第三十七帖 姫様、プールに行く!
四臣家の四人と順番に毎週日曜日にデートをして、夏休みも後半に入った。
後半最初の日曜日には、美和が音頭を取って、手芸部員全員でプールに行くことになっていた。
と言うか、ほとんど美和の独断で決定されていた。
日和は、美和と和歌と一緒に買い物に行った際に、美和に選んでもらった白いワンピースを着て、待ち合わせ場所である学校最寄りの駅に向かった。
お約束どおり、道に迷った日和が小走りに駅に行くと、既に全員が揃っていた。
美和は黒のTシャツに七分丈のパンツ、和歌は重ね着をしたキャミソールにジーンズのホットパンツ、稲葉姉妹は色違いのボーダー柄Tシャツとジーンズスカートというファッションであった。
「日和ちゃん! やっぱりそのワンピ可愛い! も~う、日和ちゃんの一番可愛いを見つける天才ね、私って!」
「……それより、すまぬのじゃ! また遅れてしもうた」
「良いのよ、日和ちゃん。お詫びの印は、後から体で払ってもらうから」
「今すぐ、払いたいのじゃが!」
「今、お釣りがないから駄目」
「そ、そんなあ~」
「楽しみは後に取っておいて、みんな、行きましょう!」
異常に張り切っている美和を先頭に、電車に乗って遊園地に向かった。
四人掛けの対面式シートであったが、一人だけ別のシートだと部員の一体感が損なわれるなどとよく分からない理由を付けて、日和を自分の膝の上に座らせた美和の隣に和歌が、対面には稲葉姉妹が座った。
「ぶ、部長。重いのではないか?」
「ちょうど良い重さよ。もっと深く腰掛けてもらって良いのよ」
「で、でも」
「良いから良いから」
美和は、後ろから日和を抱き寄せるようにして、日和を深く座らせた。日和の背中に二つの弾力ある物体が当たった。
「去年の先輩方はこんな行事をしなかったけど、手芸部本来の活動以外にも、こうやって集まることで、部員の結束を強めることも大事だと思うの」
どう考えても、美和が強めようとしているのは、肉体的なつながりにしか思えなかった。
電車が遊園地の最寄り駅に着いた。
真夏の遊園地では、いろんなアトラクションよりもプールの方が人気なのは当然で、電車を降りた客のほとんどはそのままプールに直行していた。
「ここのプールは、けっこう昔から波が出るプールなのよね」
思い出に浸っているように、美和が遠くの空を見つめながら言った。
「プールで波が出るのか?」
「……日和ちゃん、相変わらずの世間知らず発言ね」
「す、すまぬのじゃ」
「良いのよ。そんな、ちょっとずれた日和ちゃんが可愛いと思うから」
「卑弥埜先輩。市民プールや学校のプールでは波は出ないですけど、こう言った遊園地のプールでは、部長が言われたように、波が出るのが普通なんですよ」
「そうなんじゃ」
「それにほらっ!」
和歌が指差した先には、くねくねと曲がりくねった巨大なウォータースライダーが高くそびえていた。
「あのスライダーは、死ぬまでに一度は試してみるべきですね!」
「あんなにクルクルと回っていたら、目が回りそうなのじゃ」
「目も回るかもしれないけど、ビキニの紐もしっかりと結んでないとポロリしちゃうかもしれないから気を付けてね」
「わらわはビキニではないのじゃが」
「どんなの? 見せて見せて」
美和の求めに応じて、日和はビニールバックの中から水着を取り出した。
「……日和ちゃん、これスクール水着じゃない?」
「学校で使ってる奴じゃ」
「新しい水着は買わなくてもありますって言ったのは、このこと?」
「うん。新しい水着を買おうかと思ったけど、和歌ちゃんが、この水着が最強だと言ったのじゃ」
美和に睨まれた和歌が汗を掻きながら言い訳をした。
「スクール水着は鉄板の支持を集めているんですよ!」
「誰の支持なの?」
「世の男性一般です」
「じゃあ、和歌ちゃんもスクール水着なの?」
「いえ、私は普通にビキニです」
「和歌ちゃん、ポロリに気をつけなさい」
日和と一緒に水着を買いに行く野望を阻まれた美和の石をも射貫く険しい視線に和歌も震え上がった。
四人は着替えを済ませると、早速、プールサイドに出た。
美和と同じように、後ろ髪を三つ編みで一つに束ねた日和は、学校でも使用している紺色のスクール水着にあひるの絵が描かれた浮き輪を抱えていた。美和は、はち切れんばかりのバストが強調された黒のビキニ。和歌は花柄のビキニ。稲葉姉妹は二人とも同じ黒のワンピで、体型もまるっきり同じで、分身の術を発動しているとしか思えなかった。
「日和ちゃん、私が泳ぎを教えてあげる」
「お願いするのじゃ」
「じゃあ、部長。私達は向こうで泳いでいますね」
空気を読んだ和歌と稲葉姉妹が少し離れると、美和の目が肉食獣の眼差しに変わった。
「さあ、日和ちゃん、やりましょう」
「でも、ビート板が無いのじゃが」
「私の体に抱きつきなさい」
「へっ?」
「こうよ」
美和が日和の両腕を自分の背中にやり、抱きつかせるようにして引き寄せると、日和の顔は美和の胸に埋まってしまった。
「部長! 胸で息ができないのじゃ!」
「ああ、ごめんなさい。さあ、このままバタ足をしましょう!」
日和が足を浮かせるようにしたが、美和の胸に邪魔されて、顔を水に着けることができなかった。
「これでは息継ぎの練習ができないのじゃ」
「もう仕方が無いわね。じゃあ、手を繋いでやりましょう」
日和は、美和に手を引っ張ってもらいながら、バタ足の練習をした。
自分ではかなり進んだだろうと立って見ると、スタート地点からそれほど進んでおらず、日和は少し落ち込んだ。
「日和ちゃん、繰り返し練習しましょう! 日和ちゃんが納得できるまでつき合ってあげるから!」
「ありがとうなのじゃ、部長」
何だかんだと言って、美和は日和を妹のように可愛がり、世話も焼いてくれて、日和もそれが嬉しかった。
二時間後。
「つ、疲れたのじゃ」
「部長の練習はそんなにハードだったんですか?」
レジャーシートの上でのびている日和の横に座っている和歌が尋ねた。
「と言うより、いつもと同じ疲労感なのじゃ」
「ああ~、……って、まだ慣れてなかったんですか?」
「あれは慣れるものなのか? と言うか、慣れたら後戻りできないような気がするのじゃが?」
バタ足の練習は練習でしっかりとしてくれたのだが、そのインターバルに、美和から濃厚なGL攻撃を受けて、その防御のため余分なエネルギーを消費していた。
そこに、美和と稲葉姉妹が全員分のジュースを持って、日和達の所に戻って来た。
「お待たせ」
「あっ、部長! 申し訳ないのじゃ」
日和は、神術使いの中では姫様であるが、手芸部の中では美和と稲葉姉妹の後輩であって、ばてて倒れている自分のために先輩がジュースを買ってきてくれたことを申し訳無く思った。
「気にしないで、日和ちゃん。ジュース、飲める? 飲めなければ口移しで飲ませてあげるけど?」
「の、飲めるのじゃ! 一人でちゃんと飲めるのじゃ!」
「そう。残念だわ」
「日和ちゃーん!」
みんながレジャーシートに座ってジュースを飲んでいると、聞き慣れた声が日和を呼んだ。
声がした方を見ると、海パン姿の四臣家の四人がニコニコと笑いながら近づいて来ていた。
みんな背が高くスリムな体型であったが、男の子として、ちゃんと逞しい筋肉が装備された上半身が眩しかった。
学校では、水泳は男女別にされることから、四臣家の四人が日和の水着姿を見るのも初めてだったが、日和が四人の水着姿を見るのも初めてで、上半身裸の四人が近づいて来るだけで、顔を赤くしてしまった。
ふと横を見ると、プールサイドを血に染めて、和歌が倒れていた。
「和歌ちゃん! どうしたのじゃ?」
「は、鼻血が、鼻血があ……」
そんな和歌を気に留めることもなく、立ち上がった美和が日和に訊いた。
「日和ちゃん! 彼らとここで会う約束をしてたの?」
「約束はしてないのじゃが」
そうしているうちに、四人は日和の近くに寄って来た。
「会えて良かった」
秋土が嬉しそうに言った。
「みんなは四人で来たのか?」
四人の近くに寄ることが恥ずかしくて、美和の背中に隠れるようにしながら、日和が訊いた。
「うん。菅原君がここに向かっているのを見たって、真夜さんから四人に連絡があってさ」
「真夜が?」
「菅原さんが、また、日和さんに迷惑を掛けるのではないかと心配で、私達もプールに行こうという話になったのですが、情けないことに、みんな暇だったようです」
春水も照れくさそうに言った。
「菅原君って、夏休み前にうちの部に入りたいって来ていた、あの男のこと?」
「そ、そうなのじゃ」
美和の記憶にも季風のことが残っていたようだ。
「季風が日和に近づこうとしたら、俺達が阻止するからよ!」
「その心配には及びません!」
美和が夏火の申出をきっぱりと断った。
「日和ちゃんは私が守りますから! あなた方のような半裸の男どもに近くに来られるだけでも、日和ちゃんが汚れます!」
「い、いや、プールだから男の半裸は普通にドレスコードだろ?」
「せめてTシャツくらい着てきなさい!」
冬木も呆れた顔で言ったが、美和の耳には届いていないようだった。
「とにかく、せっかく会えたのだから、そこに混ぜてもらっても良いだろうか?」
冬木が日和に近づこうとすると、美和がその前に立ち塞がった。
「日和ちゃんには、指一本たりとも触れさせませんからね!」
「いや、卑弥埜の手には、もう触れているのだが?」
夏祭りデートで射的の撃ち方を教えている時に、冬木は日和の手を包み込むように握っていた。
「えっ!」
「冬木! お前もか」
「お前もか、と言うことは、夏火も?」
「『も』と言うことは、秋土もですね?」
「そ、それはそうだけど、それ以上のことはしてないからね!」
秋土が弁明をした。
「それ以上のこととは何だ?」
冬木がとぼけて言った。
「分かるでしょ!」
「真剣に分からなかったから訊いたんだ!」
「キ、キスとか、ボディタッチとか、あんなこととか、こんなこととかですよね」
和歌がニヤニヤとしながら言った。
「あんなこととか、こんなこと……」
美和は体から霊魂が抜けたような顔をして日和を見た。
「日和ちゃん! こいつらと手を繋いだのは本当なの?」
「ほ、本当じゃが、別に嫌らしい気持ちで繋いだのではない……と思う」
「思うじゃなくて、本当にそうだから!」
秋土が真面目な顔で言い切った。
「あなた達!」
上級生である美和から迫られると、四臣家の四人も気を付けの姿勢で直立不動となった。
「日和ちゃんを汚したら、私が許さないからね!」
「三輪先輩! 日和ちゃんが嫌なことは絶対にしないと、この四人は日和ちゃんに誓っています! 手を繋いだことも、ちゃんと日和ちゃんの許しを得ています」
秋土が四人を代表して美和に宣言をした。
「当たり前です! 私の嫁の日和ちゃんに、あなた達が好き勝手して良い訳がありません!」
「……」
「ぶ、部長?」
「なぁ~に、日和ちゃん?」
背中にくっついている日和の方に振り向いた美和はデレッとした笑顔を見せた。
「わらわは、いつ部長と結婚したのじゃろう?」
「私の心の中では最初に会った日からよ。そう言えば新婚旅行がまだだったわね」
「わらわも心の準備ができておらぬのじゃ」
「大丈夫! 優しくして・あ・げ・る!」
四臣家の四人を置き去りにして、日和にいちゃつく美和を呆然と眺めることしかできなかった四人であった。
「と、とりあえず、三輪先輩!」
秋土が美和に話し掛けた。
「日和ちゃんに対する三輪先輩の愛情の深さはよく分かりました。でも、それはそれとして、せっかくこうやって会えたんですから、せめて話くらいはさせてください。お願いします」
誠実さを人間にするとこうなると言う見本の秋土から頭を下げられると、さすがの美和も強硬な態度を続けることができなかったようだ。
「し、仕方ないわね。それじゃあ、日和ちゃんの半径一メートル以内には近寄らないことを守れるのであれば許してあげるわ」
四人も美和相手に勝ち取ることができる最大限の戦果として、その条件で承諾をした。
進入禁止となった手芸部のシートの隣に、春水が持って来たレジャーシートを隣に敷いて、男四人がそこに座った。
「しかし、どうして卑弥埜は学校の水着なのだ? また、何かを狙っているのか?」
冬木が日和を遠くに見ながら尋ねた。
「何かって何じゃ?」
「自分もそうだが、後の三人もその水着はけっこう好きだと思うのだ」
「私にはそんな趣味はありませんよ」
「そんな趣味は冬木だけだろ?」
「日和ちゃんには、もっと明るい色のビキニとか似合いそうだよね」
「な、何だと!」
みんな、スクール水着が好きだと決めつけた冬木であったが、どうやら冬木だけの趣味であったようだ。
結局、その後もずっと日和につきっ切りだった美和も満足したようで、夕刻には、和歌の進言に従って帰ることにした。
私服に着替えた四臣家の四人と手芸部の面々は、学校最寄りの駅まで一緒に電車で戻った。
「皆様、お疲れ様でした」
改札から出て来た日和達に、駅前で待っていた真夜がお辞儀をした。
「真夜!」
日和がニコニコと真夜に駆け寄ると、対抗心をメラメラとその瞳に燃やしている美和も近寄って行った。
「真夜さんも一緒に来られたら良かったですのに?」
「いえ、拙者はカナヅチですので。それに手芸部の皆さんの親睦を深める場に入り込むほど野暮ではございません」
「さすがは真夜さんですわ。私はてっきり水着姿を見られたくないのかと思いましたわ」
美和の視線は、つるぺたな真夜の胸に向かっていた。
日和はもちろん、真夜の過去を知っている四臣家の四人も気まずい顔をしたが、真夜はまったく気にしているようではなかった。
「そうなのです。三輪殿が羨ましいです」
「そ、そんなことございませんよ」
日和を巡るライバルである真夜から待ち上げられるだけで対抗心の炎が消火される、単純な美和であった。
「それはそうと、結局、菅原殿はプールに現れなかったようですね?」
真夜が秋土に訊いた。
「うん。僕らが一緒にいたから出にくくなったのかもね。でも、お陰で日和ちゃんの水着姿を見られて良かったけどね」
「嬉しそうですな、秋土殿」
真夜がジト目で秋土を見た。
「ご、誤解だよ!」
「秋土が一番にやけた顔してたんじゃないか?」
「秋土もけっこうむっつりスケベだからな」
夏火と冬木が、ここぞとばかりに秋土を攻めた。
「夏火と冬木も鼻の下が伸びてましたよ。もちろん私もですが」
自分もそうだと認めて反論を封じてから、春水も夏火と冬木を攻めた。
「それでは、皆様全員が、おひい様と一緒にいて楽しかったということにいたしましょう」
真夜が上手くまとめた後、一行は駅前で解散となり、日和は真夜と一緒に縮地術の扉がある公園に向かって歩き出した。
「楽しかったですか、おひい様?」
「うん! ……真夜も来られたら良いのにの」
「そうですな。そのうちに是非」
「絶対、行こうの!」
日和の笑顔を見つめていた真夜が笑顔を消して、前を見た。
そこには季風が立っていた。
「おかえりなさい、ヒヨちゃん」
「た、ただいまなのじゃ」
「拙者達に何か用ですかな?」
日和を守るように、真夜が日和の前に立った。
「ヒヨちゃんに用があります」
「な、なんじゃろ?」
「今度の日曜日は、季風の番ですよね?」
「えっ?」
「デートですよ。あの四人とも行ったんでしょ? そして今日は手芸部でプール。ヒヨちゃんと一緒に遊びに行ってないのは季風だけなんですよ。だから、今度の日曜日は、季風がヒヨちゃんと一緒に遊びに行く番ですよね?」
「菅原殿とは約束をされていないはずですが?」
「だから今、約束をしてるんです!」
季風は真夜を睨みつけた。
「えっと……」
どう返事をすれば良いのか分からず困ってしまった日和を見て、季風が悲しそうな顔をした。
「そんなに季風が嫌いですか?」
「そ、そう言う訳ではないのじゃ!」
「だったら一緒に行きましょう?」
デートをした四臣家の四人からは、季風のように、ちゃんと告白はされていなかった。
嫌いでないのであれば、自分を好きだと言ってくれた季風とだけ遊びに行かないのは卑怯だと日和は考えた。
行かないのであれば、季風の告白をはっきりと断るべきであるが、そこまで割り切ってクールになれない日和であった。
「おひい様、どうされますか?」
真夜の問い掛けに、日和は季風を見つめながら答えた。
「分かったのじゃ。季風さんとも遊びに行こうぞ」




