第三十四帖 姫様、デートをする!(with夏火)
秋土と遊園地デートをした次の週の日曜日。
今日は、隣の県で開かれる野外コンサート「夏フェス」に、夏火と一緒に行く約束をしていた。
秋土の時と同じように、縮地術の扉がある公園まで夏火が迎えに来てくれていた。
夏火は、黒のタンクトップの上にダークグレイのジャケットを腕まくりして羽織り、スリムなブラックジーンズに足元には黒のスニーカーを履いていた。
「夏火さん、お、おはようなのじゃ」
今日の日和は、髪をゆったりと三つ編みでおさげにしてキャップを被り、キャミソールの上にオーバーサイズのTシャツを着て、ジーンズのホットパンツ、生足に白のスニーカーという、引き籠もりとは思えないファッションであった。
白く細い腕と足を大胆に露出した日和を夏火も直視できないようだ。
「おう! って、お前、その格好は何だよ!」
「お、おかしいじゃろうか? 今日のコーディネイトは、和歌ちゃんにアドバイスをもらったんじゃが」
「違うよ! そ、その、短いスカートとかホットパンツをいつもは履いているのか?」
「うん、けっこう好きなのじゃ。動きやすいし」
「い、いや、学校の制服のスカートは長いから、日和の生足を初めて見た気がするからさ」
日和は、急に恥ずかしくなってしまった。
「そ、そんなにジロジロ見ないでたもれ」
「そんな格好してて無理言うなよ! 俺にずっと目をつぶってろって言うのか?」
「そ、それは、む、無理じゃの」
「ったく! ……俺の心を弄んでいるんじゃねえよ」
「えっ! 何て言ったのじゃ?」
「何でもねえよ!」
学校の最寄り駅から、一旦、都心のターミナル駅に行ってから、会場がある隣県まで行く特急電車に乗った。
夏火は、二人がけのシートの窓側に日和を座らせた。
「日和は、こんな電車に乗ったことないんだろ?」
「うん」
「途中、すごく景色が良い所があるからよ。それと」
夏火は、ショルダーバックの中から、いくつかお菓子を取り出した。
「電車の中で食べると美味いんだよな」
「電車の中で食べても良いのか?」
「こういう電車の中ではオッケイみたいだぜ」
間もなく電車が発車した。
電車自体にもそれほど乗ったことのない日和であったが、ゆったりと座って、流れる景色を眺めていると、それだけでワクワクしてきた。
「食べるか?」
夏火が日和に、開けたお菓子の箱を差し出した。
「まだ、朝ご飯を食べたばかりなのじゃ」
「なんだかさ、俺、朝飯は喉を通らなかったんだよな。緊張してたのかな?」
「夏火さんでも緊張することがあるのじゃなあ?」
素朴に疑問に思った日和であった。
「おい! 俺だって、こう見えて、ガラスのハートなんだぜ!」
「全然、見えないのじゃ」
「素で言ってんじゃねえよ!」
そう言いながらも、夏火は楽しそうだった。
日和は、その後しばらく、流れる車窓を眺めていたが、トンネルに入ると、窓に映った夏火と目が合った。夏火は、少し気まずそうに目をそらした。
「夏火さん、すまぬ」
「えっ、何が?」
「い、いや、窓の方ばかり見てて」
「景色が良い所があるって言ったのは俺だしな。でも、トンネルの時には話をしてくれたら嬉しいかな」
「分かったのじゃ」
と言いつつも、すぐに話題を見つけることができなかった日和は、とりあえず差し障りの無い話題を振った。
「夏火さんは、野外コンサートにいつも行っているのか?」
「ああ、好きだぜ。この夏フェスには、去年はバンドの連中と行って、それなりに面白かったけど、今年は、日和が一緒で、どうなるかってとこだな」
「わらわは、夏火さんみたいに音楽は詳しくないから、一緒にいても面白くないかもしれないのじゃ」
「いや、日和は近くで見ているだけで面白いからな」
「どう言う意味じゃろう?」
「そのまんまだよ。それに、日和も音楽は好きだっただろ?」
「うん。学校に行くまでは、あまり聴かなかったけど、最近はよく聴いておる。真夜が良い曲をよく知っているのじゃ」
「真夜が? 何か意外だな?」
「わらわが手芸に夢中になっておる間、暇じゃから、ラジオをよく聴いていたらしいのじゃ」
「へえ~、でも、音楽は良いだろ?」
「そうじゃの。本当にそう思うのじゃ」
嬉しそうな日和の顔を眺める夏火も嬉しそうだった。
「でも、夏火さんは、本当に音楽が好きなんじゃな」
「おう! もう俺の人生と言って良いね」
「そんなに好きになるきっかけは何だったのじゃ?」
「そうだなあ……。バンドを始めたのは、中等部に入ってからだったけど、初等部の時から邦楽、洋楽問わず、よく聴いていたなあ。親父も音楽をよく聴いていたけど、俺が音楽にのめり込んだのは、たぶん、葵さんの影響が一番だと思う」
「葵さんって、春水さんのお姉さんの?」
「そうだ」
「葵さんも音楽をしていたのか?」
「ああ、バンドでベースを弾いていたんだ。高等部の学園祭でそのライブを見て痺れた記憶があって、俺もバンドをやりたいって気持ちがわき上がってきたんだ」
「葵さんってすごいんじゃな。わらわも一度、会ってみたいものじゃ」
「俺も久しく会ってないな」
夏火は日和と話していることを忘れているかのように、思い出に浸っていた。
夏フェスの会場には、最寄り駅から専用のシャトルバスが出ていた。
バスは多くの乗客で混雑していたが、日和が他の乗客に押し潰されないように、夏火が体を張って、守ってくれた。
会場は、普段は広大な芝生の広場を中心に広がる自然公園で、広場には二枚貝が口を開いたような形のステージがあり、既にバンド演奏が始まっていた。
会場には椅子はなく、オールスタンディングで、ステージの前では、そのバンドのファンらしき男女が飛び跳ねていたが、それ以外の聴衆は、思い思いの場所に座って、のんびりと音楽に耳を傾けていた。
「このバンドの次の次に、お目当てのバンドが出るんだ。今のうちに腹ごしらえしとこうぜ」
広場を取り囲むように様々な露店が出ていた。それに向かって夏火が歩き出し、日和も跡を追ったが、夏火の早足について行くことができなかった。
夏火が振り向くと、五メートルほど離されていた日和が小走りに近づいた。
「日和」
息を切らしていた日和が呼ばれて夏火を見た。
突然、日和の右手が夏火に握られた。
「あっ!」
驚いた日和に夏火が言った。
「ごめんな、日和」
「急に手を握られたから、びっくりしただけじゃ」
「違うよ。俺ってさ、小さな頃からずっと、自分がやりたいようにやるって生きてきたから、連れのことをたまに忘れてしまうんだ。今も、早く飯の所に行かなくちゃって思って焦っちゃってさ」
「……」
「こんなことじゃ、日和の彼氏に立候補もできねえな」
「……」
「俺も今までいろんな女の子とデートをしたけど、何でちんたら歩いているんだよって腹を立てることもあったんだ。でも、日和には、そんなこと言いたくないし、考えたくもない」
「……」
「だから、今日、一緒に歩く時は、日和と手を繋いでいたいんだ」
「……」
「お前と一緒にいるんだって、ずっと思えることができるし、お前のことを一番に考えるんだって、自分で自分に言い聞かせることができる気がするから」
「あ、あの、手を繋ぐくらいなら……」
日和も顔を真っ赤にして、その後の台詞を言うことができなかった。でも、夏火には、ちゃんと伝わった。
「ありがとう、日和。まあ、格好いいこと言ったけど、単純に日和と手を繋いでいたかったってことなんだけどさ」
「な、何じゃ、それは」
「はははは、ゆっくり歩くから行こうぜ。何を食べる?」
「夏火さんの食べたいもので良いのじゃ」
「俺は日和が食べたいものを食べたいぜ」
「そ、そんなこと言われても」
露店に近づくと、良い匂いが漂ってきた。
「焼きそばの良い匂いがしておるのじゃ! あっ、あのたこ焼きも美味しそうなのじゃ! あのアメリカンドッグも食べてみたいの!」
「何だよ、お前。食べたいものだらけじゃねえか」
「あっ、……すまぬのじゃ」
「はははは、今、日和が言った食い物を全部食べようぜ」
夏火の言葉どおり、焼きそばとたこ焼き、アメリカンドッグを買い込んだ日和達は、夏火が持って来たレジャーシートを広場の後ろにある木陰に敷いて、ステージを遠くに見ながら食べた。
「何だかピクニックのようじゃな」
「ああ、気持ち良いぜ。それはそうと、そのアメリカンドッグ、美味いか?」
「外で食べると何でも美味しいのじゃ」
「ちょっと分けてくれ」
「えっ」
日和が持っていたアメリカンドッグは三分の一ほど日和がかじって無くなっていた。
「もう一つ買ってこようかの?」
「い、いや、一口で良いんだ」
何となく夏火も恥ずかしげだった。
「でも、わらわの食べかけじゃぞ?」
「そんなの全然気にしないよ! てかっ、そっちの方が良いかも」
「えっ、何て言ったのじゃ?」
最後の方は声が小さくて、よく聞き取れなかった日和が訊いたが、夏火は「何でもねえよ!」と言いながら頭を掻いていた。
「……じゃあ、はい」
日和が食べかけのアメリカンドッグを差し出すと、てっきり夏火がそれを受け取ると思っていたが、夏火は顔を近づけて口を大きく開けて、パクリと一口食べた。
しばらくモグモグとした後、夏火は嬉しそうに日和を見た。
「うめえ」
「もっと食べるかえ?」
「いや、もう良いよ。日和が食べな。代わりに焼きそば食べるか?」
「わらわはこれでお腹いっぱいじゃ」
「もうちょっと食べないと大きくなれないぞ」
「もう諦めておる」
「まあ、ちっこい日和も可愛いからな」
お目当てのライブが始まると、夏火は日和を連れて、最前列に陣取った。
「日和、あらかじめ謝っておく。このバンド、俺の大好きなバンドで、ライブ中、日和を置いてけぼりにして熱中してしまうと思うんだ」
「良いのじゃ。わらわだって自分の好きなことに熱中していると、何を言われても聞こえないこともあるのじゃ」
「日和、ありがとうな!」
ライブが始まると、自分で宣言したとおり、夏火は、大きな声で演奏中の曲を歌いながら、両手を振り上げながら飛び跳ねた。
日和はさすがに、そこまでは弾けることができなかったが、あらかじめ夏火から曲をダビングしてもらい何度となく聴いていた曲を生で聴けて嬉しくなった。
アップテンポの曲が続き、会場のボルテージも、夏火のボルテージもヒートアップしていた。
ただでさえ暑い真夏の晴天に会場の熱気が加わって、日和の体も熱を貯め込んできていたようだ。
突然、音がこもるように聞こえだし、次第に目眩がしてきた。
立っているのが辛くなった日和は、その場でしゃがみこんだ。
「どうした、日和?」
夏火もすぐに気がついて、跪いて、日和の肩を優しく揺すった。
「気分が」
それだけをやっと口にすると、顔から血の気が引いていくのが分かった。
日和の顔が青ざめたのを見た夏火は、すぐに日和をお姫様抱っこをして、観客がひしめきあっていた会場の最前列から人をかき分けながら脱出すると、木陰がある会場の端まで全速で走った。
「大丈夫か、日和?」
日陰に入り、息を切らしながら、夏火が訊いた。
夏火に抱っこされて、心配そうな夏火の顔を見上げた日和は、こくりと頷いた。
「救護スペースに行こうか?」
「夏火さん、大丈夫じゃ」
弱々しくであったが、日和は夏火にはっきりと告げた。
人混みが原因だったのか、広いスペースに出てくると、動悸も静まってきて、気分も少し楽になった。
「お医者さんに見てもらうのは嫌なのじゃ」
「何で?」
「注射されるのが」
「……ぷっ! はははははは。そんなこと言えるのなら大丈夫かな?」
「うん、ちょっと、ここで涼むと大丈夫なのじゃ」
「じゃあ、ちょっと待ってろ」
日和は、夏火が敷いたレジャーシートに腰を下ろした。
「大丈夫か?」
日和の前に跪いた夏火が心配そうな顔をして訊いた。
「うん。だいぶ落ち着いたのじゃ」
「そうか。良かった」
「夏火さん」
「うん?」
「すまぬのじゃ」
「えっ?」
「夏火さんがあんなに楽しみにしていたライブの途中だったのに……」
「気にするなって! ちゃんと音は聞こえてるしな」
ステージからかなり離れた場所ではあったが、ライブの音も、風に乗って届いていて来ていた。
「でも」
「気にするなって言ってるだろ! ライブより日和の方が大事だっての!」
「あ、あの、……ありがとうなのじゃ」
日和が頭を上げると、夏火は、まだハアハアと肩で息をしており、顔には汗をいっぱい掻いていた。
「わらわより夏火さんは大丈夫なのか? 苦しそうじゃし、顔も赤いのじゃ」
「し、心配いらねえよ」
「で、でも」
跪いていた夏火は、ゆっくりと横向きに倒れてしまった。
夏火が目を開けると綺麗な青空が見えた。
「夏火さん! 気がついたか?」
夏火を覗き込むように、上下が逆の日和の顔が現れた。
「ひ、日和! ……俺は?」
「夏火さんも急に倒れてしもうて」
夏火が額に手をやると濡れたハンカチが置かれていた。
「どれくらい倒れてた?」
「えっと、五分くらいかの。お医者様がどこにいるのかも分からなかったから、どうしようかと思っていたのじゃが、とりあえず、水筒の水でハンカチを濡らして額に置いてから、太陽の光を当てたら、すぐに目が醒めたのじゃ」
「太陽の光? 太陽の神術を発動したのか?」
「ほんのちょっとだけじゃ」
「そ、そうか」
夏火は起き上がろうと、自分の頭を少し持ち上げると、頭の下に枕のようなものがあるのを感じた。何気なく手を頭の後ろに回すと、柔らかくてすべすべした手触りを感じた。
「きゃっ!」
日和が悲鳴を上げて、座ったまま後ろに飛び下がると、頭を支えるものが無くなった夏火は後頭部を地面に打ち付けた。
「痛てえ~」
後頭部をさすりながら、上半身を起こして後ろを振り返るように日和を見ると、顔を真っ赤にして涙目になっていた。
「あっ! あ、あの、わざとじゃないからな!」
夏火は、今触ったのが何かを理解して、顔を真っ赤にして弁解をした。
「び、びっくりしたのじゃ」
「悪い! 本当に悪い!」
夏火も必死に頭を下げた。
「夏火さん。本当にびっくりしただけなのじゃ。夏火さんは、全然、悪くないのじゃ」
日和は、ちゃんと座り直してから、夏火に言った。
「もう少し休憩してから、またステージ前に行くかえ?」
「そうだな。嬉しすぎて、はしゃぎすぎたかな」
二人はシートに並んで座った。
夏火は、遠くから聞こえるリズムに足を揺らしていた。
「夏火さん」
「うん?」
「夏火さんだけでもステージの近くに行ってきたらどうじゃ? わらわは大丈夫じゃ」
「さっきも言っただろ! 今日は、日和を置いてけぼりにしては、どこにも行かないってさ!」
そう言うと、夏火は腰をずらして、日和に少しだけ近づくと、遠くにステージを見ながら、再び、リズムに体を揺らし始めた。




