火にしては、優しいんだな?」
「背え低いし、胸無いし、色気もねえ。どっからどう見ても、お子ちゃまだから、本当に小学生と思ったんだよ」
「それは言い過ぎだろ?」
秋土が少し怒ったように言った。
「はいはい、分かったよ。クラス委員様は今日も正義の味方か? もう言わねえよ」
「いつになく、夏火が素直ですね」
日和の左隣の席から夏火に話し掛けたのが春水であることに、今、気づいた日和であった。
「俺は、弐組に転入して来た黒髪ロングの女のことが気になってるんだよ」
「夏火を投げ飛ばした人のことですか?」
「ああ、少なくとも、このお子ちゃまよりは目の保養になるぜ」
「卑弥埜さんも可愛い人じゃないですか」
春水から、いきなり「可愛い」と言われて、日和も照れてしまった。
「可愛い? 春水は、ロリコンだったのか?」
「小さな女の子は好きですよ。絵画のモデルとしても面白いですからね」
夏火からロリコンなどと言われても動揺することなく、春水は微笑みを絶やさずに、日和を見た。
「卑弥埜さん! 同じクラスだったのですね。改めまして、大伴春水と申します。よろしくお願いします」
ここでも、日和は、こくりと頷くことが精一杯だった。
右隣の秋土、左隣の春水、後ろの夏火の三人は、男性との交際経験のない日和から見ても、イケメンだということは分かった。そして、前の席にも男子が座っていたが、何かの本を一心不乱に読んでいるようだった。
「冬木!」
秋土から呼ばれた前の席の男性は、大きくため息を吐くと、ゆっくりと振り返った。
「何だ? 今、忙しいのだ」
その男性は、天然なのかパーマを掛けているのか分からなかったが、清潔そうにカットされた緑色の髪は小さなウェーブを描いており、細身の眼鏡の奥に輝く緑色の瞳が秋土を睨んでいた。
「転校生にその態度は無いんじゃないか? クラス全員で歓迎すべきだろう?」
緑髪男子は、秋土から日和に視線を移した。
「物部冬木だ。自分ももちろん卑弥埜を歓迎している。よろしく」
まったく表情を変えることなく、クールに言い放った台詞には、とても歓迎の気持ちがこもっているとは思えず、日和もこくりと頷くことしかできなかった。
「自分の義務は果たしたぞ」
冬木は秋土に向かってそう言うと、すぐに前を向いた。
「やれやれ」
呆れたように秋土が言うと、日和を見た。
「卑弥埜さん! 僕と春水と夏火と冬木は、幼稚部からずっと一緒の幼馴染みなんだ。口が悪かったり、無愛想だったりするけど、みんな良い奴だから心配しないでね」
――こくり。
日和は、これまで他人との人付き合いをまったくしておらず、相手が「嫌な奴」だと思うような気持ちになったことは無かった。
日和の心配はもっと別のことにあった。
――男子に囲まれてる!
自分が置かれた状況に気がついた日和は、一気に憂鬱になるのだった。