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姫で人見知りだけど幼女じゃないから恋だってできるのじゃ!  作者: 粟吹一夢
第二部 楽しいこと、辛いこと、恋をするということ
22/62

第二十一帖 姫様、恋を語る!

 結局、黒服達との関係についてシラを突き通した美和みわは、そのまま帰って行った。

「あの男どもは、部長の家臣みたいじゃったなあ」

「おそらく、三輪みつわ殿は、そう地位にいらっしゃるのでしょうな。それはそうと」

 真夜まやは言葉を切り、あごに手をやって、しばらく考え事をした後、言葉を続けた。

「今回のことは、スプリングウォーターズが暴走したのか? それとも橘麗華たちばなれいかの指示があったのか? おひい様はどう思われますか?」

「……分からぬ」

「あの女生徒達が橘麗華たちばなれいかのためと思って暴走したのであれば仕方しかたが無い部分もありましょう。しかし、橘麗華たちばなれいかが今回の件に関与しているとしたら、まったくもって信頼にあたいしない人物ということになります」

「……そうじゃな」

「明日、学校で確かめましょう。仮に本人が関与しているとしたら、今の一件は、既に本人に報告されているはずですからな」



 次の日の放課後。

 日和ひより真夜まやは、都内の住宅街の中に、とてつもなく広い敷地を占めているたちばな家の門の前にいた。

 建物は、つたからまる洋館で、歴史を感じさせるものであった。そして、そのまわりは高い塀に囲まれており、立派な門は固く閉ざされていた。

 今日の昼間、神術学科二年参組の教室を訪れ、参組の生徒から麗華れいかが休んでいると聞いた日和ひより真夜まやが、昨日、スプリングウォーターズから襲撃されたことを問い質そうと、お見舞いを兼ねて訪問したのだ。

「本当に病気で寝ておれば、問い詰めるのは可哀想なので、お見舞いだけして帰るのじゃ」

 日和ひよりの手には、一輪の花が握られていた。

「分かっております。拙者もそれほど鬼ではございませんよ」

「わらわに宿題をしろと迫る時は、鬼のようじゃが?」

「おひい様がちゃんと宿題をしていただければつのは生えません」

「……墓穴を掘った気がするのじゃ」

「ふふふ、よくお分かりでございますね。さて」

 真夜まやは、日和ひよりから屋敷に視線を移した。

「とりあえず入ってみましょう。卑弥埜ひみのの姫が来たと言えば追い返しはいたしますまい。しかし……」

 真夜まやが厳しい顔付きになって、日和ひよりを見た。

たちばな家は、守旧派の重鎮じゅうちんという噂がございます。つまり、おひい様を襲って来ている連中の黒幕かもしれないのです」

「う、うん」

「油断をされませんように。湯茶の接待もあると思いますが、絶対に口にしてはなりませんぞ」

「わ、分かっておるのじゃ」

「では、参りましょう」

 呼び鈴を鳴らし、卑弥埜ひみのの者だと名乗り、麗華れいかに会いに来たと告げると、真夜まやの予想どおり、麗華れいかの母親である当主夫人自らが玄関まで出迎えに出て来て、豪華な応接間に通された。

 夫人は、日和ひより達の対面に座った。

「初めてお目に掛かります。橘礼子たちばなれいこと申します」

「こちらは卑弥埜ひみの家次期当主であらせられます卑弥埜ひみの日和ひより様です。拙者は総家政婦長の梨芽なしめ真夜まやと申します」

 真夜まやが座ったまま、自己紹介をした。

卑弥埜ひみのの姫様を我が屋敷にお迎えすることができるなど光栄でございますが、我が当主橘道長(たちばなみちなが)はまだ仕事から帰って来ておりません」

「いえ、こちらこそ急にまかりこしまして申し訳ございません」

 そこにメイド達が入って来て、三人の前に和菓子と抹茶を置いた。

「粗茶でございますがどうぞ」

 夫人が勧めたが、日和ひより真夜まやは愛想笑いを浮かべただけで、手を出さなかった。

たちばな殿。本日は、ご息女とお会いいしたくて参りました。学校を休まれていたようですが、ご病気なのでしょうか?」

「はい。昨日、学校から帰って来ると、熱を出してしまいまして。今朝は下がっていたのですが、大事を取って休ませました。もう、かなり元気になっているはずですから、お会いできると思います」

「体調が悪いようであれば、お見舞いだけ述べて退散いたします」

「念のため、娘に訊いてまいりましょう」

 夫人は、応接間から出て行ったが、すぐに戻って来た。

卑弥埜ひみの様、お一人とお会いしたいそうです」



 日和ひより真夜まやは、メイドに案内されて洋館の廊下を歩いていき、麗華れいかの部屋の手前で、真夜まやは立ち止まった。

「では、拙者はドアの前で待機しております」

 真夜まやを置いて、日和ひよりが、そのまま部屋の前まで行くと、メイドがドアをノックした。

 すぐにドアが開かれ、麗華れいかが出て来た。

卑弥埜ひみの様、いらっしゃいませ」

 パジャマにカーデガンを羽織った麗華れいかは、思いの外、元気そうで、その明るい表情を見た日和ひよりは、少し安心をした。

「いきなり押し掛けて、すまぬのじゃ」

「いいえ。どうぞ」

 日和ひよりは、麗華れいかの部屋の中に入った。

 高級そうなインテリアで統一されたお洒落な部屋であった。

 部屋の中央に小さなローテーブルがあり、二人は床に置かれたクッションの上に向き合って座った。

「これはつまらぬ物じゃが」

 日和ひよりは一輪の花を差し出した。

「ありがとうございます」

 花を受け取った麗華れいかは、花に顔を近づけた。

「良い香りでございます」

「元気そうで何よりじゃ」

今朝方けさがたは少し辛かったですけど、病院で注射をしてもらうと楽になりました」

「風邪かの?」

「はい。インフルエンザではございませんのでご安心ください」

「それは安心じゃ。わらわは注射が大嫌いなのじゃ」

「まあ! それでは、おちおちと風邪など引く訳にはまいりませんね」

「お陰で、ここ五年ほど寝込んではおらぬ」

「そうでございますか。……卑弥埜ひみの様?」

 少し表情を固くさせて、麗華れいかは首をかしげて日和ひよりを見た。

「今日、わざわざ、いらっしゃったのは、ワタクシにお見舞いの言葉を述べるだけではないのではございませんか?」

「う、うん。麗華れいかさんに確認したいことがあるのじゃ。良いかの?」

「はい」

「実はの、昨日、スプリングウォーターズの女の子達に待ち伏せされて、わらわが春水はるみさんを奪おうとしているのではないかと責められての」

「……」

「そのことを、麗華れいかさんは知っておるか?」

「いいえ。初耳でございます」

「そうか。それであれば良いのじゃ」

「……卑弥埜ひみの様にはご迷惑をお掛けいたしました。申し訳ありません」

 麗華れいかは、日和ひよりに頭を下げた。

「い、いや、すごく迷惑だったという訳ではないのじゃが、スプリングウォーターズのみんなには、わらわはどういうふうに思われておるのじゃろうと思うての?」

「どういうふうに?」

「うん。もしかして、わらわは、春水はるみさんを麗華れいかさんから奪った極悪人のように思われているのじゃろうか?」

「……少なくとも、卑弥埜ひみの様が転校してくるまで、春水はるみ様も昔の話を蒸し返すことはありませんでした。卑弥埜ひみの様が春水はるみ様に何かおっしゃったのではないですか?」

「婚約破棄のことについて、春水はるみさんと麗華れいかさんの考え方が違っているようじゃったから、ちゃんと話をしてあげてほしいとは言った」

「それは何故でございますか?」

「そんな大事なことを、お互いに誤解したままだといけないと思ったのじゃ」

「……卑弥埜ひみの様、ワタクシの話を聞いていただけますか?」

 思い詰めたような麗華れいかの表情に、日和ひよりも真剣な顔をしてうなづいた。

 タイミングを見計らっていたかのように、ドアがノックされた。

 麗華れいかが「入りなさい」と言うと、メイドが入って来て、ローテーブルに紅茶とショートケーキを置いた。

 メイドが一礼して部屋から出て行くと、麗華れいかが紅茶を勧めたが、真夜まやとの約束どおり、日和ひよりは、礼を言ったが、それを口にしなかった。

 麗華れいかもそのことを特段、気にすることなく静かに話し始めた。

たちばな家と大伴おおとも家は、家同士の交流が昔からありましたから、ワタクシは、大伴おおとものお屋敷にお邪魔をさせていただくことが再々(さいさい)ありました。ワタクシは物心が付いた頃より春水はるみ様のことが好きでした。春水はるみ様の跡をついて回って、いつもおそばにおりました。春水はるみ様もそんなワタクシを遠ざけることはありませんでした」

 麗華れいかの視線は、日和ひよりを通り越して、後ろの壁を見つめているようだった。

卑弥埜ひみの様ももうお分かりでしょうけど、ワタクシは自分の気持ちを心の中に仕舞っておくことができません。だから、ワタクシは、両親にいつも、春美はるみ様のお嫁さんになりたいと言っていたようです。そして、そんなワタクシの気持ちを察してくれたのか、ワタクシの父上が春水はるみ様のお父上と話されて、将来の許嫁いいなづけにとの話をまとめたと聞いています」

 麗華れいかの父親も、娘可愛さのあまり、将来まで一緒にさせようと思ったのだろう。

「その話を聞いて、ワタクシは嬉しゅうございました。大好きな春水はるみ様の花嫁になることを、ずっと夢見続けてきてまいりました」

 麗華れいかは、視線を日和ひよりに向けた。

「でも、中等部になった時、突然、一方的に婚約破棄を申し渡されました。今の時代、本人の気持ちが一番であって、家同士の取り決めで結婚相手を決めるなんて、よく考えれば、あり得ないことです。それは理解しています」

 麗華れいかは少しうつむき、自分の組んだ両手を見つめた。

「だから、ワタクシは、改めて、春水はるみ様に申しました。『ワタクシは、これからもずっと春水はるみ様をおしたい申し上げます』と」

春水はるみさんは何と?」

「ワタクシが誰を好きになるかはワタクシの自由だから止めろとは言えないけど、今は特定の女性とおつき合いするつもりはないとおっしゃいました」

 春水はるみとしても、麗華れいかのことが嫌いになって婚約を破棄したのではなく、単に自分の結婚相手を親に決められていたことが納得できなかったのであろう。

「だから、ワタクシは思ったのです。ワタクシは春美はるみ様の許嫁いいなづけのままでいようと。そう思うことはワタクシの自由ですねよ、卑弥埜ひみの様?」

「そうじゃの。春水はるみさんの言うとおり、想い続けることは誰も止めることはできないはずじゃからの。じゃが、スプリングウォーターズのメンバーには、今も許嫁いいなづけだと、何故、言っておったのじゃ?」

「それは……、そう言わないと、ワタクシの心は崩れ落ちてしまいそうだったのです!」

「……」

「ご存じのとおり、神術学科は幼稚部からあります。ワタクシも春水はるみ様も幼稚部からずっと耶麻臺やまたい学園に通っていましたから、ワタクシが春水はるみ様の許嫁いいなづけであることは同級生達に知れ渡っていました。婚約が破棄されたことは、春水はるみ様もそんなに大ぴらに話されませんでしたから、知っているのは四臣家よんしんけかたくらいでした」

「……」

「そんな中で、春水はるみ様の許嫁いいなづけでなくなったことを、ワタクシの口から明らかにすることは、ワタクシのプライドが許しませんでした。だから、同級生の、特に女子からは、ワタクシは相変わらず春水はるみ様の許嫁いいなづけのままだと思われていました」

「……」

「でも、事情を知らない普通科の女生徒達は、春水はるみ様に次々に声を掛けて来ていました。告白したり、デートに誘ったりする場面に出くわすたび、ワタクシは不安でたまらなくなったのです。だから、ワタクシが春水はるみ様の許嫁いいなづけだと名乗り出て、スプリングウォーターズを作ったのです」

「……」

「それは、春水はるみ様のためでもあったのです。スプリングウォーターズが春水はるみ様に必要以上に近づいて来る女子を遠ざけることで、春水はるみ様もわずらわしさから解放されていたのですから」

「それは、春水はるみさんも承知の上なのか?」

「いいえ、でも、ワタクシは、春水はるみ様もそう思っていてくださると信じています」

 春水はるみ一途いちずに想うあまり、麗華れいかは、春水はるみの心情を自分勝手に解釈し良かれと思ってやっているのであって、そう言う意味では悪意は無かった。

「スプリングウォーターズのメンバーには、先日、春水はるみ様とお話をした後に、婚約を白紙に戻されたと言いました。でも、ワタクシは、その原因が卑弥埜ひみの様にあるなどとは、一言ひとことも言っていません」

「きっと、その前に、わらわがメンバーを刺激するようなことをしたから、メンバーが勝手に、わらわが原因じゃと思ったのじゃろう」

「……申し訳ありません」

麗華れいかさんが悪いのではない。全部、誤解が原因なのじゃ」

「……卑弥埜ひみの様。今度は、ワタクシの方から質問させてくださいませ」

「何じゃろう?」

卑弥埜ひみの様は、春水はるみ様のことを、どう想っておいでなのですか?」

「そうじゃな。……春水はるみさんは、他の四臣家よんしんけの人と同じく、初めてできた男子の友達じゃ」

「初めての友達?」

「わらわは、耶麻臺やまたい学園に通い出すまでは、学校に行かずに家で勉強しておった。あまり、と言うか、ほとんど外に出なかったから、男女問わず友達と呼べる人はいなかった。でも、真夜まやもおったから、特に寂しいとも思わなかった」

「……」

「今年から通学を始めて不安だらけじゃったが、隣の席の春水はるみさん、夏火なつひさん、秋土あきとさん、冬木ふゆきさんは、そんなわらわの緊張を解いてくれて、学校に馴染ませてくれた。四人はわらわの友達なのじゃ」

「これからも友達のままですの? 春水はるみ様のことを好きになることはあり得ませんの?」

「将来のことは誰にも分からぬ。でもの、……これは、恥ずかしくて真夜まやにも言っておらぬことじゃが」

「何でございますか?」

「学校に行くようになって、同じくらいの年代の男子と女子を見ていて思ったのじゃ。わらわも恋をしてみたいと」

「……」

「わらわのお母様は周囲の反対を押し切って、西洋の魔法使いであるお父様と結婚をした。それで二人は命を落とすことになったのじゃが……」

「……」

「でも、それでも一緒になりたいと思ったお父様とお母様は、本当に深い愛情で結ばれていたのじゃなと改めて思った。そんな二人が巡り会っただけでもすごいのに、結婚して、わらわが生まれて、……そんなに回数は多くなかったが、三人で遊びに行った時、すごく楽しくて幸せじゃった」

「……」

「わらわは、お母様と同じように、燃えるような恋をして、結婚して、幸せな家庭を築きたいと思ったのじゃ! 学校に通う前は、まだ、先のことじゃと思って、考えもしなかったが、学校や行き帰りの道で楽しそうに話すカップルを見ると、そんな想いがわき上がって来たのじゃ!」

「……」

「でも、今は、特定の好きな人もいないし、どうやったらカップルになれるのかも分からぬ。わらわはまだ、恋に恋いがれておるだけじゃ」

「……」

「だから、好きな人がいて、その人を一途いちずに想う麗華れいかさんは、すごく羨ましいのじゃ!」

「……その、卑弥埜ひみの様が好きになる男性として、春水はるみ様がなる可能性もあるのですね?」

「そうじゃの」

春水はるみ様は、きっと、卑弥埜ひみの様に好意を持たれていると思います」

「そ、そうじゃろうか?」

「ええ、だから、卑弥埜ひみの様をモデルにして絵を描きたいと言われたのでしょう」

「わらわは、よく分からないのじゃ」

「……」

 日和ひよりは、座ったまま麗華れいかの隣に行くと、麗華れいかの手を取った。

麗華れいかさん」

「は、はい」

麗華れいかさんは、恋の先輩なのじゃ! だから、いろいろと教えてもらいたいのじゃ」

「ワタクシなど……」

 麗華れいかは顔を赤らめうつむいてしまったが、すぐに顔を上げた。

「お茶が冷めてしまいましたね。すぐに暖かいお茶を持ってきてもらいましょう」

「無用じゃ」

 日和ひよりは、目の前にあるティーカップを引っ込めようとした麗華れいかを止めた。

「もったいないのじゃ。このお茶をいただくのじゃ」

「で、でも」

「実はの、真夜まやからは、ここで湯茶を飲んではいけないと言われているのじゃ」

「……」

「でも、少ししゃべりすぎて、喉が渇いたのじゃ」

 そう言うと、日和ひよりは、冷めた紅茶を一気に飲み干した。

「冷めてても美味しいの」

「……」

麗華れいかさん」

「……はい」

「初めて会った時、頼りにしても良いと言ってもらったと思うのじゃが、これから頼りにしても良いか?」

「……はい」

「ならば、わらわの友達になってもらって良いか?」

「……はい」

 突然、日和ひよりに睡魔が襲って来た。

「何じゃろ? 急に眠くなってしもうた」

 日和ひよりは、目を開けていることができなくなって、意識が遠のいていった。



 麗華れいかの部屋の前で、じっと待機していた真夜まやが、ドアのノブが回される音を聞き分けてドアを注目していると、小さく開いたドアから麗華れいかが顔を見せた。

 麗華れいかは、真夜まやに小さくうなづくと、ドアを大きく開いた。

 日和ひよりが顔を見せなかったことから、嫌な予感がした真夜まや麗華れいかを押しのけるようにして部屋に入ると、日和ひよりがクッションに頭を乗せて横になっていた。

「貴様! おひい様に何をした?」

 真夜まや麗華れいかの胸ぐらをつかんで麗華れいかを引き寄せると、麗華れいかが泣いていることに気がついた。

卑弥埜ひみの様は眠っていらっしゃるだけです」

「なぜ眠っている?」

「ワタクシがお茶に睡眠薬を入れました」

「なぜだ?」

「分かりませぬ」

「分からぬ?」

「自分でもよく分かりませぬ。眠っている間にいじめて、さを晴らしたいとでも思ったのでしょうか?」

 まるで他人事のように話す麗華れいかであった。

「とにかく、悔しかったのです! 春水はるみ様は、ワタクシのほうにはまったく振り向いてくれなかった。だのに、卑弥埜ひみの様には、優しい笑顔を見せられていたことが悔しかったのです!」

「……おひい様は、お茶を自らお飲みになったのか?」

「ええ。ワタクシも自分がしようとしていることがすごく嫌になって、お茶を取り替えようとしたのですが、これが良いと一気にお飲みになりました」

「おひい様は、何かおっしゃっておられたか?」

「お飲みになった後、ワタクシを友達だとおっしゃって……」

 麗華れいかは崩れ落ちるようにしゃがみ込むと、両手で顔を覆って、声を上げて泣き出した。

 真夜まやは、日和ひよりを抱き上げ、素早く観察をしたが、日和ひよりには外傷は無く、確かに眠っているだけだった。

麗華れいか殿。春水はるみ殿が婚約を破棄したのは、ずっと前のこと。そして、人が誰かを好きになることは、誰にも邪魔することは出来ないことも知っておいでのはず。いずれにせよ、貴殿がおひい様を恨まれるのは、とんだ筋違いでござる」

「……」

「でも、そんな貴殿であっても、おひい様は友達として受け入れようとされたのです。その気持ちに嘘偽うそいつわりが無いことを、おひい様なりに貴殿にちゃんと伝えたかったのでしょう。目が醒めても、その気持ちは変わっておりますまい」

「……」

「おひい様の気持ちをあだで返すようなことがあれば、拙者が許しませんぞ!」

 真夜まやは、日和ひよりをお姫様抱っこしたまま、麗華れいかの部屋から出て行った。



 日和ひよりが目を覚ますと、歩いている真夜まやの背中に背負われていた。目の前に綺麗な夕焼け空が広がっていた。

 ほんの少しの身動きで、真夜まや日和ひよりが目を覚ましたと分かったようで、真夜まやは前を向いたまま話し出した。

「お目覚めでございますか?」

「う、うん」

「ご気分はいかがですか?」

「悪くはない」

麗華れいか殿の部屋でお茶を飲んだらしいですね。あれだけ、湯茶には口を付けるなと言っておいたのですが?」

 しかっているというより、呆れているような口振りの真夜まやであった。

「す、すまぬのじゃ」

「毒が入っておれば、今頃、大変なことになっておりましたぞ」

「……麗華れいかさんは、そんなことをする人ではない」

「やれやれ。どこまでお人好しなのやら」

「すまぬ」

 日和ひよりは、日が落ちて夕焼け空の残滓ざんしが残る空を見つめた。

「そう言えば、こうやって、真夜まやにおんぶをしてもらうのは久しぶりじゃの」

「拙者は憶えておりませんが……」

「家の裏山で遊んでおって、わらわが足をくじいてしもうての。あの頃は、そんなに背丈は違わなかったが、真夜まやは、わらわを一生懸命おぶって家まで運んでくれたのじゃ」

「ああ、そんなこともございましたね。思い出しました」

真夜まや

「何でございますか?」

「いつも、ありがとうなのじゃ」

「……夕焼けが綺麗でございますのに、明日は雨でしょうか?」

「ど、どう言う意味なのじゃ! わらわだって、たまには感謝の言葉くらいは口にするのじゃ!」

「そんなに元気なのでしたら、もう歩けますね」

「い、いや、まだ、ちょっと頭がふらふらするのじゃ。あの公園までおんぶしてたもれ」

「はいはい」

 真夜まやの首にぎゅっと抱きつく日和ひよりであった。


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