第二十四帖 姫様、披露されることになる!
四臣家の四人との掛け持ちデートを終えた次の日。月曜日の朝。
日和は、今日も真夜と一緒に登校していたが、その足取りは軽かった。
昨日は、人生で初めて終日外出をしていて、夜には少し疲労感が残っていたが、今朝には、すっかりと消えていて、むしろ目覚めも良かった。
学園の塀の角に、麗華が一人で立っていることに気がついた。
麗華も日和達に気がつくと、深々とお辞儀をした。
「麗華さん、おはようなのじゃ!」
日和の方から声を掛けた。
「おはようございます、卑弥埜様。それと……梨芽様」
少し照れくさそうに、麗華は真夜にも挨拶をした。
これまでは想像できなかった麗華の態度の変化に、真夜も少し戸惑ってしまったようだ。
「お、おはようございます、橘殿」
「卑弥埜様」
麗華は、日和を真っ直ぐに見据えると、改めて深々と頭を下げた。
「先日までの卑弥埜様に対する御無礼の数々、どうかお許しください」
「わらわは、麗華さんから無礼な扱いを受けたという記憶は無いが?」
驚いたように頭を上げた麗華が日和をマジマジと見つめた。
「こちらこそ、急に眠りこけてしまって、すまなかったのじゃ」
「あ、あの」
「真夜がの、宿題を終えるまで眠らせてくれぬから、あの日も寝不足だったのじゃろう」
「……」
「そう言う麗華さんは大丈夫なのか? 先週は、あの後もずっとお休みされていたようじゃが?」
「はい。すっかりと良くなりました。体はもちろんですが、心も」
「そうか。それは良かったのじゃ」
「あ、あの、それで、卑弥埜様にお願いがあるのですが」
「何じゃろ?」
「今日、春水様にもちゃんと謝りたいと思います。できれば、その場に卑弥埜様にもいてほしいのです」
「わらわも? ……二人だけで話された方が良いのではないか?」
「ご迷惑なのは重々承知しております。でも、卑弥埜様に近くにいてほしいのです」
「……分かったのじゃ」
その日の昼休み。
日和が麗華と中庭の隅に立っていると、春水がゆっくりと歩いて来た。
その顔は少し緊張しているように思えた。
「春水様、お呼び立てして申し訳ございません」
「いえ、……それで、今日は何か?」
「まずは、春水様に、これまでご迷惑をお掛けいたしましたことをお詫び申し上げます。本当に申し訳ございませんでした」
麗華は春水に深々と頭を下げた。
そして頭を上げた麗華は、春水を真剣な表情で見つめた。
「ワタクシは、春水様のことが今でも好きです」
再びの告白に、春水も少し戸惑った表情をした。
「でも、春水様が好きになられる人がワタクシでなくても、それを受け入れます」
「……」
「できれば、卑弥埜様を好きになっていただければ、ワタクシは嬉しいです」
「麗華さん! そ、それはどう言うことじゃ?」
突然、自分のことを言われて、日和は焦ってしまった。
そんな日和を見ながら、麗華が優しく微笑んだ。
「ワタクシは、春水様の許嫁として恥ずかしくないように、美しくありたいと自分なりに努力をしてきたつもりでございます。春水様のために、こんなに努力をしている自分は誰にも負けるはずがないと思っておりました。卑弥埜様に対しても、卑弥埜の姫様だということだけの人だと、内心、馬鹿にしていました」
「……」
「でも、卑弥埜様とお話をさせていただいて、卑弥埜様の何も飾り立てないで、清らかで真っ直ぐなお心に触れて、目が醒めました」
「……麗華さん」
春水も麗華の気持ちが分かったのか、穏やかで優しい顔になっていた。
「だから、スプリングウォーターズも解散をさせます」
「麗華さん!」
麗華の後ろから、日和が声を上げた。
「スプリングウォーターズは、そのまま残してあげたらどうじゃろう?」
「えっ?」
「あ、あの、もちろん、春水さんの迷惑でなければじゃが?」
「……今の活動を続けていくということであれば、私は、特に迷惑ではありません」
春水が日和に答えた。
「だったら、麗華さん! スプリングウォーターズを続けてあげたらどうじゃろう? メンバーはみんな、自分達で作った決まりを守る真面目な人ばかりじゃ。大好きな春水さんから離れろと、彼女達に言うのは可哀想なのじゃ」
「卑弥埜様。 ……卑弥埜様には本当に敵いませんわ。分かりました。スプリングウォーターズは、当面、存続させていただきます」
「うん、それが良いと思うのじゃ」
はにかんだような表情で、日和を見ていた麗華は、嬉しそうに笑いながら視線を春水に移した。
「卑弥埜様は、本当に敬うことができるお姫様です。そして、春水様に相応しい方だと思います」
「麗華さん! だから、今は、わらわのことは関係無いのじゃ!」
日和は、またまた、照れて焦ってしまった。
「麗華さんの気持ちはちゃんと伝わりました」
穏やかな笑顔を浮かべている麗華に、春水も優しい笑顔を返した。
「麗華さんとは、小さな頃には、よく一緒に遊んで、いっぱい笑いましたね。今の麗華さんは、その頃の麗華さんに戻った気がします」
「春水様」
「これからも、その頃と同じように、おつき合いをさせていただいてよろしいですか?」
「もちろんです、春水様!」
春水が差し出した右手を、麗華はしっかりと握った。
その日の放課後。
手芸部の活動を終えた日和は、後片付けをしながら和歌と洋服を見に行く日の相談を始めた。
しかし、美和がその話をスルーするはずがなかった。
「日和ちゃんと和歌ちゃんは一緒にお買い物に行くの?」
「そうなのじゃ。和歌ちゃんが、昨日、着ていた服がすごく可愛かったから、お店を紹介してもらうのじゃ」
「昨日、二人は会っていたの?」
「ふ、二人きりではなくて、真夜もいたのじゃが……」
「ぶ、部長、何だか怖いです」
さすがの和歌も身震いするほどの、般若の形相の美和であった。
「そ、そんなことはないわよ。それで、いつ行くか、決めたの?」
「今度の日曜日にしようかと思ってます」
「私も行くから!」
「……」
「わ・た・し・も・い・く・か・ら!」
「ちゃ、ちゃんと聞こえてます」
「日和ちゃん、良いでしょ?」
「も、もちろんなのじゃ」
美和の顔が、ぱあっと明るくなった。
「それじゃあ、せっかくだからお昼も一緒に食べましょう! やっぱり、最初はグループ交際からよね」
美和も日和と一緒に買い物に行く約束ができて気分が良くなったのか、日和と和歌と一緒に校舎を出て、真夜が待っている校門まで来た。
「皆様、お疲れ様でした」
真夜が日和達にお辞儀をした。
「今日は、途中まで一緒に帰ろうかと思いまして。ご迷惑ではないですか?」
美和は、真夜に対して敵意をむき出しにすることはなくなったが、その目には相変わらず対抗心の炎が燃え盛っていた。
「いいえ、……そう言えば、先週、三輪殿に危ないところを助けていただいたことがございましたな」
「あ、ああ、そうでしたわね」
「三輪殿のご自宅はあの周辺なのでござろうか?」
「え、ええ、そうですわ。できれば、日和ちゃんを私の家に招待して、部屋の中で、あんなこととかこんなこととかしたいのだけど残念だわ」
「ど、どんなことをされようとしているのじゃろうか?」
部室よりも更にエスカレートした美和のGL攻撃に耐えられる自信は、日和には無かった。
「家に招待できないご事情があられるのでしょうか?」
「ま、真夜さん、そこは軽くスルーしていただかないと」
不良達に囲まれた時に現れたプロの極道達のことに触れられたくないようだ。
四人で一緒に歩き出すと、すぐに真夜が歩を止めた。
「どうしましたの、真夜さん?」
そのまま数歩歩んだ美和と和歌が、真夜を振り返り見ると、すぐに辺り一面が荒野に変わった。
そして同時に、美和と和歌が崩れ落ちるように地面に倒れた。
日和達の前には、もうお馴染みとなった黒服サングラスの刺客十二人が立っていた。
「真夜!」
緊迫したシーンではあったが、真夜は日和に笑顔を返した。
「お二人は拙者が眠らせただけでございます。おひい様は、お二人を守っていてくださいませ」
真夜はそう言うと、三日月剣を出して、刺客達の前に立ち塞がった。
「それにしても懲りぬ奴らだ。以前に、お前達の仲間を一人逃がしてやったのに、そいつから話は聞いていないのか?」
真夜も、うんざりという顔をした。
「何度、来ても無駄だ! 一般人を結界に入れたら、拙者らが神術の発動を控えると思っておるのか!」
刺客達は、真夜の警告を無視して、日和に襲い掛かろうと、六人ずつに分かれて真夜を迂回しようとした。
しかし、真夜が三日月剣を高く掲げると、辺りは真っ黒になり、日和と美和、和歌は見えなくなった。
攻撃目標を失った刺客達は、キョロキョロと辺りを見渡すことしかできなかったようだ。
「拙者を倒せば、卑弥埜の姫は姿を現すぞ! さあ、掛かって参れ!」
「う~ん」
公園のベンチで、日和と真夜の間に座らせていた美和と和歌が、同時に気がついた。
二人とも少し顔をしかめて目を開けると周囲を見渡した。
「あれっ、ここは?」
美和が隣に座っていた真夜に尋ねた。
「帰り道の途中にある公園でござる。お二人が、また、突然、お眠りになったので、ここで目が覚めるまで休憩していたのです」
「私達、また眠ってしまったのですか?」
和歌もバツが悪そうだった。
「心配いらないのじゃ、和歌ちゃん。ほんの十分くらいじゃ」
和歌の隣に座っていた日和が慰めるように言った。
「十分でも意識が無いほど眠りこけるなんて、何かの病気なんでしょうか? それとも卑弥埜先輩が変な目的を持って、私達を眠らせているのですか?」
「ど、どうして、わらわが二人を眠らせなければいけないのじゃ?」
「だって、前回と今回で共通しているのは、卑弥埜先輩が近くにいることしかないですよ」
「そうなの、日和ちゃん? 私の胸を触りたいのなら、ちゃんと言ってくれれば、いくらでも触らしてあげるのに」
「え、遠慮するのじゃ」
「でも」
美和が隣の真夜を不機嫌な顔で見た。
「どうして和歌ちゃんの隣が日和ちゃんで、私の隣が真夜さんですの?」
「おひい様の身の安全のためでござる」
冷静に答えた真夜に不満たらたらの顔をしながらも反論できなかった美和であった。
「真夜」
美和と和歌と別れて、縮地術の扉がある公園まで歩いていた日和が隣を歩く真夜を呼んだ声は元気が無かった。
「何でございますか?」
「わらわが学校に行くことは、みんなの迷惑になっておるのであろうか?」
「……どうして、そのようなことを?」
「わらわを狙って何人もの刺客が来る。欧州の連中が来た時には、部長と和歌ちゃんを巻き添えにするところじゃったし、その後も、秋土さんに大怪我をさせてしもうたり、今日も部長と和歌ちゃんに迷惑を掛けてしもうた」
「秋土殿は、進んでおひい様を助けてくれたとも考えることができますが、手芸部のお二人はまったくの無関係でございますからね」
「そうなのじゃ。これからも刺客が来るとしたら、いつか取り返しのつかないことにならぬか、心配なのじゃ」
「……」
「やっぱり、わらわは学校に行ってはならなかったのじゃろうか?」
悲しそうな日和の顔を辛そうに見つめていた真夜であった。
その日の夜。
灯りを落とした伊与の部屋で、向かい合った伊与と真夜が小声で話していた。
「それにしてもしつこいの」
「はい。前回、刺客の一人をわざと逃して、おひい様を襲うことが無駄であることを知らせようとしたつもりなのですが、依頼主に伝わっていないようです」
「確かに、二度も駄目であれば、三度目は諦めてもおかしくはないはずじゃの」
「馬鹿の一つ憶えのように襲って来るだけですからな。あの刺客達には横の連絡ができていないような気がします」
「横の連絡?」
「つまり、前回と今回の襲撃は、依頼主が違うということが考えられます」
「なるほどのう。確かに、開明派も守旧派も、時々、勉強会と称する集会を開催しているくらいで、まとまった組織があるわけではないからの」
「以前に、アラン様と百々様を襲った時には、欧州の連中が連携を主導したようです。そうすると、今回は、まだ、欧州と守旧派との連携ができていないと思われます」
「あの後、欧州の連中もやって来ないところを見ると、そうなのじゃろう。しかし、そうすると、これからも五月雨式に襲って来るのかのう?」
「そうなる可能性が高いと思います。まとまって来ない分、撃退は容易いですが、鬱陶しくてなりませぬ」
「そうじゃのう」
「それに、人間、物事に慣れてくると、思わぬ失敗をすることもございます」
「真夜なら心配いらぬであろう?」
「いえ、拙者も人間でございます。伊与様の小言にも、最近、麻痺してきているくらいですから」
「相変わらず一言多いわ! しかし、……真夜の言うとおりじゃな」
「奴らが連携してしまう前に、何とか襲撃を止めさせることができないでしょうか?」
「そうじゃのう。儂が守旧派と思われる家の当主を招いて文句を言うことはできるが、火に油を注ぐような気がするのう」
「もともと卑弥埜家に反発している家がほとんどですから、その危険性が高いですね」
「言うても分からぬ者には、身をもって分からせるしかないのじゃがな」
「身をもって……」
「日和の太陽の神術でも見せびらかすかの」
「神術使いを全滅させるおつもりですか?」
「冗談じゃ」
「しかし、……見せびらかすのは良い方法かもしれませぬ」
「何を見せびらかすのじゃ?」
「おひい様の力です。太陽の神術に限らずとも、おひい様がアラン様から受け継がれている西洋魔法の一端でも良いのですが、おひい様を襲っても無駄だということを知らしめると良いのではないでしょうか?」
「なるほど。しかし、どうやって見せびらかすのじゃ? 日和に神術と魔法の発表会でもさせるつもりか?」
「発表会などと銘打っては、本当に来てほしい者が来てくれぬ気がします」
「本当に来てほしい者?」
「守旧派と呼ばれる家の当主クラスです。今まで、下っ端や雇われの神術使いばかりが襲って来ていますが、襲撃が止まないのは、実際に命令を出している者に、おひい様の実力がちゃんと伝わっていないからだと思います」
「つまり、実際に襲撃の依頼を出しているクラスの連中に、日和の実力のすごさを見せつけるという訳じゃな?」
「はい」
「しかし、各家の当主クラスを呼び出す名目が無いのう。日和の結婚披露宴くらいしか思い浮かばぬが……」
「披露宴! それでございます! おひい様は、まだ正式に卑弥埜家の跡取りとして、他家に紹介しておりませんでしたね?」
「そうはそうじゃ。一人っ子だから、わざわざ披露しなくとも、当然のごとく、そうなるとみんな思っておるし、実際、そうなのじゃからな」
「しかし、おひい様も通学を始められたことですから、おひい様を、正式に、伊与様の跡取りとして、主だった神術使いの家に披露をする宴を、今、開催しても、おかしくはありますまい?」
「それもそうじゃの。しかし、そうやって集まってもらったは良いが、都合良く、日和がその力を見せつけることができるとは限らぬぞ」
「その都合は、拙者がお膳立ていたします」
「……真夜、恐ろしい子」
「おひい様は学校に行くようになって変わられました。友達もできて、すごく明るくなられた気がいたします。拙者は、そんなおひい様をこれからも見たいのです。そのためであれば、拙者は鬼にもなりましょう」
日和のためであれば、闇に飲み込まれることも辞さない決意が鬼気迫る表情として現れていた真夜であった。




